第15話 雪風よ、空高く舞え
次第に生者の感覚が戻ってくる。
心臓が脈打ち、体の隅々まで血が通う。
一つ深呼吸すると森の景色が視界の端に映った。
銃声に鳥がぎゃあぎゃあと鳴きながら逃げていく。
寒風が吹き付け、木の葉がざわざわとさざめいた。
ティナは立ち上がると、再びブラウ・ローゼに乗り込んだ。
大盾を抱えながら、雪山を駆け下りる。
やがてナウマンのいた森のそばにある岩場へと辿り着いた。
映像盤を見て驚く。
ガルバスにはまだ息があった。
なんという悪運の持ち主だろうと呆れる。
仰向けに倒れた体のそばには対物ライフルと、集落で会ったときに手にしていたボルトアクションライフルが転がっていた。
生きてはいるが虫の息とはよく言ったもので、もはや指先一本動かせないようだった。
「よぉ」
ごほごほと咽せて血を吐き出しながら、ガルバスが話しかけてくる。
「降りて来いよ」
操縦槽のハッチを開け、ティナは再びブラウ・ローゼから出た。
途中、ホルスターから拳銃を抜き、ガルバスに突きつけながら歩み寄っていく。
軍服の袖が片方だけまくりあげられていた。
そこに引きつったような刃物でできた傷跡が見える。
茶色くくすんだような色をしていた。
おそらくかなり古い傷だ。
それは網目状にいくつもいくつも重なっていた。
軍人時代に拷問でも受けたのだろうかと思ったが、それにしては生温いやり方だ。
まるで子供をいたぶるような——
(ガルバスは親を殺した。親に虐待を受けていたのだとしたら)
それでもティナは銃口をガルバスから逸らすことは無かった。
ガルバスは血まみれの口端をにやりと歪めた。
「とどめでも……刺してくれるのかい? ありがてえ、こったな……。だがな、情けは……無用だ」
ティナは眉を顰めて、ガルバスを見下ろした。
銃創は心臓こそ僅かに外れていたが、肺を確実に破壊しているはずだ。
ひゅうひゅうと漏れるか細い呼吸の合間から、ガルバスは続けた。
「あんたの、殺意……悪くなかったぜ。引き金を引くこと以外……俺を撃つこと以外、何も考えてねえ、“無”の殺意……。ありゃあ、初めての感覚だった」
ごぼっ、とガルバスの口から血の泡が飛び出す。
「親を殺った時とも……部隊の仲間を殺った時とも、違う。俺は、ああいうのを——待ってたんだ。正直、ゾクゾクしちまったよ」
ひたひたと近づく死神の足音を聞いても尚、ガルバスは恍惚と笑っていた。
「俺は、満足だ。ずっと、自分の死に様が見たかった。なぁ……あんたの機兵で記録できねえか? あの世でじっくり観てえんだ」
銃口の向こうからティナは嫌悪とも憐憫ともつかない表情でガルバスを見据えた。
自分の死をも愉悦している、この男は——
(——壊れている、どうしようもなく)
「そうかい。ああ、くそ、見てえな……惨めな俺も、やりきれねえ顔してるあんた、も——」
ガルバスの瞳が徐々に力を失っていく。
もう彼には視力も残されていないのだろう。
「殺して、みたかった。あんたを——」
そう言い残して、ガルバス・ベゲッドは事切れた。
ティナはゆっくりと銃口を下ろした。
途端、強い風が吹き付け、足元の雪を巻き上げていく。
それは天高く舞い上がり、ついぞ帰ってくることはなかった。
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