第8話 クロウ
「ナイトメアの旦那も容赦ねえなあ。もう少し手を抜いてやってもいいのに」
「バカ言うんじゃねえ。ああいう連中にはうんざりしてんだよ」
逃げていくライトとアクア。追い打ちはしなかったが、それでも俺は内心超人とかいう奴らにムカついていた。手加減なんてしてたまるかよ、どいつもこいつもバカみたいに俺に付きまといやがって。
「もうパトロールも止めだ。あんなのがいるんじゃ俺が治安を荒らしてるみたいになっちまうじゃねえか」
俺は今日のパトロールを打ち切ることにした。
ガンさんから安物のインスタントコーヒーと菓子パンを貰った俺は、そのまま家に帰ることにした。
あ、安物つっても、ガンさんのコーヒーは格別だぜ。これに菓子パン一つあれば、カフェのモーニングなんぞ屁でもない黄金コンビが完成するくらいだ。
普段の俺は家まで跳躍して帰るんだが、今日は不完全燃焼だったからかそんな気にならず家までゆっくり歩いて帰ることにした。
「あーあ、シノン怒ってんだろうな」
今日は超人化する前に酔った勢いでアパートを抜け出したからな。
しかもからかってやろうと、俺はシノンの住んでいる部屋の前に『捕まえられるなら捕まえてみろバーカ』と書いた張り紙と一緒に、シノンが大嫌いな蝉の抜け殻を酔った勢いで山積みにする悪行をしでかしてしまった。
仕方ない。シノンの大好きなシュークリームでも買って、からの土下座のコンボで逃げ切るか。いや下手したらそれでも足りないかもしれない。
「貴方がナイトメアですね?」
だがここで俺の背後から声がした。
「おっと名前を名乗らないのは失礼でしたね。僕は⋯⋯」
「ゴチャゴチャうるせえよ。どうせお前も超人だろ?」
俺はずっと分かっていた。
ライトとアクアを相手にしている時からずっと、俺を遠くから気持ちの悪い粘着質な視線でじっと見ている奴がいるのをな。
俺の後ろにいたのは、黒ずくめで不敵な笑みを浮かべた男だった。
年は俺より下だろう。同僚の佐藤圭一よりも下かもしれない。マフィア映画で出て来そうな黒い帽子を被り、服もシャツからパンツまで全部黒だ。
顔立ちはまあ、イケメンだろう。意地悪そうな笑みであまり俺は好きになれないが。
「なら話は早いですね。僕はシグマ所属の超人、シグマランキング19位のクロウと申します。貴方をシグマへ招待しに参りました」
シグマ、確かさっきのライトとアクアはオメガとか言ってたな。
というかシグマって、前にぶっ飛ばしたゴキブリ野郎と空気人間がいる組織だろ。
シグマだのオメガだの、どいつもこいつも訳分らねえこと言いやがって。
「失せろ。誰がテメエらなんかの仲間になるかよ」
俺はまだシノンを人質にしたことを忘れてねえし、ガンさんを殺しかけたのも許してねエ。もしあの二人が死んでたら、連帯責任でこいつをブッ殺そうと思うくらいだ。
だがクロウと名乗ったそいつは、それを聞くや笑い始めやがった。
「もしやエアの件をまだお許しいただけませんか? なら、僕が彼を貴方の代わりに殺して差し上げましょう。所詮エアなどシグマにいくらでもいる有象無象の一人、貴方のような『オンリーワン』になれる逸材ではありませんから」
「そういう問題じゃねえよ。俺はテメエらのやっていることに興味がねえし群れるのも嫌だって話だ。それに、オメガとかシグマとかややこしくて覚えてらんねえしな」
「おっと、ナイトメアさんはオメガとシグマの違いを御存じないのですか。それは痛恨でした、ならば代わりに私が教えて⋯⋯」
聞いてらんねえ。
ガンさんから貰ったコーヒーが冷めちまう。やっぱコーヒーは淹れたてに限るな⋯⋯
スパッ
「ああ?」
俺の手にあったカップから急にぬくもりが消えた。
しかもなんか、足元が暖かいんだが。
