第107話『黙々と課題をこなしている』

 帰る途中に空中になぞの生き物を見つけた。


「なんだあれ」


 思わず足を止めて見てしまっていたら、前を歩いているターリャが気付いて戻ってきた。


「どうしたの?」


 空高くを遊泳している金魚のようなヒレを持った蛇が体を揺らしながら飛んでいった。

 俺の記憶ではそんな姿の妖魔は見たことがない。本にも載っていなかった。ターリャに「あれ」と指差して教えると、両目を手で作った輪っか越しに眺めている。


「なんだろう」

「んー、多分だけどあれ精霊かも」

「精霊?」

「うん。勘だけど、風関係のやつ。名前はわかんない」


 ターリャはこう見えて精霊の女王候補だ。同じ精霊同士何か感じるものでもあるんだろうか。

 にしても。


「初めて精霊見たな」

「あれ?先駆け見たって言わなかった?」

「ん?あれやっぱり精霊だったか。じゃあ二度目だな」


 にしてもあのキニーニといい、上を泳いでいった蛇といい、どこか魚っぽいのが面白い。

 精霊の姿が見えなくなるまで見送った。










 思いの外、リーンから貰ったパンフレットが役に立っている。

 スーグの言う通り食べ物旨い。あった時はとんでもないセクハラ猫とバトルジャンキーと思っていたけど訂正しよう。二人は立派なグルメハンターだ。


 きっと俺はこのパンフレットを頼りに食べ歩いていたら太るかも。


「トキは太らなくて筋肉になるんでしょ?」

「なんでそう思うんだ?」

「だって暇さえあれば勉強か筋トレしてるじゃん」

「……そうか。太る前に筋肉になるな」


 どっちにしても体重は増えそうだ。

 それにしてもイクラートに来てからターリャの体調が良さそうに見える。

 髪も艶がすごい。


「ターリャ、ここに来て何か変えたか?」

「なにが?」

「イクラートに来てからずっと元気だろ。ドラゴンと戦った後はだいたい魔力切れなのか疲れで翌日まで引きずってたじゃないか」

「……そういえば」


 ターリャ自信も気が付いていなかったようだ。

 しばらく考えていたターリャが、多分だけど、と切り出す。


「ここ、魔力凄いんだよね」

「そうなのか?」

「うん。一呼吸だけでも結構な量の魔力を吸い込むよ。トキは感じない?」

「俺は魔力が無ければそれを関知する能力も器官も無いからな」

「ああ、そっか」


 魔力を関知するのにはそれ専用の器官が存在する。

 例に言う、魔石だ。

 俺は相変わらずその魔石とやらが発生すらしていないらしく異世界の魔法溢れる生活を送っていると言うのにいまだに魔力と無縁だ。

 無縁は言い過ぎか。盾の恩恵は受けているし。

 言い替えよう。魔力にそっぽ向かれている、だ。


「トキに分かりやすく説明するなら、霧の中にいる感じ。霧の中にいるとさ、息吸っただけで湿気が口の中に飛び込んで来るでしょ?あんな感じ」

「すごい分かった」


 ということは、イクラートにいる限りターリャはどんなに魔力を消費しても呼吸をするだけで回復すると。

 イクラートすごいな。


「…?あれ、でも確か獣人達は魔法使えなかったよな?」


 魔石はあるけど、その大半を回復力に回していると聞いた。


「うん、そうだね」

「なんだか勿体ないなぁ」


 宝の持ち腐れな感じだ。









 ローカークニに滞在して早二週間。

 ギルドに夏休みの宿題のような厚さの資料、もとい依頼書を黙々と消費している。

 本日もムカデみたいな竜種を討伐してきた。

 通常のドラゴンよりも更に装甲が固くて大変だったけど、逆に倒しやすい相手でもあった。なにせ積極的に物理攻撃をしてきてくれた分、チャージが溜まるのが早かったし、ありがたいことに甲殻の隙間も多い。

 次もこんなやつなら言いなと溢したらターリャに大反対された。

 虫は平気だけど、巨大蟲はごめんなんだとさ。


 日も暮れ掛け、近くの店に入って夕食を済ませることにした。


「はぁー、お腹すいたねぇ」


 椅子を引いてターリャが座り、流れるようにメニューを流し見た。

 といってもだいたい頼むものは一緒だけど。


「私水取ってくるね。後ついでに注文もしてくる。いつものでいい?」

「ああ、頼む」

「りょーかい!」


 ターリャが財布を手にカウンターへ向かっていった。

 その間俺はここで席の番をする。この時間は混んでくる。誰か残って席を確保しておかないとすぐに取られてしまう。


 ターリャを待っている間、簡易メモに記した依頼内容をバッグから取り出し、次の討伐するドラゴンを決めているとやはり混んできた。そうすると店のなかは情報で埋め浮くされる。

 やれ今季の果物の実り具合はどうとか、海の具合はどうとか、それらに混じってドラゴン関係の話も聞こえてくる。


「薄々思ってはいたが、去年からドラゴンが大量に発生しているよ。山向こうでも討伐隊が編成されているって聞いたぞ」

「やっぱり代替えが起こっているんじゃないか?」

「おとぎ話じゃねえの?それ」

「いや、本当だって。海辺のレーッグニャエ(先視師)が言ってたぞ」

「……まぁ、確かに近頃天候がよく崩れるし、実りも減ってきてはいけど…」


 一般人には精霊の代替えの時期が分からないが、目安として気候が安定しない、食物が取れなくなってくる、ドラゴンが増えるなどがあるらしい。が、前回の代替えは大昔で、生きているのなんか一握りしかいない。しかも代替え自体は大々的に行われてないから、知っているのなんて魔術師の一部くらいなのだという。

 その魔術師も積極的に関わってくるわけではないけど。


「お待たせ」


 ターリャが戻ってきた。

 差し出された水を浮けとる。


「ありがとう」

「次のドラゴンは決まった?」

「うーん、まだ検討中」

「蟲はやめてね」

「分かったよ」


 まぁ、ドラゴンが増えたお陰で俺の懐はホカホカだけどな。









 そこから順調にドラゴンを討伐。

 15匹討伐して食べたけどターリャには変化はない。

 やっぱりこう順調に進む訳じゃないんだな。


 ターリャも「なにか足りない気がする」と、最後のドラゴンを食べた後にそう言った。


「足りない?」

「うん。なんだろうな、このまま食べてもこれ以上は成長できない気がする」


 味云々の話ではなく、決定的な何かが獲られていないらしい。


「そうか」


 成長していないわけではない。

 ターリャはグングン戦闘能力が上がっているし、今では後方支援ではなく俺と一緒に接近戦で戦うまでになっていた。

 もちろん盾の方も更に能力が開花して、あのアメーバのようなものに加え、盾の持ち手に謎のレバーが付属され、それを使うと相手の動きを一時的に鈍化させるという物も増えた。


 まだまだ強くなれるなら強くなりたいところだけど、ターリャがそう言うならそろそろ頃合いということ。

 これからはより一層中央付近で活動した方が良いのかもな。


「よし、じゃあそろそろ目的地へ向かう事にするか」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る