幕間16 気持ちの変化※エトムント視点
うるさい三人組が立ち去りエリーザと二人きりになる。もう彼女を苦しめる人は居なくなったのに離してあげる事が出来ない。
「あ、あの、エトムント殿下……」
私の腕の中でこちらを見上げたエリーザを見た瞬間、衝撃が走った。
右頬が赤くなっている。明らかに叩かれた痕だった。
あいつらの誰かに叩かれたのか?
私のせいで彼女の頰に傷を付けてしまったのか?
どうしてもっと早くに助けに来られなかったのだ。
「すまない、私のせいであんな事に…。顔に傷まで作ってしまって…」
赤くなった頰を撫でるとエリーザは一瞬だけ痛みに表情を歪めた。
その瞬間、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「気にしないでください。エトムント殿下のせいで絡まれたわけではありませんし、これくらいの傷ならすぐに治せます」
へらりと笑うエリーザ。私のせいで傷付けられたのにこちらを気遣ってくれる彼女に胸が痛くなる。
私のせいで叩かれたのだと強く責めてくれても良いのに。本当にエリーザは優し過ぎる。
「それに避けようと思えば避けられたのにそれをしなかったのは私ですから」
確かに幼い頃から剣を習っていたエリーザなら普通の令嬢如きに叩かれるはずはない。
苦笑しながら言う彼女に「どうして避けなかった?」と首を傾げた。
「避けたところで厄介事が増えると思ったからです」
彼女の言う厄介事は想像出来ないがおそらくこれまでの経験談から言ったのだろう。
それを簡単に察せられるほど辛い経験をして来たのか。
彼女の過去を思うと胸が痛くなる。
「私の立ち回りが悪かったのです。だからエトムント殿下は気にしないでください」
そう言って私の腕の中から逃げ出すエリーザ。ぴたりと触れていた温かさと柔らかさがなくなり妙に寂しい気分が身を襲う。
もっと抱き締めていたかった。
そう思いながら前を向く。私と目が合ったエリーザは申し訳なさそうに笑った。
どうして彼女にこんな表情をさせているのだろうか。
「君は何も悪くないだろ!」
「悪いですよ。せめて私がもっとまともな令嬢であれば、誇れる部分があればこんな風に絡まれる事はありませんでした」
どうしてそんな事を言うのだ。
エリーザは他の貴族令嬢と変わった部分を持っている。それは決して悪い意味じゃない。変わった部分は彼女の魅力なのだ。少なくとも私はそう感じる。
だからこんな風に自分を卑下しないで欲しい。悲しそうに笑わないで欲しい。
「エリーザ嬢は美しい心を持った人間だ!人の悪口ばかりを言う薄汚れた令嬢達よりも君の方が綺麗だ!」
今にも消えてなくなりそうな彼女を捕まえておきたくて肩を掴みながら嘘偽りのない言葉を叫ぶ。
エリーザの瞳には動揺の色が浮かんだ。何を言っているのだと言って来そうな彼女に言葉を続ける。
「私はエリーザ嬢の事をまだよく知らない。でも、少なくとも私が今まで出会ってきた令嬢達の中で君は…」
「美しいとか綺麗という言葉は私よりもエミーリアに相応しい言葉です!」
悲痛な叫び声を出すエリーザ。
彼女はずっとエミーリアと比べられて来た。だから咄嗟に彼女を引き合いに出してしまうのだ。
比べる必要はないのに。
「確かにリアに相応しい言葉だな」
エリーザの言う通りエミーリアにも相応しい言葉だと思う。落ち込む彼女に「でも」と言葉を続けた。
「エリーザ嬢にも相応しい言葉だ。君は友を強く思う美しい心を持っているし、優しくて真面目でとても綺麗な人だ」
気遣いでもお世辞でもない心の底から溢れ出た言葉だった。
私の言葉に頰を赤くするエリーザ。
彼女は可愛らしい人でもあるみたいだ。
「な、何を言って…」
「そんな君だから私はもっと話したいと思うし、知りたいと思っている。だから…」
彼女に婚約者になって欲しい。
間違いなくそう言おうとした。
ようやく見え始めた自分の気持ちの正体に戸惑い恥ずかしくなって頰が熱くなる。
逸らされていた視線がこちらに向けられた瞬間、エリーザの頰が真っ赤に染まった。
愛らしい表情に胸が激しく鼓動を打つ。
「だ、だから、その……友人から始めて貰えないだろうか」
誤魔化すように言葉を紡ぐ。
いきなり婚約者になって欲しいと言って逃げられたくなかったからだ。
「駄目だろうか?」
「いえ、駄目ではないですけど。てっきり…」
「てっきり?」
彼女の言葉に首を傾げると「何でもありません」と首を横に振られる。
もしかしたら彼女も私と同じ事を考えていたのか?
それを期待したのか?
勘違いだと分かっているのに頰が緩む。
「友人になるという事で良いだろうか?」
友人から始められたら良い。少しずつ距離を縮めて、いずれ私の事を気に掛けてくれたら。
そんな邪な事を考えていたせいで頰が緩む。
「良いですよ。友人になりましょう」
差し伸べられた小さな手。
ここから始められたらという願いを込めて両手で握り締めた。
普段の態度や口振りからは想像出来ないくらい小さな手だった。簡単に包み込めてしまうし、守ってあげたくなる。何より温かい手だ。
「今日から私達は友人だ。また何かされたら頼ってくれ」
何があってもエリーザを守ろう。
気になる相手が愛しい人に変わり始めた瞬間だった。
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