第18話 兄の呼び出し①
学園が終わり屋敷に帰ると玄関先で待ち構えていたのは兄だった。
「おかえり、リーザ」
仁王立ちで腕を組み、仏頂面で待ち構えていた兄に頰が引き攣る。
おそらく今日あったエトムント殿下とのお茶会で何を話していたのか聞きたいのだろう。
面倒臭い…。
「ただいま帰りました、ルド兄様」
さっさと逃げてしまおうと兄の横を通り過ぎようとするが腕を掴まれてしまう。
「何故逃げようとする」
面倒そうだからよ。
そう言いたくなる気持ちを抑えて笑いかける。
「さっさと着替えたいだけです」
「そうか」
尤もな理由を言えば兄は納得した表情を見せた。
逃して貰えると思ったのが大きな間違いだ。
「では、着替えが終わったら俺と二人で話そう」
どうして逃してくれないのよ。
話したくないという雰囲気を身に纏ってみるが兄には伝わらず「後でガゼボに来い」と言われてしまう。
こちらの了承も得ないまま立ち去って行く兄。あまりの自分勝手さに深く溜め息を吐いた。
「お帰りなさいませ、リーザ様」
奥から出てきたのは専属侍女のヨハナ。
私がぐったりしているからか心配そうな表情を向けられた。
「ただいま、ヨハナ」
「大丈夫ですか?」
「平気に見える?」
聞き返すとヨハナは苦笑いで首を横に振る。
彼女を連れて自室に戻り、着替えを手伝ってもらう。ゆっくり着替えたのは少しでも兄との時間を短くしたいからだ。
「ルド様、ずっとリーザ様の事を待たれていましたよ。学園で何をされたのですか?」
「エトムント殿下とお茶会をしただけよ」
「昨晩仰っていたお茶会ですね。どうでした?」
「お茶会は楽しかったわ」
エトムント殿下とのお茶会は楽しかった。だからこそ兄と話すのが憂鬱で仕方ない。
笑顔で返事をする私にヨハナは意外なものを見るような表情を見せた。
「どうしたの?」
「つい最近までエトムント殿下を嫌っているご様子だったので」
「楽しかったって言ったのが意外だった?」
ヨハナは「はい」と短く返事をする。
確かについ最近までエトムント殿下に対しては良い印象を抱いていなかった。ヨハナに愚痴を吐いた回数も少なくない。今日になって急に態度が軟化したとなれば驚くのも当然だ。
「ゆっくり話してみたら良い人だって分かったのよ」
「そうなのですか?」
女嫌いの堅物王子。
エミーリアの件で迷惑な人という印象を抱いていたけど蓋を開けてみると不器用な人というだけだった。
「ええ。それに…」
「それに?」
「いえ、何でもないわ」
エトムント殿下は自分と似たような境遇を持っている。親近感が湧く相手を無碍に出来るわけがない。
そんな事を言えるわけもなく笑って誤魔化すと「そうですか…」と不思議そうな表情を向けられた。
「エトムント殿下とお茶会をルド兄様が見ていたのよ」
「それは……大騒ぎになりませんでしたか?」
お茶会の光景を想像したのだろう苦笑いで尋ねられる。
「お茶会の最中はクリストフ殿下とリアがルド兄様を押さえ付けてくれていたわ」
「王太子と次期王太子妃に何をやらせているのですか…」
「学園でルド兄様を押さえられる人はあの二人くらいよ」
他の人だったら簡単に振り払われそうだ。
もし兄が乱入していたらと考えるだけで疲れる。
「そもそも陛下からの頼みでお茶会をする事になったのよ。これくらいの迷惑は許されるでしょ」
むしろこちらが迷惑をかけられたのだ。
クリストフ殿下が兄の対処をするのは当然の事だと思ってしまう。
エトムント殿下とゆっくり話す場を設けてくれたのは感謝するべきところだけどね。
「準備出来ましたけどガゼボに向かわないのですか?」
「ルド兄様のところに行きたくないのよ。絶対にお茶会の事を根掘り葉掘り聞いてくるから」
あのデリカシーのない兄の事だ。
こちらの迷惑も考えず質問攻めにしてくるに違いない。
何の話をしていたのか聞かれても話せる内容ではないのに。誤魔化したらきっと「まさかあの男を好いているのか?だから庇うのか?」と聞いてくるだろう。
それで違うと言ったら「人には言えない事を言われたのだな?」と返してくるのだ。
どう転んでも兄は面倒な事を起こそうとするに決まっている。宥めるのに時間がかかりそうだ。
「ヨハナ、代わりに行ってきてよ」
「どうしてそうなるのですか…」
「私の代わりにごく普通の世間話をしていましたって報告してきて!」
「嫌ですよ。面倒…ではなく私にも仕事があるので」
前にも似たような会話をしたような気がする。
今度は絶対に逃すつもりはない。
「せめて一緒に来て」
「え?それも嫌…」
「お願いだからルド兄様と二人きりにしないで」
懇願するように言えばヨハナは困ったように眉を下げる。じっと見つめていると小さく息を吐いて諦めたような表情を作った。
よし、勝ったわ。
「分かりました。一緒に行きますから」
行きたくないという雰囲気を身に纏うヨハナを手を引いてガゼボに向かった。
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