指定区域【11】

 サリーナル号は落下地点上空を通り、遺物船の確認をした後、現場から二十キロ以上も離れた安全地帯に停めた。

 各船員達へ銃を渡し、ロープを繋ぐ。解体班のみ必要道具を装備する。必要最小限の準備はいたってシンプルで、手慣れている為かあっという間に完了した。

 そして今、ロクセは甲板のライフラインに背中を預けている。


 広い甲板に等間隔で配置されている援護班。ロクセの初仕事はそのポジションにある。甲板から敵を狙い撃つだけの仕事なのだから、色々と観察しながらこなす作業とすれば勝手が良かった。

 ロクセは預けられた自動小銃に目を向けた。

 他国の量産型ビームライフルで、品質的には粗悪品に近い。しかし、よく見てみると、ロクセの知る形状とは若干異なる部分もあった。


――成程。鉛玉が出る仕様になっているのか。


 エネルギーボトルマガジンの前にもう一つ細い弾倉がついている。中には二十ミリ程の楕円形の弾が入っていた。しかし雷管も無ければケースボディも無い。セットされているのは弾頭のみだった。


――火薬の代わりとしてネオイットを使い、鉛玉を飛ばす。ここでのネオイットは価値あるエネルギー媒体だ。節約の為、だろうな……。とはいえ、素直に火薬を使えばいいと思うのだが? 


 ロクセはマガジンをセットし直しもう一度銃を見た。


――まぁそんな事はどうでもいい。弾を使う銃は初めてだ。うん。興味が沸く。


 周囲を見回してみると、殆どが同型の銃を持っている。

 この世界ではこれが一般的な銃の在り方なのかもしれないとロクセは思う。


 不意にグンと重い音が響き空船の起動が開始された。

 船員の準備が整い、オルホエイが船内に戻ってから二十数分。相変わらず起動が遅いと感じる。

 船が浮遊を始め、方向を定めると周囲から声があがった。自分を鼓舞する者、不安の声を漏らす者、その声から様々な感情が読み取れた。


 甲板入り口方向に目を向けると、二人一組の若い女性船員が甲板両サイドに分かれて配置されていた。

 ロクセはその内の一組、アズリとレティーアに視線を寄せた。


 昨夜、彼女たち二人の部屋から漏れ出す声は、何やら楽し気だった。聴覚拡張で内容を把握する事も出来たが、年頃の女性の会話を盗み聞く程無粋ではない為、何を話していたのかは分からなかった。

 躊躇いはあったが、それでもノックした事が間違いだったのだろう。微笑を浮かべて扉を開けるアズリの後ろに居たレティーアの眼光には睨みが効いていた。

 軽く謝罪したい気持ちはあるが、今更だ。


 空船が風を切り始め、目的地へと向かう。

 ロクセは母星で見る事が叶わなくなった景色を眺め、昨夜アズリから得た情報を整理した。


 経済を牛耳るであろう一族の中に、知る名前があった。彼女自身、そこまで詳しくないとの事だったが、追加で聞いた四名の内三名は、歴史内でも有名な人物だった。人類始祖となった者達はどの時代が基本となったのか、ある程度決定する事が可能だと思えた。


 そして、この仕事においての情報、危険地域について。これも興味深い事だった。

 AとB指定においては居住可能。Cは単独、Dは二名以上、Eは七名以上、Fは十五名以上、Gは最低三十名以上といった具合で探索可能地域と指定されている。Zにおいては探索禁止ではないが生きては帰れない事と認識した上で行く場所、超危険地域らしい。


 それらの地域はどういった所なのか。巨獣と呼ばれるものも含め、この星の生物はどんな姿形をしているのか。自然を感じた事の無いロクセにとっては非常に興味がそそる話だった。特に超危険とされる場所には是非とも行ってみたいと思った。

 残念ながら昨夜の情報はここまでだった。

 途中でカナリエが来た為に、会話もそこで途切れた。もう少し話をしたかったが、それ以上に有益な情報を既に得ていたので、ロクセはアズリをカナリエに譲り、昨夜は素直に自室に戻った。


 その有益な情報をロクセは眼球に表示する。すると視界いっぱいに地図が現れた。


 昨日昼間のブリーフィングで地図が出された時、ロクセは即座に視界画像をコピーした。大陸全土が描かれているその地図は、今後重要な役割を果たす。今回の作戦に参加した意味は、この地図を得ただけで十分果たしたと思えた。


 地図上の大陸はシンプルだった。八つの国が記されているが、その国土が小さく見える程の広大な大陸。後は島がいくつか。それだけだった。

 人類が存在するであろう地域は大陸の中央より少し東側に五つあり、残りは南側に二つと最西端に一つあるだけ。様々な危険指定記号があり、それらを見る限り人類がどれだけちっぽけな存在なのかが窺い知れる。

