第18話 密林での会敵
ブラウ・ローゼの
代わり映えのしない鬱蒼とした密林地帯を眺め、ティナは小さな溜息を吐いた。
『新しき深淵』の第二層の大半は、こうした密林である。
ジャンクをつぎはぎした機体は気密性が甘い。
外界の高い気温と、するりと忍び込む湿度をたっぷり含んだ空気に蝕まれ、操縦槽の中は蒸し焼き状態となっている。
せっかく湖で流した汗がじわりと噴き出し、ティナの肌はすぐにまたべたついてしまった。
背中を預けるシート、その裏側にある集音器が時折、熱帯鳥の甲高い鳴き声を捉え、耳に触る。
それと映像盤にちらちらと映る派手な蝶の羽根も、大概目障りだ。
初めて第二層へ足を踏み入れた時は何もかもが目新しかったが、何十回と潜るうちにそんな童心は消え失せた。
こんなところでぐずぐずしてなんかいられない。
でもこれじゃあ、いつまで経っても——
「あ……」
はっと我に返ったティナはブラウ・ローゼが密林の奥深くに分け入っているのに、今更ながら気がついた。
木々はより密集しており、下生えは絨毯のように地面を覆っている。
ラフレシアや食虫植物、他の植物に着生する花などが、苔の光が届きにくい密林を、代わりとばかりに原色で彩っていた。
その中に小岩のようにごつごつした実をつけている椰子の一種を見つけ、ティナは目を瞠る。
あれは——
瞬間、シャアアアアッという低い咆哮が辺りに響き渡った。
木々をなぎ倒して姿を現したのは、固い鱗に覆われた、巨大な蛇だった。
体長はおよそ15メートル。
その尾が振るわれただけで、ブラウ・ローゼはひとたまりもないだろう。
(やっぱり……カジャフザード!)
先ほどの椰子の実はカジャフザードの好物だ。
カジャフザードが体内に毒を溜め込むその原料でもある。
カジャフザードは地面を擦るようにして、肉薄してきた。
口を上下に大きく開く様は、まるで地獄の入り口のようだ。
(毒牙——まずい!)
鋭く尖ったカジャフザードの牙が届く前に、ブラウ・ローゼを後退させる。
ばくっと空を喰らったカジャフザードの口端から、紫色をした毒々しい液体が飛び散った。
周囲の木の幹や下生えが蒸発するように溶ける。
カジャフザードの毒は機兵の装甲をもああして融解させてしまう。
(これだけ近づかれたら、射撃はできない)
ブラウ・ローゼには『フレイミィ・クインリィ』という後期量産型の幻装兵が使用する射撃兵装がある。
いわゆるオーパーツだ。
砲塔に搭載された高性能火器管制により精密狙撃を可能としており、120ミリ砲弾を超高速で発射する。
その威力は絶大であり、一撃で機兵を撃破できるほどだ。
魔導砲を弾くカジャフザードの鱗でも、120ミリ弾であれば貫くことができる——が。
(こうなったら近接戦か。逃げ切れる? いや——)
カジャフザードの瞳が紅玉のように光り、獰猛な熱を帯びる。
反射的に体を硬くしたティナだったが、居竦んでいる場合ではない。
右腕部の下にパイルバンカーを装着、肉弾戦に挑む覚悟を決める。
この兵装もティナが『新しき深淵』の第一層で拾ったものだ。
外装はナノカーボンで出来ていて異常に頑丈である。
パイル機構には機兵規格の物を使用しているので、当てる事が出来れば機兵の装甲も一撃で貫ける。
つまりカジャフザードも撃破可能だ。
(けど、私もローゼも近接戦は苦手だ。せめて、突破口を見つけないと——)
密林の土を削りながら、カジャフザードの太い尾がブラウ・ローゼに迫る。
その間合いを見極めてなんとか躱したティナは、反撃に出ようとパイルバンカーを構える。
彼我の距離を一気に縮めようとするものの、返す尻尾がそれを阻んだ。
ティナはブラウ・ローゼに無茶な機動を要求し、なんとかカジャフザードの真後ろへと逃れる。
(取った——、ッ!?)
パイルバンカーの先端が大蛇の腹に食い込もうかという直前、急にカジャフザードの首がぐるりと回り、牙から毒液を飛ばしてきた。
ティナは直感だけを頼りに、パイルバンカーを引き、後ろへ飛び退る。
飛沫から逃れきれなかったブラウ・ローゼの脚部ガードと大盾の一部が溶けた。
血の気の引く思いとはまさにこのことだ。
関節部が溶かされ、機動を削がれれば最後、あとは抵抗できない哀れな獲物となって、死を待つしかないだろう。
「くっ……!」
カジャフザードは7〜8年かけて成体となる。
その間、この密林で生き延びてきたということだ。
さすが、隙がない。
(どうしたら……)
ティナのこめかみから一筋、冷たい汗が伝ったその時だった。
『——こっちだ!』
聞き慣れない声が密林の奥から木霊した。
若い男の声だ。
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