第34話 目標の音
夕飯の時間になってもゆめみん先輩は集合場所に現れなかった。及川さんに頼まれて僕がゆめみん先輩が練習している部屋に行くとゆめみん先輩はまだ練習をしていた。いつもより荒々しい音、ゆめみん先輩らしくない音が中から響いていた。僕はゆめみん先輩が練習している部屋の扉を叩いて中に入る。僕が中に入るとゆめみん先輩は楽器を吹くのをやめて僕の方を見た。
「りょうちゃん、何か用?わからないところでもあった?」
ゆめみん先輩は僕にいつもと同じように振る舞おうとしてくれた。泣いた後が残っている顔で、震える声で僕に尋ねた。
「もう夜ご飯の時間だから及川さんがゆめみん先輩を呼んで来てって…」
「あ、本当だ。ごめんね。すぐ行くから先に行ってて」
ゆめみん先輩は下手くそな作り笑いをして僕に言う。
「あの、ゆめみん先輩、大丈夫ですか?」
「………うん。大丈夫だよ」
少しの間を空けてゆめみん先輩は僕の質問に答えた。
「そうですか、ならいいんですけど…」
「うん。心配かけちゃってごめんね」
そう言いながらゆめみん先輩は泣いていた。
「先に行ってますね」
ゆめみん先輩を一人にしてあげようと思い僕は部屋の扉を開けようとした。
「ねえ、りょうちゃん、りょうちゃんは私の音どう思う?」
「え……」
急にゆめみん先輩にそう言われ僕は驚いたが、瞬時に自分がゆめみん先輩の音に抱いている感情を述べることにした。
「ゆめみん先輩の音、大好きです。優しい音色でよく響くすごくいい音だと思います。僕の憧れの音で僕の目標の音です」
「私の音なんか…目標にしちゃだめだよ」
ゆめみん先輩は泣きながら僕に言う。僕にはゆめみん先輩が自分の音に対して自信を持っていないように見えた。
「何言ってるんですか…」
「だって、実際そうでしょ。何も残すことが出来ない。その場に存在していたことすら認められない飾りのチューバなんて目標にしちゃだめだよ……」
「ゆめみん先輩の音はちゃんと何かを残せてます!」
そう大声で叫んだ時、気づいたら僕も泣いていた。僕にチューバの魅力を教えてくれた音を、その持ち主が否定してしまっていたのが嫌だったのだろう。
そしてなりより、自分が憧れたゆめみん先輩をゆめみん先輩が否定しているのが嫌だった。僕が、ゆめみん先輩に憧れたこと自体を否定されているような気がして嫌だった。
「嘘、私は何も残せてない…」
「そんなことないです。だって、僕がチューバを始めたのはゆめみん先輩に憧れたからなんです。初めて課題曲を聴いた時に、ゆめみん先輩が吹いていたチューバの音に憧れた。だから、僕は今チューバを吹いているんです!ゆめみん先輩の音を聴いてなかったら僕はチューバを吹いてませんでした。ゆめみん先輩は僕にちゃんと何かを残してくれたんです!だから、さっきゆめみん先輩がいつもと違ってめちゃくちゃな音を出してるのが嫌だった。ゆめみん先輩にはいつもみたいに綺麗な音を吹いて欲しいです!音量を上げるためにゆめみん先輩の音が崩れるのが嫌です。音量なんていきなり上げなくてもいいじゃないですか、少しずつ、ゆめみん先輩の音に影響を与えない程度に増やしていけばいいじゃないですか、今は及川さんがいます。だから今は及川さんに頼ればいい。そしていつか、ゆめみん先輩が頼られるようになればいい。僕も頑張ってゆめみん先輩と並んで吹けるようになります。だから、二人で頑張りましょう。少しずつ、上手くなりましょう」
僕は泣きながら、ゆめみん先輩に自分の思いを伝えた。僕の言葉を聞きゆめみん先輩の涙はいつのまにか止まっていた。
「りょうちゃん、ありがとう。私、焦ってたのかな…」
「焦るのが悪いことだとは思いませんけど、焦りすぎてますよ」
「ごめんね。情けない先輩で…」
「そんなことないですよ。ゆめみん先輩は自分にとって一番の先輩なんですから」
「ありがとう」
「いえいえ、さあ、行きましょう。早く行かないと夜ご飯なくなっちゃいますからね」
僕がそう言うとゆめみん先輩は笑いながら立ち上がった。そして二人で食堂に向かい及川さんと合流して三人で夜ご飯は食べた。
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