第26話 朝を報せる

 朝六時を報せるサイレンがファースト・フロント中に響き渡る。

 耳に突き刺さる音は最悪の目覚めだが、生まれてこの方十数年も聞いているので、ティナにとっては慣れっこだった。


 ティナはベッドから這い出ると、手早く着替えて、姿見を前に身支度を調えた。

 鏡はジャンク置き場から拾ってきたもので、上部に派手なヒビが入っているが、十分使えるので気にしたことはない。


 部屋を出ると、廊下にはぽつぽつと魔石灯ませきとうのランプが置いてあった。


 洞窟内部中腹に位置するファースト・フロントの朝は暗い。

 ティナは足元のランプを頼りに、礼拝堂へと向かった。


 礼拝堂ではマザー・カミラが熱心に祈りを捧げていた。

 ティナも彼女の隣に跪いて簡易的な朝のお祈りを済ませる。

 それを見計らったように、マザー・カミラは瞼を開けて、ティナに微笑んだ。


「おはよう、ティナ。昨晩はよく眠れましたか?」


「うん」


「昨日、オズさんとはゆっくり話ができたかしら」


「えっと……一年前よりは」


「それは良かった。もうすぐ子供達も起きてくるでしょう。みんながお祈りを済ませたら、朝食にしましょうね」


 マザー・カミラがそう言った瞬間だった。

 食堂の方からベルの音が響いてくる。


 孤児院の通信機だ。

 ティナは率先して食堂に出向き、その旧型の大きな通信機を手に取った。


「はい、こちら『灯火の揺り籠』——」


『おう、ティナちゃんか? こちら機兵工房『黒金の双槌』だ』


 ブラウ・ローゼを修理に出していた工房の親方である。

 もう修理が終わったのかとティナは期待に胸を膨らませた。

 しかし現実はそんなに甘くはない。


『盾やガードはなんとかなりそうなんだけどよぉ。やっぱアレが鬼門だわ。なんだっけか、フリ、フレイ——』


「……フレイミィ・クインリィ」


『そう、それ。アレの照準器がやられちまっててよ。対物レンズが破損しちまってる。ありゃ、元々幻装兵げんそうへい用の武装だよな?』


 幻装兵とは八百年前に起きた旧人類と新人類の大戦において、新人類側が使用した人型機動兵器のことだ。

 科学技術と魔導工学の随を結集させた機体で、つまり機兵の祖である。


 ただし幻装兵において双方の割合は科学側に大きく傾いており、フレイミィ・クインリィの照準器はまさに科学技術の粋そのものだ。


『既存の魔導工学製のもんに差し替えることは出来るが、最大望遠距離がかなり落ちるな』


「どれぐらい?」


『300〜1000メートルってとこかねえ』


 元の照準器では500~3000メートルの望遠調整が可能だった。

 それに比べるとかなり心許ない。


 脆い従機であるブラウ・ローゼにとって最良の戦法は、有効射程と索敵能力を生かした一撃離脱ヒット&アウェイなのだから。


「代わりのレンズを持って行けばいい?」


『ああ、まあ、そりゃそれが一番いいが。ジャンクでも漁るのかい?』


「心当たりはある。今日中には渡すから」


『こっちとしては仕事が増えるから、そんなに急がなくてもいいんだがね』


「私は急いでる」


『はいはい』


 通信を切って、短い溜息を吐く。


 親方は常日頃からあの調子だが、腕は確かだし、仕事にも矜持を持って取り組んでいる。

 なんのかんのと言いつつ、ティナが部品を持って行けば、必ずブラウ・ローゼを完璧に直してくれるだろう。


 あとは代替品のレンズを探し出すだけだ。

 ティナは逸る気持ちを抑えて、礼拝堂へと取って返した。

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