第65話 光の束


 ヒカリゴケの発する明かりによって、音叉水晶がきらきらと輝く。

 この光景をもう何度見ただろう。

 ティナは隊列の三番目で慎重に足を進めながら、油断なく周囲を窺う。

 先頭のレッドが言った。


『本当に大丈夫か、クラリーナ?』


『あれしきのことでへばる、クラリーナお姉さんやあらへんわ』


 自信満々にそう言うクラリーナは、あれだけ派手に魔法を使っておきながら、まったくエーテルが切れていないのだという。

 恐るべきは魔術師の魔力総量である。


 一度、帰還しようかどうしようかと検討した時にも、このままトゥリゴノの元へ向かうべきだと主張したのはクラリーナだった。

 確かにエンマガルム以外は奇跡的に他の魔獣に遭遇することもなく、エンマガルム戦でも味方の損傷は驚くほど少なかった。

 次に第三層最奥に辿り着くまで、これほどいいコンディションを保てるかどうかは分からない。

 最後はリーダーであるティナの判断で探索を続行した。


『それよりトゥリゴノや。用心していくで』


 クラリーナの力強い言葉にレッド・ロードが一つ頷く。



 洞窟は見覚えのある地形に変わっていく。

 最初にトゥリゴノと遭遇した時のこと——クラリーナとの出会いや、探索者チームとの今生の別れ——を思い出し、ティナは眉間に皺を寄せる。

 脳裏を過るのは正三角形のシルエットだ。


(今度こそ……斃す)


『待て』


 隊列が止まった。

 レッド・ロードが周囲を魔晶球で探っている。

 ティナはとっさに身構えたが、トゥリゴノほどのプレッシャーは感じられない。


 他の魔獣かと思ったが、洞窟の奥からゆらめく三角形の影が見えた。

 ヒカリゴケに照らされて、闇が左右に引く。


 それぞれの三角形の頂点に、うごめく触手、そして中心には赤いコア


 ——間違いない、トゥリゴノだ。


 全然、気配を感じなかった。

 先日遭遇したときの、堂々とした佇まいとはまるで別だ。

 こちらを用心していたのか。

 その割りには奇襲といった手段も取らなかったのは妙だ。

 

 それとも——何か別に理由があるのか。

 とにもかくにも、チームは臨戦態勢に入った。


『手はず通り——行くぞ!』


 例によって、レッドが真っ先に敵へ向かっていく。

 真っ直ぐ走ると見せかけて、トゥリゴノの間合いの直前で横に飛び、スピットファイアを連射する。

 触手の一部が削れ、中からカースヴェノムらしき紫色の液体が溢れ出す。


『うおおおおお!』


 続いたのはグレインだった。

 スピットファイアで牽制されているトゥリゴノは動きが制限されており、カンケルシックルはあっさりと核の一つを叩き割った。


 空気を直接震わせるような悲鳴が上がる。

 トゥリゴノは残った触手をレギオンに向けて伸ばすも、グレインはすぐさま後退した。


 触手と核の再生が始まる。

 じわじわと伸びていく触手はまだ完全な姿を取り戻していない。


『アロー・オーダー!』


 そこへすかさずクラリーナが無数の矢を飛ばす。

 水晶の影響をもろともせず、矢は形を保ったまま突き進んでいく。

 だがトゥリゴノまでは届かないだろう。

 奴は魔法を無効化してしまう。


 しかし——


 消失した矢はたった一部だった。

 その大半はトゥリゴノに突き刺さる。

 ティナは思わずアンティ・キティラを振り返った。


「すごい、エーテルを制御したの?」


『……いや、普通にしただけやねんけど』


 どうやらただの牽制のつもりだったらしい攻撃が当たり、クラリーナ自身困惑しているようだった。

 魔法に明るくないティナだったが、確かに≪≪レッドの言っていた作戦≫≫とは違う気がした。


 訳が分からないながらも、この好機を逃すわけにはいかなかった。

 ティナは映像盤のレティクルに視線を移した。

 多数の矢に貫かれたトゥリゴノをその十字に収める。


 二度、トリガーを引く。


 連射した弾丸はトゥリゴノの二つの核をあっさりと撃ち抜いた。

 再び大きな絶叫が響く。

 残りはまだ再生が終わっていない核一つ。

 これを完全に破壊すればトゥリゴノを斃せる——


 しかし、


『——ッ、散開しろ!』


 レッドの鋭い叫びが上がった。


 三射目の狙撃体勢に入っていたティナは反応が一拍遅れた。

 その瞬間——レッドとグレインを光の束が呑み込んだ。


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