3〉
川原の中ほどに、平たい石があった。テーブルとして、丁度良い大きさと高さだ。四つ角が、獣の足のような形をしているが、加工した痕跡はなかった。
「いいでしょ。ネコの足」
「見つけたときから、ネコの足」
角を撫でるシエロを目ざとく見つけ、双子は口々に、自分の手柄のように自慢した。
石のテーブルには、粥の椀と焼き魚を載せた大きな葉があった。魚はこんがりといい色に焼け、皮の下で脂が音を立てていた。
「これを釣っている時に、シエロが流れてきたんだ。びっくりしたよ」
ノクターンはにこやかに、側の焚き火から追加の魚を差し出した。
目の前を流れる川は澄んでいて、穏やかに流れていた。ゆったりと曲がった先は、茂みに隠されている。ノクターンはその先を示した。
「気がつかなかったら、滝に落ちて、助からないところだった」
耳をすませれば、確かにどうどうと流れ落ちる水音が聞こえた。滝つぼへまっ逆さまに落ちていく己の姿を想像し、シエロは背筋を冷やした。
先に、粥を匙で掬った。数種類の雑穀と小さく切った芋が入った粥は、トロリとしていた。甘みと少しの塩味が舌の上で混ざり合い、広がる。空っぽになった胃に、優しく温もりを広げていった。
粥がなくなる頃には、逆に空腹を感じた。疲れた体が、食べ物を欲していた。自分でも驚くほどの回復力だ。湯気のおさまった魚へも手を伸ばした。
王都では、焼いただけの川魚を食べる風習はない。小ぶりな川魚は、頭や骨を除き、油漬けにするか、すり身にしてスープの具にする。
食べ方に戸惑った。そろりと目を上げると、双子は口周りを脂でペタペタにしながら、そのままかぶりついている。
シエロも、そっと魚の背に歯を立てた。
芳ばしさが鼻腔をくすぐる。噛んだところから、脂が溢れ出た。身は柔らかく、舌の上で解ける。背びれと小骨がチクチクするが、噛み砕けない硬さではなかった。腹はほろ苦く、さらに食欲を刺激した。気がつけば、あてがわれた三尾を平らげていた。
簡素だが温かな食事を済ませると、双子は我先にとシエロの両隣に移動した。
「ね、遊ぼ」
「木登りできる? 石投げの方がいい?」
矢継ぎ早に誘う双子を、ノクターンは優しくいさめた。
「ほら、シエロはまだ休んだ方がいいんだから。ごめんね、外からお客様が来られるなんて、珍しくて」
眉端を下げるノクターンに、シエロは淡く微笑んで首を横に振った。
「大丈夫です。少しなら」
技芸団の客には、双子のような幼子もいた。演目の合間などに接してきたから、相手をするのは慣れている。ただ、激しい運動を伴う遊びは、喘息の発作を引き起こすので遠慮したい。
それじゃあ、と、ノクターンは天幕から笛を持ってきた。
「遊ぶのは、稽古が終わってからにしよう。しっかり手と口を洗っておいで」
ふたりは同時に立ち上がると、川へ走っていった。
笛は、技芸団で使われていたものと同様の横笛だった。中空な植物の幹に穴を開けた、大人の指ほどの太さの笛だ。太さや穴の位置、大きさによって音階が異なるので、同じ音を出すにもそれぞれで指使いが異なる。
双子は音階の前の段階だった。
可愛い唇を尖らせ、幹の切れ込みへ息を吹き込む。気の抜けた音しか出ない。真っ赤にした頬を膨らませ、頑張るが、時折ピユゥと甲高い音が出るだけだった。
それでも、音が出れば、ノクターンは優しく褒めた。
シエロにとって、懐かしい光景だった。
幼い時、シエロも母に笛を教えてもらった。初めて奥深い音が出たときは、嬉しくて飛び跳ねた。残念ながら、喘息持ちのシエロは、吹くための技術、音階の指使いを身につけただけだった。健康な呼吸は、どんなに練習しても会得できなかった。
微笑ましく眺めていたが、稽古に飽きた双子の目には、嘲笑っていると映ったのか。目の前へ、ずいと笛を差し出された。
「笑うなら、やってみて」
「音、出してみて」
そういえば、とノクターンも身を乗り出した。
「シエロは、竪琴だけでなく笛も持っていたね。吹けるのかい?」
「ええ、まあ」
好奇心に満ちた目に囲まれ、シエロは差し出された一本を手にした。子供用に作られているからか、穴の間隔がやや狭い。吹き口から順に押さえ、大体の位置を把握すると、息を吸った。
柔らかな音が響いた。双子が目を丸くする。
「凄い、別物みたい」
「ねえ、何か奏でて」
石のテーブルに手をつき、身を乗り出してピョンピョン跳ねて強請られては、断ることができなかった。
シエロが奏でられる笛の曲は、ほとんどなかった。気管が弱いため、息が続かない。激しい舞の曲などは、一楽章を吹ききることもできなかった。
順に穴を塞いで大まかな音階を把握している間に、どの曲にするか、悩んだ。
結局、意識を取り戻す前に夢で聞いた唄に決めた。母が毎日のように口ずさんでいて、なじみがある。一部分なら、吹けるかもしれない。
静かに息を吸い込む。双子が、吸い寄せられるように、更に身を乗り出す。
細い指が、笛の上で踊った。静かに、澄んだ音色が流れる。
母の唄をなぞるシエロの脳内に、母の笑顔が、楽団の仲間の顔が浮かんでは消えた。感情に流されれば息も乱れる。こみ上げる悲しみを耐え、奏でた。
が、サビに入る前に、気持ちが折れた。胸が苦しくなり、立て続けに咳き込んだ。
「ごめん。ここまで。喘息で、咳が」
喘息で、良かったと思ってしまった。吹き続けられない言い訳になる。
わあっと歓声をあげ手を叩く双子へ、笛を返した。ノクターンからも礼を言われた。
顔を上げると、背後に立っていたソゥラと目があった。
ソゥラの反応は、他の人と異なった。青ざめ、紅蓮の双眸は怯えとも怒りともつかない激しい感情で燃え立っているようだった。
「あの」
なにか、拙かっただろうか。心当たりがなく、オロオロと声をかけた。
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