「我等シグマは、超人が選ばれし存在だと認識し、力を持たぬ一般人を超人の力をもって支配することを目論む組織。まさに今の貴方にうってつけではありませんか?」
カップが鋭い刃物で切られたように底が抜けている。
中身のコーヒーが全部抜け落ち、しかもカップには黒い鳥の羽みたいなのが突き刺さっていた。
「私は姿をカラスに変える力を持つ『烏超人』、しかも羽を硬化して飛ばすことも出来るのです」
クロウの左手が、黒い翼に変貌していた。
しかもその翼の羽の一枚一枚が黒い大理石のナイフのようになっている。
するとクロウはあれよあれよとデカいカラスに変貌していきやがる。
「フフフ⋯⋯私が完全なる烏に姿を変えれば、銃弾も跳ね返す羽の鎧と切れ味抜群の翼を持つ怪鳥へと姿を変えるのですよ。しかしそんな私をしても苦戦するオメガの光超人ライトと、水超人アクアを倒した貴方の実力は紛れもない本物。その力を是非我等シグマのために使って頂ければ、我らの長、プロテア様もお喜びに⋯⋯」
どうでもいい。
そして、そこのカラスだかスズメだか分かんねえ人モドキさんよ。
テメエは今の俺に一番やっちゃいけねえことをしやがった。
「仕事終わりのコーヒーになってことしやがったんだテメエエエエエッッ!!」
ガンさんのコーヒーはな、その辺のコーヒーとは訳が違う。
何十年もかけて積み重ねられた珠玉の技術で、インスタントコーヒーも一流バリスタ以上の傑物に変えるガンさんの傑作。それをテメエはオシャカにしやがった。
しかも今日は半年に一回の特に出来の良い日だったのに、それをダメにしやがって。
この代償は、お前の体で支払ってもらうぜ。
「オイ、テメエの体は食えるのか?」
「ハイ? あ、貴方何を言って⋯⋯」
「もうテメエを油で揚げて、そのデカい翼を手羽先にするくらいしねえと気が収まらねえ!!」
「ま、待ちなさい!! まだ話は終わってない!!」
俺の中ではとっくの昔に終わってんだよ。
俺はクロウに飛び掛かって、そいつの体を覆う黒い羽根を根こそぎむしり取ってやることにした。
「アアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
「ほー、この羽のむしる感覚は癖になるな。丁度いい、俺のストレスがきれいさっぱりなくなるまでケツ毛も残らずむしりとってやる」
「いやっ、ちょっとやめてええええええ!!」
結論から言うと、俺は止めなかった。
結果、クロウのご立派な黒い羽根は何処へやら、肌色のいかにも弱そうな細っこい珍鳥に早変わり。
「き、き、き、貴様はシグマ総力を挙げて殺す!!」
羽を失い、飛べなくなったカラスは夜道を涙目で駆けていく。
正直、物凄くシュールな光景だった。
「ったく、まあ気が収まったからいいけどよ」
そんなわけで、俺はカラス野郎を撃退することに成功した。
気が付くと、夜が明け始めていた。
俺の能力も消え去る。そして気が付くと俺の住むアパートに辿り着いていた。
と、ここでクロウなんて比にならない脅威が目の前にいるのに気づく。
「夜内さん。こんな夜遅くまで何してたんですか?」
ヤバい。
アパートの前に刀を手に持ったニッコニコのシノンがいる。
アレは嬉しいから笑ってるんじゃない、胸に爆発寸前の怒りを抱えている時のシノンの笑顔だ。しかもシノンの手にあるのは木刀じゃない、ガチの真刀だ。
「ちょ、ちょっと夜のジョギングに⋯⋯」
「走り足りないなら、このまま地獄までジョギングしに行ってもいいんですよ?」
俺はその日ブチギレたシノンから一日追い掛け回され続け、近所の高級スイーツ店のシュークリーム1ダースの前で土下座という荒業をするまで許してもらえなかった。
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