第21話 焦り
ヨハナとの訓練は夜中まで続いた。
結果、全身筋肉痛だ。
目が覚めて文句を言おうとしたら「訓練をサボっていたリーザ様が悪いです」とキラキラ眩しい笑顔で言われた。
確かに最近は色々あり過ぎて訓練が出来ていなかったけど普通は夜中まで付き合わせないと思う。
「おはよう、リーザ」
「ああ、リア。おはよう」
「今日は早いのね」
朝早くに学園に来たのは兄と一緒に登校したくなかったから。兄が朝食を食べている間に逃げるように馬車に乗り込み、一人で学園に向かった。
結果誰も居ない教室で筋肉痛に悶えていたのだ。
「リアこそ早いわね」
「いつもこのくらいよ」
そういえばそうだった。
真面目な友人は前日に夜更かしをしない限り朝早くに来て授業の予習を行う。私には出来ない芸当だ。
「呻いていたけど、どうしたの?」
「ちょっと筋肉痛が酷くて」
「筋肉痛?」
昨晩行われたヨハナとの訓練について話すとエミーリアは苦笑いを浮かべて「なるほど」と返事をする。
「筋肉痛って辛いの?」
「かなり」
私と違って剣を握らない彼女は筋肉痛とは無縁な生活を送っているのでよく分からないのだろう。
侍女のカルラも優しい人だし、羨ましいわ。
ぼんやりエミーリアの顔を見ていると「リーザ、手を貸して」と言われるので素直に差し出す。
握られた手から伝わってくるのは優しい温かさが乗った微かな魔力。どうやら治癒魔法で筋肉痛をどうにかしようとしてくれているみたいだ。
相変わらずエミーリアの魔法は心地が良い。
目を閉じて彼女の魔力を感じているとすっと全身の痛みが消えていく。
「どう?」
「かなり楽になったわ。ありがとう」
右腕をぐるぐると回して身体の調子を確かめる。
淑女として良くないと分かっているけど目撃者はエミーリアだけなのだ。彼女からは苦笑いを向けられているけど気を遣う必要もない。
「気にしないで。それよりもどうして剣の稽古を?」
「ルド兄様のせいよ」
「ルドヴィック様?何かあったの?」
「ちょっとね」
「喧嘩?」
私が一方的に喧嘩腰になっただけだ。おそらく兄は喧嘩をしたとは思っていないだろう。
首を横に振って否定するとエミーリアは不思議そうな表情を見せた。
「色々あってルド兄様までエトムント殿下と勝負をするって言い出したのよ」
「ルドヴィック様まで…」
「もう二人の勝負は止められそうにないわ」
「そうね」
二人を止めてくれそうなクリストフ殿下は当てにならないし、無関係も同然のエミーリアに負担をかけさせるわけにはいかない。
「エトムント殿下の実力を知らないから言うけどこのままいったらルド兄様の一方的な試合になっちゃうでしょ」
「私もエトムント殿下の剣の腕は知らないけど多分ルドヴィック様が有利ね」
エミーリアもエトムント殿下の剣の腕は知らないのね、良かった。
うん?どうして良かったって思ったの?
自分が考えた事なのに理由が分からず首を傾げていると「リーザ?」と心配する声が聞こえてくる。
きっとエトムント殿下の剣の腕も知らずに兄に負けると言ったのが否定されなくて安心しただけだ。
「わ、私、エトムント殿下が一方的に負けるとは見たくないの。出来れば勝って欲しいとも思っている」
「そうね」
「彼にルド兄様の剣技を教えてあげたくて。ただ最近色々あって剣の稽古を休んでいたから腕が鈍っていてね。実力を取り戻す為にヨハナに扱かれたわ」
「わざわざリーザが教えてあげなくてもクリスや騎士団員に任せたら良いじゃない」
エミーリアの言葉にぴたりと固まる。
あれ?確かに私が教える必要ってあるかしら。
兄と剣を交わした事がある人間は他にも多く居る。エミーリアの言うようにクリストフ殿下や騎士団の人間に任せた方がきっと彼の為になるはずだ。
それなのにどうして…。
「き、騎士団の人間は駄目。私が依頼したってルド兄様にバレちゃうじゃない」
「じゃあ、クリスは?」
「忙しいのに迷惑かけられないでしょ…」
どうして私が教えてあげたいって気持ちになっているのだろう。
自分の気持ちなのにまた分からなくなる。
言い返されたらどうしようという気持ちになりながらエミーリアの言葉を待つ。
「確かにそうね」
「で、でしょ」
不審がられなかったみたいだ。
どうしてもエトムント殿下に教えたがっているとバレたら変な勘違いをさせちゃうもの。
こちらをじっと見つめるエミーリア。全てを見透かしたような視線が気になって仕方ない。
「ねぇ、リーザ。もしかして…」
「あ、あの、エトムント殿下に剣を教える事に関してクリストフ殿下に相談があるのだけど取り次いで貰えない?」
被せるように言葉を発してしまう。
何を言われるのか分からなかったが私の本能がそうしろと騒いだせいで声を荒げてしまった。
エミーリアは一瞬だけ目を大きくさせた後ゆっくりと緩めていく。
「リーザ、焦らなくても良いからね」
「何の話よ…」
「ううん、何でもないわ」
何かを誤魔化すように笑うエミーリア。
焦らなくても良いとはどういう事なのだろうか。
分からないが無理に教えられないという事は今は考える必要がないという意味のはず。
「それよりもクリスに相談ってどうしたの?」
「エトムント殿下にルド兄様の剣技を教える場所の確保がしたくて…。ほら、学園だと兄様が居るから無理でしょ?」
「なるほど…。分かったわ、後でクリスに話しておく」
「ありがとう」
クリストフ殿下に相談が出来れば百人力だと胸を撫で下ろした。
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