第22話 お願い
お昼休みになりクリストフ殿下に話す時間を設けて貰えた。といっても本人は私と一緒に居るエミーリアとの時間が欲しいだけだと思うけどそれでも話を聞いて貰えるのは有難い事だ。
「二人ともお待たせ」
いつものガゼボでエミーリアと話しているとクリストフ殿下が姿を現した。きょろきょろと辺りを見回してしまうのはエトムント殿下が居ないか確認をする為だ。
一緒じゃないのね。折角だから一緒に話したかったのだけど仕方ないわ。
「ビューロウ伯爵令嬢?どうかした?」
「え?いえ、何でもないですよ」
エトムント殿下は一緒じゃないのですね?
流石に聞く事は出来なかった。聞いたら怪しまれると思ったから聞けなかったのだけど不思議そうな表情を向けられる。
戸惑う私を庇ってくれたのはエミーリアだった。
「とりあえず座ったら?」
「そうだね」
こちらを気に掛けつつエミーリアの隣に腰掛けるクリストフ殿下は食堂から持って来た昼食に視線を落とした。どれから食べようか迷っているみたいだ。
気遣いの出来る友人を見るとこちらを目が合う。優しく笑いかけてくるエミーリア。
相変わらず敵わないと思ってしまう。
「それでビューロウ伯爵令嬢の話って何かな?」
「実は…」
エトムント殿下と兄が勝負をする事になりそうだと言う話をすると「ああ、その件か」と返事をされる。
おそらくエトムント殿下から話を聞いていたのだろう。
「二人の勝負は許可するつもりだよ。既に学園側には申請している」
分かっていたけどやっぱり勝負の許可を出すのね。
最後の砦だったのにあっさりと陥落してしまうとは。エミーリアを見ると「やっぱりね」と苦笑いをしていた。初めから結果が分かっていたからこその反応だ。
「もしかして止めて欲しかった?」
「い、いえ…」
私とエミーリアが微妙な反応をしていたからだろう。サンドイッチを食べる手を止めて尋ねてくるクリストフ殿下に首を横に振る。
学園に申請を出されてしまったのだ。今更止めて欲しかったとは言い辛い。
「クリストフ殿下ってエトムント殿下の剣の腕がどのくらいか知っていますか?」
「少しだけなら。といっても授業で見る程度だけどね」
「クリストフ殿下から見た彼ってどのくらいの強さなのでしょうか?」
「なかなか良い腕をしていると思うよ。少なくとも魔法無しだと僕は勝てないね」
クリストフ殿下の剣の師は騎士団長である私の父親だ。私の兄と共に厳しい訓練を受けた彼は魔法を使わずに戦っても相当腕が立つ人物である。
その彼に勝てないと言わせるあたりエトムント殿下の剣の腕はかなりのものなのだろう。もしかしたら兄に勝てるかもしれない。
「あ、兄に勝てると思いますか?」
「魔法を使わない試合だったら良い勝負になると思うけど勝てるかと聞かれたら微妙なところだね」
つまり魔法を使った試合だったら兄の圧勝なのだろう。
見た感じでは二人の魔力量に大きな差はない。手も足も出なくなる理由は魔法の使い方が関係しているのだろう。魔法が発展している国としていない国なので使い方に差があっても仕方ない事だ。
「今回の勝負は魔法ありの試合になりますよね?」
「なしにして欲しいの?」
「それは当事者達が決める事ですから」
関係者ではあるが戦うのは私じゃない。
勝手にルールを決められるのは不愉快だろう。
「魔法を使っても良いという事になったら勝負にならないのでは?」
私が言い辛かった事を言ったのはエミーリアだった。
おそらく私が聞けないと分かって代わりに聞いてくれたのだろう。
「ルドヴィックは剣も魔法も得意としている魔法騎士だ。彼に対してエトは剣の腕は立つけど魔法の使い方が拙い部分が多い。厳しい試合になるだろうね」
私よりもエミーリアよりもエトムント殿下を知っているクリストフ殿下の言葉は私の胸に重く鋭く突き刺さった。
「あの、エトムント殿下に兄の剣技を教えるのは反則になりませんよね?」
「ビューロウ伯爵令嬢が教えるの?やるなら僕が…」
「クリス」
クリストフ殿下の言葉を止めたのはエミーリアだった。小さな声で繰り広げる二人の会話はこちらに聞こえて来ない。
分かっている。
剣の腕も魔法の腕もクリストフ殿下が教えた方が良いに決まっているのに自分が教えたいと思っている私は我儘な人間だ。
「……まぁ、ビューロウ伯爵令嬢が教えた方が良いかな。僕よりもルドヴィックの技を見てきているだろうからね」
スカートをぎゅっと握り締めているとそう言われた。
顔を上げると同じような笑顔を見せてくるエミーリアとクリストフ殿下が居た。
何故か全てを見透かされているような気分になる。
「その事でクリスにお願いがあったのよ」
「そうなの?」
「ええ、リーザがエトムント殿下に剣術を教えられる場所の確保をして欲しくて。クリスならどうにか出来るでしょ」
「なるほどね」
うーんと考え込むクリストフ殿下は一分程経ってから「あっ…」と声を漏らす。
どうやら良い場所があるようだ。
「王城にある僕専用の訓練場を使うと良いよ。騎士団の人間はは入れないし、外部に漏れる心配はないよ」
「そこ、私が入って良い場所じゃないと思うのですけど…」
王族であるエトムント殿下はともかく一般貴族令嬢の私が入って良い場所じゃないと思う。
「良いよ。リアと一緒に来てね」
ああ、エミーリアが目的ですか。
分かっていたけどエミーリア中心に考え過ぎでしょう。お熱いのは良い事なので微笑ましいし、揶揄いたくなるけど少しだけ羨ましい。
「ところでビューロウ伯爵令嬢が剣術を教えようとしている事はエトに話した?」
「いえ、まだです」
一人で盛り上がっていたけど本人に聞いて嫌がられたら嫌だし、聞けないのだ。
「僕から伝えておこうか?」
「お願い出来ますか?」
「任せて。上手くいくように手伝うから」
上手くいくように手伝う。
笑顔で言われたその言葉には別の意味合いが含まれているように感じられた。
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