第11話 憂鬱な朝

週末明けの登校日。

学園に向かう馬車の中、向かい側に座るのは兄ルドヴィッグだ。


「リーザと二人で学園に行ける日が来るとは思わなかったぞ!」


私も思わなかったわよ。

何が悲しくて兄同伴で学園に行かなければいけないのだ。

表向きの理由は特別講師。本当の目的は妹と噂になっている相手の調査。

誰がこんな事を思うというだろうか。おそらく大半の生徒が騎士団の勧誘に来ていると思っているはずだ。


「リーザはリア様と同じクラスだったな。後で挨拶に…」

「お昼休みのガゼボで会えるから教室には来ないで」

「そ、そうか」


睨むように言うと萎縮する兄に溜め息を吐いた。

兄が学園に滞在する期間は約三週間。

割と長めだけど騎士団の方は大丈夫なのかと聞いたところ満面の笑みで問題ないと答えられた。なんだかんだで口が上手い兄の事だ。言葉巧みに納得させたのだろう。

もしくは騎士団長である父が融通を利かせた可能性も考えられるがどちらにせよ職権濫用な気がする。


「エトなんとかって王子はどこのクラスだ?」

「エトムント殿下ね。クリストフ殿下と同じクラスですよ」


いつになったら彼の名前を覚えるのだ。いや、覚えていてわざと知らないふりをしているのだろう。

全くもって面倒な兄だ。


「その男はクリス様と仲が良いのか?」

「王太子同士ですから仲良くするのは当然の事だと思いますけど」

「同じ王太子でもクリス様の方が優秀だろうな」

「それ、本人の前で言わないでくださいよ」


クリストフ殿下が優秀な事は幼い頃から分かっている事だ。何をやらせても卒なくこなす。

完璧の淑女と呼ばれるエミーリアの婚約者に相応しい人物。お似合いだからこそ誰も二人の婚約に文句が言えないのだ。

エトムント殿下がどのくらい優秀な人物か知らないけどクリストフ殿下と比べるのはどうかと思う。

それは優秀だと分かっている人物と比較されるのがきついと知っているからだろうか。


「リーザ、ご機嫌斜めだな」

「いきなりルド兄様が学園にやって来るからですよ」

「お前の為を思っているから来たのだ」


私の為を思っているなら大人しくしておいてよ。

家族の事は大好きだし、大切に思われているのも嬉しいが過干渉なのはどうかと思う。

学園に到着すると兄の存在に気が付いた人達が目を輝かせた。

ルドヴィッグ・フォン・ビューロウは私にとってはお節介な兄でも周囲から見れば滅多に会う事が出来ない天才騎士。顔を知っている人も多いのだ。


「ルド兄様、私はここで失礼します」

「え?おい!」


囲まれるのに巻き込まれたくない気持ちで兄の側から逃げ出した。私が離れた瞬間、男子生徒に囲まれてしまった兄に溜め息を吐く。


「相変わらずルドヴィック様は人気者ね」


思った事を口に出したのは友人エミーリアだった。

私の顔を見ると「おはよう」と挨拶をしてくれる。


「おはよう、リア。こうなる事は予想出来ていたわよ」

「ルドヴィック様は人当たりが良いから余計に人気があるのよね」


そう言いながら兄を見つめるエミーリア。

自身にも憧憬の眼差しが集まっていると気が付いているのだろうか。

天才騎士の兄と完璧と謳われる友人、何でも卒なくこなす王太子。

私の周りには凄い人ばかりが居た。今でこそ割り切って過ごせているが幼い頃は劣等感に苛まれたものだ。彼らに比べたら私は平凡な人間だから苦しかったし、周囲から貰う期待外れの評価が嫌でしょうがなかった。

その点で言えばアルバン殿下の気持ちも分かるのだ。


「リーザ?」

「何でもないわ。ルド兄様が来ないうちに教室に行きましょう」

「ええ、そうね」


嫌な事を思い出してしまったと胸の奥がずきりと痛む。

平凡な人間である私が隣国の王子の婚約者になって良いわけがないのだ。


「リーザ、顔色が良くないわ。あまり無理しないでね」


心配そうに顔を覗き込むエミーリアに作り笑いを見せた。

優し過ぎる友人に心配をかけるわけにはいかない。


「平気、私よりリアの方が無理してそうで心配よ」

「前に倒れてから体調管理はしっかりしているわ」

「倒れたらクリストフ殿下が大騒ぎしそうだからね」


揶揄わないでと腕を叩いてくるエミーリアに悪戯っぽく笑いかける。

早く元の日常に戻れば良いのに。

その気持ちでいっぱいになる朝だった。

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