第25話 友の怒り
ごほんと鳴り響いた咳払いに私とエトムント殿下はびくりと身体を震わせ繋いだ手を離す。
音が鳴った方向を見ると立っていたのは。
「リア」
友人エミーリアだった。表情は苦笑いというよりも少しだけ呆れたものだ。
もしかして絡まれたところから見られていた?
そうだったら名前を出された彼女にも迷惑をかけてしまうと顔を青褪めさせた。
「り、リア、どこから見ていたの?」
「エト様がリーザを抱き締めているところからよ」
あの場面を友人に見られていた事が恥ずかしくて頰が赤くなる。
どうやら結構前から見られていたらしい。どうして出てこなかったのだろう。
エトムント殿下が居たから?
「どうして、あの…」
「二人の邪魔になったら悪いと思ったから出なかったけど人が通り掛かりそうだったから来たのよ」
おそらく私を探しに来てくれたのだろう。そしてエトムント殿下が私を抱き締めている場面を見つけて誰にも見られないように周囲を警戒してくれていたのだ。
気を使わせてしまって申し訳ない気持ちになる。
「ところでリーザ達を見掛ける前に変な子達が逃げて行ったけどもしかして絡まれたの?」
鋭く厳しい視線がこちらに向いた。
私も友人の為なら、エミーリアの為だったら怒る。それは彼女も同じらしい。
ただ彼女の怒り方は私の比じゃないのだ。魔力量が多いから周囲の被害も大きくなる。
「いや、あの…」
「頰が赤くなっているわ。叩かれたのね」
「これくらい大丈夫だから」
エミーリアが怒る事じゃない。
そう思って笑ってみると彼女は悲しそうに笑った。頰に温かな魔力を感じる。じわじわした痛みが一瞬でなくなった。治してくれたのだろう。
「ありが…」
「許せない。私の大事な友達にこんな事をして」
怒りを含む鋭く低い声が響いた。
長年の付き合いである私も滅多に聞く事がないような怒りの声。エトムント殿下は驚いた表情を浮かべる。
不味いわ、本気で怒ってる。止めないと。
びりびりと伝わってくるのはエミーリアから漏れ出ている魔力だ。
「ち、ちょっと!リアが怒るような事じゃないから!」
エミーリアは次期王太子妃だ。彼女の怒りを買ったと知ればあの伯爵令嬢達は一生肩身の狭い想いをする羽目になる。
彼女達のやった事を許すつもりはないがエトムント殿下を好きで馬鹿な事を起こしてしまったのだ。彼に嫌われた時点で相当滅入るだろう。
罰は下されている。これ以上どうにかして欲しいとは思わない。
「リア、そう怒るな。あの者達は私が罰した」
エトムント殿下の言葉にエミーリアから漏れていた魔力が鎮まる。しかし目は据わったまま。怒りが収まらないのだろう。
自分の為には怒らないくせに人の為に怒るところは昔から変わっていない。小さい頃も周囲に馬鹿にされていた私を助けてくれたのは彼女だった。
原因が自分だと知って落ち込んでいたけど。
「エト様が罰を?」
「ああ」
「そうですか。ちなみにどうしてリーザは絡まれたのですか?」
「あの者達は私を好いてくれているようみたいだ。だから私と仲良くしている噂があるエリーザ嬢を気に入らなかったのだろう。つまり私のせいだ」
すまないとエミーリアに頭を下げるエトムント殿下に胸が痛くなった。
一歩前に出て彼を隠すように否定の言葉を出す。
「リア、違うの。叩かれなかったのは私が悪いの。それに絡まれたのも私が出来損ないだから…」
その瞬間エミーリアとエトムント殿下の表情が怒りに満ちたものに変わった。
「リーザは出来損ないじゃないわよ!」
「君は出来損ないじゃない!」
二人同時に否定されて目を大きく開いた。
怒気を含む表情は次第に悲し気なものに変わっていく。
最終的に泣き出しそうな表情になったエミーリア。ゆっくりと抱き締められる。
「リーザは出来損ないじゃないわよ。お願いだから自分でそんな風に言わないで」
この友人は昔からそうだ。
自分の為には怒らないのに私の為には簡単に怒って、悲しむ。私の代わりに感情を露わにしてくれるのだ。
泣くのを我慢しているのか嗚咽だけを漏らすエミーリアの背中にぎゅっとしがみ付く。
「ごめんなさい。気を付けるわ」
「その台詞を聞くの十回目よ」
「そうだっけ?」
十回も言った記憶はない。
ただ記憶力の良い彼女の言う事だ。事実なのだろう。
抱き締める力を強めながら「もう言わないから」と笑ってみせる。
「その台詞も十回目だからね」
「気を付けるってば」
落ち着かせるように背中をぽんぽんと撫でるとゆっくり離れていくエミーリア。ちょっとだけ拗ねたような表情を浮かべる彼女に苦笑する。
本当、私とクリストフ殿下の事になると表情が豊かになるわね。
「エト様」
「な、何だ?」
「リーザの事、末永くよろしくお願いしますね」
深々と頭を下げるエミーリアに私もエトムント殿下もぎょっとする。
この子、変な勘違いしていない?
「あの、リア」
「私のせい昔からリーザは周囲に絡まれる事が多いので気に掛けてあげて貰えると…」
「ちょっと待って!」
姉か妹を任せるような言い方をするエミーリアを止めに入る。
どうして止めるの?という表情を向けられた。
この様子だと絶対に勘違いしているわ。
「リア、私達は別に婚約するわけじゃないからね」
「え?」
「なっ、何を言っている…」
きょとんとした表情になるエミーリアはやっぱり勘違いをしているようだ。
そして真っ赤になって慌てるエトムント殿下。好きな人に変な勘違いされていたら焦るのは当然の事だ。顔を赤くしている理由はよく分からないけど。
「二人は両想いになって婚約…」
「してないから。両想いにもなってないし」
「じゃあ、エト様がリーザを抱き締めていた理由は?」
「転びそうになったところを受け止めて貰っただけだから!もう変な勘違いしないで!」
これ以上ここに居たらエミーリアがエトムント殿下の失恋の傷を抉ってしまう。
ほら、傷付いた表情をしているじゃない。
これ以上は駄目だとエミーリアの背中を押して少しだけ離れた場所に移動させる。
「どういう事なの?」
「後で説明するからちょっと待ってて」
小声で聞かれるので小声で返す。
一度エミーリアの側を離れてからエトムント殿下のところに向かった。
「今日は助けて頂いてありがとうございます。あの、今度お礼をしますね」
お礼に託けて剣術を教えてさせて貰おう。
そう思っていると意外な返答をされる。
「礼は……いや、エリーザ嬢にお願いしたい事がある」
「お願いですか?私に出来る事でしたら何でも…」
「もうすぐ授業が始まってしまう。また明日伝えるよ」
「分かりました」
立ち去って行くエトムント殿下に首を傾げた。
彼が私にお願いとは珍しいものだ。叶えられるなら叶えてあげたい。しかしこれではお礼に託けて剣術を教えるという作戦が駄目になってしまう。
「いや、友人なら教えるくらい普通よね?」
「どうかしたの?」
後ろから声を掛けられてびくりと身体を震わせる。
振り向くとすぐ側には疑問いっぱいの表情を浮かべるエミーリアが居た。
とりあえず友人に相談するのが良いだろう。
「リア、お願い。今日屋敷に泊めて!」
懇願するように叫んだ。
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