第21話 第一王子の怒り③

愚かな子爵令嬢アバズレに威圧を放つ。

本当は婚約者様と一緒に制裁を加えたかったのだけど、この場でも別に問題ないでしょう。

一歩踏み出したところで後ろから抱き締められた。


「リア、威圧は駄目だ。それはまた今度にしておいて」


横を向けば優しく笑いかけるクリストフ様。

彼に抱き締められているのだと気が付き、慌てて離れようとするが離してもらえない。

これを見られて、噂が加速したら…。


「クリストフ様、誰かに見られたら…」

「大丈夫。見えないように結界を作ってる」


言われてみれば結界が作られているのを感じる。

おそらく認識阻害の結界だ。それに防音の結界も作っている。結構難しい魔法であるのに簡単に作れてしまうあたりクリストフ様の優秀さが分かる。

私が感心している間に口を開いたのはクリストフ様だった。


「で、君は何?」


私の威圧によりくだらない演技をやめて怯んでいた阿婆擦れさんはクリストフ様の声の低さに驚いたのだろう。青い瞳には恐怖の色が浮かんでいた。


「あ、あの…本当に足が痛くて…!」

「足を治すくらいなら自分でも出来るでしょ。貴族の子供だったら最初の方に覚える魔法なんだから」


足の怪我を治す程度の治癒魔法は幼少期の時点で使える子供が多い。平民より多い魔力を持ち、さらに幼少期から多くの教育を受ける事が当たり前な貴族なら出来て当然の魔法だ。


「い、今、魔力を切らしちゃってて…」

「君は魔力切れについて知らないの?授業で最初の方に習う事だよ?」


魔力切れは全身の力が抜け、歩く事はおろか立つ事も出来なくなってしまう。失神する事だって稀ではない。それに無茶な魔力の使い方をすれば魔力切れで死ぬ事だってあり得る。

見たところ今の彼女が魔力切れを起こしている様子はない。つまり嘘を付いているという事だ。


「クリストフ様、私は…」

「僕は君に名前を呼ぶ許可を出した覚えはない。許可を出していないのに呼ぶな」


厳しい人です。とことん阿婆擦れさんを突き放そうとしていますね。私が彼の立場でも同じ事をしているでしょうけど。


「君、子供からやり直した方が良いんじゃない?」


私には制裁を加えるなって言っておきながら自分は阿婆擦れさんを追い詰めているクリストフ様を睨みたくなったのは内緒だ。

流石に阿婆擦れさんも懲りたでしょう。


「ひどいですぅ!」

「は?」


大声を上げる阿婆擦れさんに結界内にいる全員が固まる。


「エミーリアさんが悪いのね!クリストフ様を誑かしてるんでしょ!」

「なにを言ってるの、あの子…」


訳が分からないと小さく呟くエリーザ。

私は頭が痛くなってきたので早退したいです。

そもそもさっき名前で呼ぶなと言われたばかりでこれですか。学習能力皆無なのでしょうか。

気違い発言をする阿婆擦れさんを見つめました。何故か怯えた態度を取られます。

睨んでもないし威圧も放っていないのに。


「ほ、ほら、クリストフ様、また睨まれました!」

「……るさい」

「え、どうしたんですか?こっちに来てください!エミーリアさんは危険ですよ!」

「煩い」


クリストフ様の地を這うような低い声に私もエリーザも阿婆擦れさんも驚愕する。

この前、婚約者様から助けてくださった時よりもずっと低い声だった。

こんな声を出せるのかと呆然としているとクリストフ様に抱き締められる力が強まる。


「頭のおかしい発言もいい加減にしろ」

「そ、そんな、クリストフ様…」

「名前で呼ぶなと言ったはずだ。貴様と話すのは疲れる」

「なんで…」

「良いか?僕やリアに近寄るな。これは王太子命令だ」


本当に泣きそうな顔をする阿婆擦れさん。そんな彼女を見てもなにも思わなかったあたり私も相当怒っていたみたいです。

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