第44話 磁力と砂鉄の魔導士

 レッドとグレインが合流して、ティナ達を助け起こした。


『逃げるぞ!』


 レッドの手を借りながら、ティナは悔しさに唇を噛み締めた。

 映像盤を再び切り替え、トゥリゴノを睨み付ける。


(許さない。必ず討伐してやる——!)


 そこへ、


『うわ〜ん、置いていかんといてぇ〜!』


 突如として、緊迫感に欠ける甲高い声が響いた。


『へっ?』


 グレインがすっとんきょうな声を上げ、頭上を仰ぐ。

 それにつられるようにして他の面々も洞窟の天井を見上げた。

 天井から逆さまに生えた水晶に、見慣れない機兵がぶら下がっている。


 人型に近いシルエットの機兵だった。

 白とピンクを基調とした愛らしさのある姿はファルネウスという魔装兵まそうへいを彷彿とさせる。

 魔装兵とはその名の通り魔法を扱う機兵のことだ。

 手に魔杖を装備していることからも、間違いないだろう。


 この場にもう一人——いたのか?


『な、なんだ?』


 さしものレッドも呆気に取られている。

 魔装兵は水晶の先端までずり下がっており、今にも落ちそう——というか、落ちた。


『いややぁぁあああ——!』


 悲鳴の尾を引いて落下していく魔装兵の下に、レッド・ロードが滑り込んだ。すんでのところで横抱きにキャッチする。いわゆるお姫様だっこだ。

 ボロだがマントを羽織っているレッド・ロードと華奢なシルエットの魔装兵。

 王子様とお姫様に——見えなくもない。

 

 だが事態はそんな悠長なことを考えている暇はなかった。

 トゥリゴノの核が再び強い光を帯び始める。


『くそっ!』


 レッドは魔装兵を抱えたまま跳躍。

 しかしティナは怯えた子供の探索者についているため、動けない。


『ティナ!』


 グレインが無理矢理、ブラウ・ローゼと子供の機兵を押しのけた。

 地面に投げ出されると同時に、レギオン・ラクエウスをビームが襲う。


「グレイン!」


 レギオンはすんでのところで身を捻った。

 結果、ビームはショルダーガードを貫通し、残った装甲を融解させる。

 損傷自体は軽微だ。

 しかしビームの威力にあらためて畏怖を覚える。


『もー、ええ加減にせえや! この三角お化け!』


 レッドの腕から飛び降りた魔装兵が魔杖を掲げた。

 先端の赤く大きな球体が光を放ち始める。


『磁力の戦士たちよ 我が元へ集え』


『魔法は止め——』


 それを見たレッドが慌てて手を伸ばす。

 しかし遅かった。


『——磁力兵団招集オーダー・マグネット・スカードロン!』


 魔装兵を中心に、どこからともなく砂嵐が吹き荒れた。

 いやそれは黒々としている。


(ただの砂じゃない。……砂鉄?)


 大量の砂鉄はやがて、集結し、大量の鉄の矢を形成し始める。


『いっけえ——アロー・オーダー!』


 魔装兵の操手が叫ぶや否や、何十本もの矢が一斉にトゥリゴノへ殺到した。


 そしてトゥリゴノを四方八方から貫こうとした、直前。


 ——消えてなくなった。


『——え?』


『はへ?』


 グレインとティナ、そして当の術者本人が呆けた声を上げる。


 レッドだけが冷静だった。


『みんな、隠れろ!』


 次の瞬間、消えたはずの鉄の矢が再び現れた。


 今度は——何故か矢尻がこちらを向いている。

 術者の絶叫が響いた。


『な、な、な、なんでこないなんの——!?』


 呆気に取られている場合ではなかった。

 でたらめに打ち返される矢に一同は翻弄された。

 レッドは再び魔装兵を抱えて、水晶の影に逃げ込んだ。

 グレインはティナの前に立ちはだかって、盾となる。

 トゥリゴノのビームとは違い、魔装兵の矢は大した威力ではなかったらしく、そのほとんどをレギオン・ラクエウスの装甲が防いでくれる。


『なんで魔法がいきなりこっちに撃ち込まれんだよ!』


 矢を受けている間、グレインが抗議の声を上げる。

 レッドが叫んだ。


『トゥリゴノはエーテルを乱す波動を発してる。元の魔法が暴発したんだよ!』


『だからうちの魔法がことごとく効かんかったん!?』


『お前、分かってんならすんな!』


 レッドと魔装兵が応酬を繰り広げている。

 ようやく矢の雨が降り終わったところを、ティナはすかさずレギオン・ラクエウスの陰から身を出して、狙撃した。


 トゥリゴノの動きは素早かった。

 ティナの狙撃を予測していたように素早く横移動する。

 ティナの弾丸は触手の一部をえぐり取ったのみで、それも瞬く間に再生してしまう。


 打つ手がなかった。

 このままでは撤退も危うい。


 再び核が光を帯びる。


(ビームが来る……!)


『ソード・オーダー!』


 魔装兵が魔杖を振り下ろした。

 ぎょっとしたが、剣の形を成した砂鉄はトゥリゴノから外れて水晶に当たった。

 確か音叉水晶もまた魔法を乱す効果があるのだったか、鉄の剣は霧散する。


 魔装兵は苛々した様子で立ち上がった。


『もおおおお、なんでもいいから当たれやー!』


 再び魔杖が振り下ろされた。

 完全に頭に血が上っている。

 このままではこの子のせいで全滅するのでは? 

 そんな危機感がティナの脳裏に過った、その刹那だった。


 トゥリゴノから金属同士を擦れさせるような、耳障りな音が響いた。


 はっとして映像盤を見ると、トゥリゴノの核の隅をあの鉄の矢が一本、貫いていた。


『あ……あれ? なんでアローになるん?』


 術者本人も訳がわからないようだった。

 レッド・ロードが魔装兵を抱えて走り出す。

 ついでにボロボロのグレインとティナ、そして生き残った機兵に檄を飛ばす。


『この隙に離脱するぞ、続け!』


 我に返ったティナ達は全速力で駆け出した。

 洞窟の角を曲がって、なるべく水晶や岩場の陰を選び、第三層を戻っていく。

 トゥリゴノのビームは追ってこなかった。


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