第14話(2)月と太陽

「よし、降りろ! もうすぐ炎上するぞ!」


「は? 誰だお前は? ここはどこだ?」


「説明は後だ!」


 後部座席のドアを開き、少年は大洋を引きずり出した。


「おおっ⁉」


「あそこの建物に向かって走るぞ!」


 少年は目の前の古めかしい倉庫を指差して走り出す。


「なっ……⁉」


 尚も戸惑っている大洋の横で車が激しく燃え上がり始める。


「ほら! 急いで!」


「訳が分からん!」


 少女に促されて、大洋は混乱しながらも立ち上がり、倉庫に向かって走る。


「はあ、はあ……取りあえず一安心かな?」


 倉庫の中に駆け込んで、少女は肩で息しながら呟く。少年はすぐさま否定する。


「車の炎上で奴らもここに気が付くのは時間の問題だ。のんびりしてはいられない」


「ちょっと待った! お前らは誰だ⁉ どういう状況だ! 普通じゃないぞ!」


「フンドシ一丁の人に普通じゃないとは言われたくは無いわね……」


 叫ぶ大洋を少女は冷ややかな視線で見つめる。


「俺は名乗ったぞ! お前らが名乗る番だろう!」


「まあ、それが礼儀ってものね……そこに隠れているつもりの二人も出てきたら?」


 少女が倉庫に無造作に転がっていた一斗缶を椅子に見立てて、そこに腰を掛け、頬杖をつきながら、出入り口の方に目をやる。隠れて中の様子を窺っていた二人の人影が倉庫になだれ込み、拳銃を少女と少年に向かって構える。


「! くっ、動くな!」


「お前らは完全に包囲されている! ……されてないけど」


「余計なことは言わんでええねん!」


「タイヤン!」


「!」


「ぐおっ!」


 少女の言葉に反応した少年が、銃を構える二人との距離を一瞬で詰めて、手刀を二人の腕に入れる。二人はあっけなく銃を落としてしまう。少年は素早く銃を少女の方へ蹴る。


「護身用の銃ね。この国の中小規模の民間企業ならこんなものか」


 自らの方に滑り込んできた銃を手に取って眺めながら、少女は淡々と呟く。


「声を掛ける暇なんてあったら、さっさと引き金をひくべきだったな。構えだけはそれなりだったが、後は素人だ」


「くっ……子供相手にいきなり発砲って訳にもいかんやろ」


 少年の批評に茶髪を短く後ろでまとめた女性は腕を抑えながら反論する。


「素人というのは半分当たりだね……」


 ショートボブの銀髪が印象的な白衣姿の女性が苦笑交じりで呟く。


「初めまして、お会い出来て嬉しいわ。(有)二辺ふたなべ工業所属のお二人、茶髪で関西弁の方が正規パイロットの飛燕隼子ひえんじゅんこさんで、銀髪でブカブカの白衣を着ている方が主任研究員兼テストパイロットの桜花おうかライトニングひらめきさん、間違いないわよね?」


「な、なんで、ウチらの名前を?」


「私たちも結構有名になったものだね~これもロボチャン効果かな?」


 少女の発言に隼子は驚き、閃は呑気に呟く。ロボチャンとは、『ロボットチャンピオンシップ』の略称で、防衛軍や政府や大学等の研究機関、さらに民間企業に至るまで、数多くの組織・団体が参加して、各自の開発したロボットの性能を競う大会のことであり、隼子と閃は大洋とともに、九州大会を勝ち抜き、全国大会出場を決めたばかりである。


「そうね、あの大会ネットで中継なんてされるもんだから、ちょっとばかり有名になり過ぎちゃったのよね~」


 少女は拳銃を片手でくるくると回しながら、もう一方の手で頭を抑える。


「どういうことだ?」


「ああ、こっちの話、気にしないで」


 大洋の問いに少女は軽く手を振る。


「こっちが名乗る番ね……私はユエ、そっちの不愛想がタイヤン」


「不愛想は余計だ……」


 少女に指差された少年が不満そうに口を尖らせる。


「ふ~ん、ユエ太陽タイヤンか、こう言っちゃなんだけど、思いっ切り偽名臭いね~」


 閃がフッと笑う。タイヤンがユエにつかつかと近づき、耳元で小さい声で抗議する。


「だから言ったんだ! 適当過ぎると!」


「……項羽と劉邦とかの方が良かった?」


「無理があり過ぎる!」


 次の瞬間、爆発音とともに倉庫の壁が一部崩れる。隼子が叫ぶ。


「な、なんや⁉」


「ユエ!」


「……車を爆発させたことと言い、ターゲットは多少傷ついても構わないって考えみたいね、失念していたわ」




「こちらアルファ1、目標の反応を倉庫内に確認」


「アルファリーダー、了解。各機に改めて通達。クライアント曰く『目標は多少損傷しても構わない』とのこと。確保の手段は問わない。」


「アルファ2、了解。速やかに倉庫の包囲を行う」


「アルファ3、了解。現在妨害電波を周辺に向けて発信中。当該地域の防衛部隊出動は数分間程遅れる見込み」


「アルファ4、了解。45秒でケリをつける」


「アルファリーダーより各機へ。目標確保次第、全速で現地点から離脱。合流ポイントで集合せよ」


 全長10m程の全身を黒くカラーリングしたロボットが五機、大洋たちが駆け込んだ古めかしい倉庫を包囲する。全機ともライフルを装備している。その内の一機が、ライフルの銃口を構える。


「アルファリーダーへ、再度発砲の許可を求む」


「こちらアルファリーダー、待て、包囲が完了してからだ……⁉」


 次の瞬間、ライフルを構えた黒いロボットが爆発する。倉庫から現れた約16mの青いカラーリングの機体が二又槍を突き立てた為だ。


「奴だ! こんな所に隠していたなんて!」


 倉庫を挟んで反対側に立っていた黒いロボットが慌ててライフルを構え、青い機体に向けて発砲しようとする。しかし、その両腕ごと薙ぎ払われる。青い機体と良く似た白い機体が投げたブーメラン状の武器によるものだ。


「くっ、白い奴もいた!」


「各機、距離を取れ!」




「白い奴じゃなくてヂィーユエってれっきとした名前があんのよ……」


 投げたブーメランを受け取りながら、白い機体のコックピット内でユエが呟く。


「どうする、ユエ?」


 モニターにタイヤンの姿が映る。


「奴らと戦闘しつつ、彼らの機体を回収……恐らく、後二個小隊くらいいるでしょ……そうなると、私らだけでは手こずりそうだから」


「了解!」


「ファンの調子はどう?」


「上々だ!」


 喜々とした様子のタイヤンを見て、ユエは苦笑する。


「男の子っていつまでたっても子供ねえ……で、大丈夫?」


「だ、大丈夫だと思うか……?」


 ユエの座るシートの裏で逆さまになっている大洋が苦しそうに呟く。

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