二日後。官舎の前で待つウマ車の荷台に、大きく膨らんだ鞄を乗せた。

「それだけかい」

 配達員が呆れ声をあげた。官舎には、最低限必要な家具や寝具が用意されている。地聖町の官舎を引き払い、東守口の官舎へ運ぶべきマサキの荷物は、着替え数組と食器数組だけであった。

 対するコウの荷物は、マサキの三倍はあった。何が入っているのか知らないが、配達員の反応を見る限り、それが一般的な量らしい。

「で、まーくんは、これからどうする?」

 ウマの歩み去る足音を聞きながら、コウが伸びをした。鳶色の癖毛が、冬の風に揺れた。

 異動に伴う準備のため、ふたりには三日間の休暇があてられた。地聖町から東守口町までは徒歩で二刻半。荷物を受け取りに集配所へ赴き、新しくあてがわれた官舎を整えるにも一日あれば十分だった。

「実家に、顔を見せに行こうかと」

「え、時埜まで? 二日はかかるんでしょ。親思いだな」

 コウは、大きめの口の端を上げて人の良い笑みを浮かべた。

 親孝行のために帰るのではない。マサキは曖昧な笑みで誤魔化し、手を入れた上着のポケットに、手紙があることを確認した。

 ずっと気にかかっていた。サクラが支部襲撃の朝に差し入れたであろう手紙の内容について、書いた本人に真相を語ってもらいたい。彼女は行方をくらましているが、居場所を知る手掛かりが、もしかしたら実家に残っているかもしれなかった。

 他にも、サクラに聞きたいことは山ほどあった。今、どうしているのか。何故、マサキの近況を知ることのできる場所にいながら、連絡をしてくれないのか。

 合格の知らせと同時に、一念発起して求婚したマサキへの返事の意味も。

『ごめん、マサとは、夫婦になれない。……好きだから』

 サクラは、彼女の父親を含めた、地郷公安部員を憎んでいた。マサキもまた、同じ穴のムジナになったことで嫌いになったのであれば納得がいく。が、理由が「好きだから」では、どうにも飲み下すことができない。

「コウは、どうするんだ?」

 問い返すと、彼は悪戯っぽく笑った。

「流(ながれ)花(はな)で遊んでくる。東守口に引っ込んだら、通いにくくなるもんね。まーくんも一緒に、って誘おうとしたんだけどな」

 地郷唯一の花街への誘いに、マサキは頬が熱くなった。

「いや、俺は、いい」

 モジモジ俯くマサキに、コウは眉を上げた。

「あれ。もしかして行ったこと無い?」

「あ。うん」

「えー。地聖にまで来て、全然遊んでないの。真面目だなぁ」

 感嘆なのか、呆れなのか。溜息に、マサキはムッと荷物を担ぎなおした。

「コウは、どこの出身なんだ?」

 話題を変えるために尋ねた。コウは、北を親指で示した。

「蔵場(くらば)町。小さめの問屋の、一応長男」

「継がなくて良かったのか?」

 話しながら、コウは遠回りになるのも構わず、街道を西へ進み始めた。

「しっかり者の弟がいるから大丈夫さ。それよりも、稼いで、三人の弟と妹を学問所に通わせてやりたいんだ」

 屈託ない。

 貧しい人がいるのは、町も同じだった。

「コウこそ、家族思いじゃないか」

「まあね」

 悪びれない。浮ついたところはあるが、性根はしっかりしていそうだ。身長の差により、物理的に見下ろされてはいるが、村出身のマサキを蔑むこともない。新天地の同僚として、頼もしい人物に出会えたようだ。

 捨て駒という、先行きの不安が僅かだが薄らいだ。

 まもなく、街道の分かれ道へ差し掛かった。

「まーくんって、酒、飲む?」

「いや、それほどでも」

「そっか。時間があれば、配属前に一緒に飲みたかったんだけどな。実家の近くに、いい酒を扱ってる問屋があるんだ」

 残念そうに空を仰ぐコウに、マサキは薄く笑った。

「配属先が一緒なんだ。そのうち飲めるよ」

 そうだな、と気持ちの良い笑い声が両側の建物に反響した。

「じゃ、東守口で」

 長い手を振り、ウキウキと流花町へと遠ざかる後ろ姿を見送って、マサキは荷物をもう一度担ぎなおした。

 そういえば、と苦笑した。

 コウは、初対面からずっと「まーくん」と呼んでくる。今日こそは他の部員同様、名前で呼んでくれるよう頼もうと思っていたが、どうでもよくなっていた。

 顔を上げた。

 二区画先の広場には、ミカドの住まいが空を突かんとそびえ立っていた。希少な金属と硝子で構成された、円錐形に近い建物は、かつて宇宙を旅した舟を安置したと伝えられていた。母星から人類の他、動物や植物の遺伝子を運び、「方舟」と呼ばれているが、由来は知らない。遺伝子がどのようなものかも、マサキを含め、一般の地球人種は詳しく知ることがなかった。

 知っているのは、方舟が今でも母星の高度な科学技術を保管している、重要な施設である、ということだ。地郷南部の海岸で風力により得られた電気は、ほとんどが、方舟と技術の存続のために使用されていた。

 弱い冬の陽を反射させ、煌く方舟に目を細めた。地聖町を離れれば、至近距離から仰ぎ見ることもできなくなる。方舟の背後に西守口町の町並みが広がり、さらに奥の山肌に点在する小屋というべき家屋が薄く見えた。他の人には、そこまで見えないらしい。動体視力を含め、目がいいことも、マサキが射撃を中心とした実技試験で高得点を得られた要因になっているのだろう。

 陽は、まだ高い位置にあった。

 真っ直ぐ西へ向けた足を、思いついて北へ進めた。父親は、酒好きだ。コウが言っていた店で、土産を買っていこう。

 道のりは遠いが、マサキには、祖父直伝の秘策があった。


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