 よく見ると五つの国が固まる中の一つ、一番南に記された国がカルミアとなっていた。この国もまた、地図全体からみれば非常に小さな存在だ。

 大陸の中央付近に、北から真っすぐ分断するかの様なゴロホル山脈と記載された山がある。最東端には大きな湖と島。南はひび割れた状態になっており、大小様々な離島が散らばっていた。


 見れば見るほど好奇心を刺激する。Zと表示される場所も数多くあり、そこにこそ一番行ってみたい場所だと感じた。

 しかし、何故か。この地図には違和感を感じる。

 ロクセはその違和感を知ろうと更に注意深く地図を眺めるが、それを突き止める間も無く空船は目的地へ到着した。


 パンパンと手を叩くオルホエイが甲板中央に歩み出る。

「さあ、お前ら準備はいいな! 船に気づいて奴らも姿を現す。手早くだ! 兎に角迅速に作業を進めるぞ」

 作戦の合図はその台詞のみ。瞬間、皆が各々の返事を返す。

 こういった仕事を繰り返し行ってきた命知らずの人間達。生きる為に己の人生をかけている勇ましさを感じる。

 ロクセはそんな姿を見て少し懐かしい気持ちになった。


 ガシャンとライフラインの一部が甲板に押し込まれた。そこからエクストラクションロープを使い、解体人員一名と護衛人員二名がワンセットとなって降下していく。三組分の自動ロープリールがスピードを殺しながら彼らを守っている。


 ロクセは順調に降下する彼らを確認するとライフラインに目を向けた。よく見ると一定のサイズに区切られており、その全てが任意に収納出来る様になっている。こういった場合や何かを積み下ろす際には非常に便利だ。良くできていると感心した。

「さて」

 仕事に関係の無い事ばかりを考えていられない。


――最低限の事はしなくてはな。これも仕事だ。


 ロクセは聴覚拡張システムを起動し集中する。

 カッカッと何かを鳴らす音が近づいてくる。それも広範囲かつ長距離からだ。数はどんどんと増え、数匹どころの話ではない。


――おいおい。捌ききれるのか? この人数で。


 今度はサーモグラフィーシステムを起動し、周囲を観察し始めた。木々に隠れ、視認できなくとも、これならばはっきりと居場所の把握が出来る。生物から発せられる赤外線が、熱分布となり赤く表示される。まだ遠くに居るが、移動速度はかなり速い。


 この作戦においてロクセには一つ気になっていた事があった。

 それはこの空船の高度だ。ハイグローブという七十メートルを超える木があるのだから更に上空に待機する事になる。高度が上がれば上がるほど、援護射撃の命中率は落ちる。


 では、どの程度まで高度を下げるのか。


 遺物船の墜落で周囲の木々はなぎ倒されているかもしれない。そうであれば、限界まで高度を下げる事も可能だろう。しかし、その場合、木々を移動するエッグネックが容易に空船に乗り移ってくる。その辺りのバランスをオルホエイはどう考えているのか。

 それらの事を、ロクセはブリーフィング中に考えていた。

 そして今、この船は最善であって最悪と思われる状況にあった。


 高度は凡そ九十メートル。船底と並ぶ高さでハイグローブがある。遺物船の墜落で周囲の木々はなぎ倒されたが全てと言うわけではなく、結局高度を限界まで下げる事が出来ない状況の中、高さのバランスとしては丁度いい。

 これに関しては最善であるといえる。


 だが、今現在迫りくるがある。


 それはエッグネックの跳躍距離だった。

 彼はエッグネックを見た事があるのだろうか。実際対峙し、その運動能力を確かめた事があるのだろうか。

 思うに、知識があるだけか、姿を見た事があるだけといった程度だろう。


 ロクセはもう一度視界に移る赤い塊を観察した。

 その塊は一回の跳躍で二十メートルを簡単に超えている。ハイグローブの真上から跳躍すれば余裕で甲板まで飛んでくる運動能力を持っていた。


――マズイな。これでは。


 数もどんどんと増え、銃を持つ船員数の五倍以上は敵がいる状況となっていた。

 戦況は確実に劣勢となるだろう。というより死人が幾人も出る可能性が高い。


 ロクセは一旦サーモグラフィーシステムを停止し、アズリに視線を向けた。

 彼女は銃を握りしめキョロキョロと落ち着かない様子だった。

 どう考えても狙撃の腕は無いだろうし、正直役にたたないだろうと思えた。

 もし死人が出るのであれば彼女が真っ先に死ぬ様な有様だ。

 ロクセはそんなアズリをみて「まったく」と独り言ちた。


――飯と情報の分は働くか。


 ロクセは慣れた手つきで銃のセイフティーを解除し、射撃体勢へ移行した。

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