第60話昇に白状する
そういうことか……。
昇が能力があるのにやる気がなかったのは……これが原因なのか。
「で、どうしたいんだ?」
「あん?」
「俺に言うってことは、何か考えというか……」
「ああ、そうだな……会社を続けるかどうかで悩んでいる」
「それは……辞めて料理人なるってことか?」
「辞めた場合はそうなるな。ただ、全然未定だけど」
「そうか」
「お前に触発されたっつーか……情けないことに、お前がいることで安心してたんだ。俺だけじゃないってな」
「それは……俺のセリフだ。俺もそう思っていた」
「へへ……なんかはずいな、俺たち」
「だな……いい年した大人だってのに」
「でもよ、悪くない気分だ。もしかしたら、どっかで待っていたのかもしれないな」
「いや、わかる気がする。俺も、誰かが背中を押してくれるのを待っていたかも」
「へっ、お互いに情けないことだ」
「ああ、そうだな。じゃあ、まだまだ未定ということだな?」
「とりあえずは仕事しながら考えてみるさ。料理学校に行くのか、それとも何処かで修行をするのか……はたまた、その両方か」
「レストランやホテル系に行きたいなら、学校には行ったほうがいいと思うぞ。街の料理屋や個人店なら、そのまま働いた方が早いかもな」
「おう、サンキュー。参考にしとくぜ」
するとタイミングよく、次々と頼んだ品がやってくる。
「よし、まずは食うとしよう。せっかくの美味しいお店だからな」
「刺身か……」
「安心しろ。お前にも分けてやるから」
来た品を、まずは取り分けることにする。
「おっ、サンキュー。お前のそういうところが良いよな。男子とか嫌がる奴が多いんだよ。自分で頼めとか、女子じゃあるまいしとか」
「まあ、特に気にはしない。ただ、姉貴がいるせいかもしれないな。ありとあらゆるものが取られる運命にある」
「ははっ! なんだそれ?」
「笑い事じゃないんだよ……お菓子を買ってくればいつの間かなくなり、アイスを買えば半分個という名の略奪にあい、ケーキもダイエットだからいらないって言ったのに食べるし」
「愉快な姉ちゃんだな? いくつだっけ? というか、独身なのか?」
「今年で三十歳だな。独身で一人暮らしだが、それは俺のせいでもある」
「ああ、例の親父さんの件か?」
「まあ、そんなところだ……よし、食べるとしよう」
その後は食事に集中する。
そして満足したところで、話を再開する。
「ところで、姉ちゃんは綺麗か?」
「なんだよ、急に」
「いや、なんか真面目な話ばかりっていうのもアレだと思ってさ」
「まあ、それは言えてるな……綺麗? うん、まあ、客観的に見て器量は良いと思う」
「写真とかないのか?」
「あるが……まあ、お前なら良いか。言っておくが笑うなよ?」
スマホにある写真を見せる。
「ははっ!」
「おい」
「いや、すまん。仲が良いのが伝わってくる写真だな」
その写真はソファーで隣り合わせになり、姉貴が俺の腕を組んでいる状態だ。
「そういうのは彼氏にやれってんだ。弟は別なのよって意味がわからん」
「綺麗だし楽しそうな姉ちゃんだな」
「姉貴は昔からモテるからなぁ……雰囲気美人?だし、愛嬌と面倒見が良いから」
「でも、独身なんだよな? 俺、立候補しちゃおうかなー……」
「…………」
「おい、黙るなよ。怖いから。お前がシスコンなのはわかったから」
「いや……」
案外悪くないと思った自分がいた。
昇ならいいかなとは思うし……。
料理人になりたいか……いや、うちの店はないな。
あのクソ親父に、大事な友人を壊されるわけにはいかない。
「というのもだ……お前、最近女の匂いがするな?」
「やっぱり突っ込まれるか……」
「実を言うと、署の女子に聞かれちまって面倒なんだよ。水戸さんは彼女いるんですか?とか、森島さんとか係長とどうなっているんですかとか」
……女子ってすげえ。
見られたわけでもないのに、もう話が大きくなってる。
「すまん、昇。迷惑をかけてしまった」
「いや、謝ることはないけどよ。ただ、軽くていいんで事情を説明してくれると助かる。そしたら、適当に誤魔化しておくからよ」
話すか迷ったが、迷惑をかけてるんじゃ駄目だな。
「そういうことか……実は、個人的に係長と会う機会があってな。それで仲良くなったというか……。森島さんについてはよくわからないが、何やら相談を受けている」
「へぇ……いつの間にそんな面白いことに」
「おい?」
「いやいや、お前だぞ? 会社の人間とは最低限の付き合いにすると言っていた」
「……返す言葉もない」
「まあ、良いんじゃねえの? それでハメを外すような奴じゃないし」
「むしろ逆だな。そう思われないためにも、今まで以上にやる気だ」
「それもあって仕事を熱心にしてると……わかった、俺の方で適当にやっておく」
「悪いな」
「気にすんなよ。俺が助けられることのが多いし。付き合ってるわけじゃないんだな?」
「ああ、それはない。まずは目の前の仕事を終わらせてからだ」
「まあ、何かあれば相談に乗るとするか」
「その時は……お願いする」
自分ではわからない客観的意見が欲しいとは思っていた。
こうして、昇との飲みは終わった。
楽しい時間だったが……何より、胸のつかえが取れた気がする。
やっぱり、誰かに話すって大事なことなんだな。
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