第6話 生徒会長殿

「まりんの家なら……隣だが」

「さすが!」


 『さすが』……!?


「まあ、当然同じ階だろうとは思ってたけど……そうか、隣か」まるで探偵よろしく顎に手を置き、千歳ちゃんはむふふと笑う。「持ってるなぁ」 


 何をだ?


「しかし……なぜ、急にまりんの家?」

「あ、それは――」


 答えかけた千歳ちゃんの言葉を「千歳ちゃーん?」と、いつもより一オクターブほど高い母親の声が遮った。

 ハッとして見れば、母親がリビングからひょっこりと廊下に顔を覗かせ、


「あら!?」と俺を見るなり、俺によく似た鋭い眼を見開いた。「白馬!? あんた、帰ってきてたの!? 『ただいま』くらい言いなさい」

「言ったぞ」


 玄関に上がりつつ、一応、報告までにそう返す。


「あら、そう? 料理してたから聞こえなかったのかしら」


 スタスタと廊下を歩いて来る母親。なぜだろうか……今朝はやけに小綺麗だ。いつも寝巻きのままエプロンをして、慌ただしく俺と父親を送り出しているというのに。今朝はしっかりと余所行きに着替え、エプロンまで柄付きの華やかなものをつけている。パートに行く時ほど……ではないが、うっすら化粧もして、その短い髪もセットされた感じがある。

 間違いない。母親がおめかししている――?


「今朝は……どこか行くのか、母さん?」


 あまりの珍しさに訝しげに訊ねると、


「行かないわよ?」と母親は眉根を寄せてから、「そんなことより、あんたね――白馬! 生徒会のお手伝いをすることになったんなら、そう言いなさい。あんたは、ほんっとに学校のことは何も話さないんだから。今朝に限って、いつまでも帰ってこないし……千歳ちゃんも心配してたのよ?」

「え……? 生徒会の……お手伝い?」


 なんの……ことだ?

 生徒会といえば――ちらりと、隣に佇む生徒会長さんを見ると、ハッと何かを思い出した表情。みるみるうちに『しまった』とでも言いたげに顔を曇らせていく。

 なんだ? どうしたんだ、千歳ちゃん?


「わざわざ、生徒会長さんがお迎えに来てくださるなんて……光栄ね、白馬」と頰に手を添え、なにやら感じ入ったように呟く母親。「あんたもようやく、そういう課外活動に興味を持ち始めたみたいで、母さんも嬉しいわ〜」


 ん? んん……?

 課外活動って……なんのことだ? 俺はいったい、なんの課外活動に興味を持ち始めたんだ?

 なんの話だ――と訊きたい。訊きたくてたまらない……が、訊いてはいけないという無言の圧力を隣の生徒会長殿からひしひしと感じる。

 なんとも言えずに押し黙っていると、


「母さーん。これ、もう食べちゃっていいのかな?」


 呑気な父親の声が廊下に流れてきて、母親はハッとして、


「ああ、そうだった。朝食! 白馬、あんたはさっさとシャワー浴びて着替えてらっしゃい。ご飯食べる時間なくなっちゃうわよ。――千歳ちゃん、遠慮なく食べて行ってね」

「ありがとうございます」と答える千歳ちゃんの顔にはキリッと凛々しい笑み。「お母さんのお味噌汁、楽しみです」

「つまらない味噌汁よ〜」


 そんなことを言いながらも、まんざらでもない様子の母親。ほほほと笑いつつ、リビングへと戻って行った。

 残された俺が茫然としていると、オホン、と隣で演技じみた咳払いが聞こえて、


「うん……ごめん。白馬くんが帰ってきたら、『あの流れ』をやるんだ、と……そんな幼馴染欲で頭がいっぱいになっちゃって。私としたことが、重大

なことをすっかり失念していたわ」


 眉間に皺を刻み、もにゃもにゃと呟いてから、千歳ちゃんは深呼吸。険しい表情でキリッと俺を見つめて、ピンと人差し指を立てた。


「――説明しよう!」

「説明してくれ!」

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