第19話 兄の呼び出し②
ガゼボが見えてきた途端、逃げ出そうとするヨハナ。
兄が殺気を滲ませてるせいだろうけど逃すわけにはいかない。腕を掴み「一緒に居るって約束でしょ」と笑顔で笑いかける。
嫌がるヨハナを引き摺りながら兄のところに向かう。
「お待たせしました」
「リーザの為ならいくらでも待てるぞ」
つまり私が来るまで待ち続けるつもりだったと。
大事にしてくれる気持ちは嬉しいけど愛が重過ぎる。兄の前に座るとヨハナは渋々ながら私の後ろに立った。
「どうして俺が呼び出しのか分かるな?」
「エトムント殿下とのお茶会の件ですよね」
「そうだ。二人で何の話をしていた?」
分かっていたけどやっぱり聞かれるのね。
エトムント殿下の過去については言えるわけがない。
どうやって誤魔化すのが正解なのだろうか。
「ただの世間話です」
「どんな世間話だ?話してみろ」
「普通の話です」
「普通の話なら内容を言えるだろう。教えてくれ」
追い込むように言われてしまう。兄が騎士のせいだろうか。
まるで尋問を受けているような気分になってくる。
普通の世間話だと言っているのだからそこで終わりで良いでしょう。
「話せないのか?まさか変な事を言われたのでは…」
「エトムント殿下は紳士な方です。不躾な事を言うわけがありません!」
責めるような言い方をしてくる兄を睨み返すと一瞬驚いた顔を向けられた。しかしすぐに渋い表情をする。
言い方を間違えたと思った頃には遅かった。
「どうしてあいつを庇う?」
「庇っていません」
「じゃあ何か脅されているのか?」
「脅されてもいません。失礼ですよ」
仮に相手がエトムント殿下じゃなくて他の男性でも同じように言われていたのだろう。我が家より格下の家の人間なら多少の無礼は許されるが相手は王族だ。しかも友好国の王太子。
失礼が過ぎる兄に嫌気が差す。
「エトムント殿下は友好国であるゾンネ王国の王太子です。無礼な事を言うのはやめてください」
決して私が言える事じゃないが兄の物言いは酷過ぎる。いくら屋敷の中と言っても許されるものではないだろう。
「俺よりもあの男の味方をするのか?」
「味方って…。ルド兄様の態度が酷いから言っているのです」
「相手は俺の可愛い妹を誑かすような男だぞ」
「誑かされていませんから」
エトムント殿下の容姿の良さ、身分に惹かれる女性は多く居るだろう。しかし中身を知れば女性を誑かせられるような人間じゃないと分かる。そもそも女性慣れしていたらもっとエミーリアを翻弄出来たはずだ。
どう足掻いても結末は変わらなかったでしょうけどね。
冷たく突き放す私に兄はショックを受けた表情を見せてきた。嫌な予感がするのは気のせいじゃないだろう。
「ま、まさか…」
「何ですか?」
「本気であの男を好いているのか!だから味方であろうとしているのか!」
いつか言われると分かっていたけど実際に言われるとイラッとする。
天才騎士と呼ばれているくせにルド兄様は考え方が浅はかなのよ。
これで次期騎士団長と言われているのだから呆れてしまう。剣の腕だけで務まる役職じゃないのだから。
「違いますから」
この反論の仕方が間違っている事は分かっているが違うものは違うと否定させて貰う。
「では、やっぱり脅されて…」
「居ませんから。普通の話をしていただけです」
「それなら内容を言えるだろ」
このまま行ったら堂々巡りの会話になりそうだ。
どうにかして切り抜けないといけない。
「け、剣術の話をしていたのです」
これくらいなら普通の範疇だろう。
すぐに勝負の話になってしまって碌に話していないけど間違ってはいない。
そういえばゾンネ王国の剣術ってどんな感じなのかしら。
騎士家系の血が騒ぐのか剣に関連する事はすぐに気になってしまうのだ。今日は色々と余裕がなくて聞けなかったけど今度エトムント殿下と話す機会があったら教えて貰いたいと思う。
「剣術?ああ、奴はゾンネの王子だったな。どれ程の腕の持ち主なのだろうか」
余計な事を言ったわ。
兄は私とよく似ている。こういう話題を出せば簡単に食い付く事は分かっていたのに。
この様子だと絶対に…。
「今度勝負を仕掛けてみるか」
言うと思ったわ。
普段は全然違う考え方なのに剣に関する事だけは同じ思考回路をしているのが嫌で堪らない。
こればかりは遺伝なので仕方ないと思うけど。
「あ、相手は王族ですよ!」
「安心しろ、俺はあいつのクラスも剣術の講師として受け持っている。模擬戦だと言えば問題ないだろう」
不味いわ。
このままいったら間違いなく兄とエトムント殿下の勝負が成立してしまう。
「他国の王族と模擬戦をするなんてとんでもない。クリストフ殿下が許可しないかもしれませんよ…」
「では、先にクリス様に許可を貰おう」
もうどうしてこうなるのよ!
エミーリアの言った通りクリストフ殿下は面白がって二人の試合を許すだろう。せめてエトムント殿下と兄のどちらかが嫌がってくれさえすれば丸く収まるのにここまでくると無理な話だ。
おそらく私が何をしても悪足掻きにしかならない。
「あの小童の鼻をへし折ってやろう」
悪巧みを考えているかのように笑う兄に頰が引き攣る。
兄の剣術の腕は確かなものである。天才と呼ばれるに相応しい。
「任せておけ、リーザ。お前が幻滅するくらい完膚なきまでにあの男を負かせてやるからな」
負けたところで幻滅するわけがない。
ただ天才の実力を前にしてエトムント殿下の心が傷付くのは嫌だ。これ以上、劣等感に苦しむような事が欲しくない。
私に出来る事はエトムント殿下に兄の得意とする技を教える事くらいだろう。それで勝たせてあげる事が出来るとは思わないけど少しでも彼の力になりたいのだ。
胸の奥に微かな火が灯った瞬間だった。
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