第62話 『夜逃げのレベルがアップした』

 よし、一ヶ月姿を晦まそう。

 俺はそう決意した。


 手紙が溜まりに溜まってますよとギルドが俺の手紙を印刷してわざわざ宿まで持ってきてくれやがった。

(その際に取り巻きに居場所ばれたチクショウ)

 しかもその七割以上が俺の知らない奴で、こんな世界に身内がいるわけないのに遠い親戚を語る謎の人物まで現れた辺りでプッツンしたのだ。


「プリンお預け?」

「すまんな。どうにか俺の情報が薄い町でプリン見つけたら一番高いの頼んでいいから」

「……プリンの一番高いやつ??」


 ターリャが盛大にはてなを飛ばしている。

 オレ的には生クリームとかフルーツ盛りだくさんのイメージが出ていたけど、果たしてこの世界にあるのだろうか。

 あったらいいな。


 ってのはさておき、俺は早速姿を晦ますための準備をしていた。

 期間は1ヶ月だ。

 なんで1ヶ月なのかというと、先ほど届けられた手紙の中にガルアとジョコーからの手紙があり、

『いやー、有名人になったからには今色々大変だろう(笑)まぁ、人間一月もすればそれなりに落ち着いてくるから頑張れよ(笑)』

 という記述があったからである。

 ガルアはA級だけではなく英雄だ。

 そういった経験が豊富なガルアがそういうのだからそうなのだろう。

 そうでないと困る。


 隣で巻き添えにあったターリャには可哀想だが我慢してもらうしかない。


 そう、せめて落ち着くまでか俺への関心を緩和してくれる魔法具を手にいれるまでは。

 ついでに先日貰った竜種リストの下見もしよう。

 ターリャの為に情報収集しておいて損はないだろう。


 そういう名目で逃げ回り、危険なドラゴンへ向かって進行していれば纏わりついてくる輩も諦めるだろうと踏んでの事だ。


 あとは、どうやってこの宿を抜け出してルシーを回収するかだが……。


「……やりたくはないが、やらないといけないかもな……」


 夜逃げ。


 もちろん泊まった分のお金は置いていく。

 そして迷惑料も少しは入れておこう。

 きっと宿主も察してくれるはず。

 察してくれ。


 時間帯は夜中の3時くらいにしよう。

 そのくらいだったらきっと張られているとしても人数は少ないはず。

 ……まさかルシーのところまで張られてないよな??


 一抹の不安は残るもののやるしかない。


 荷物を詰め込み、ターリャは早めの就寝をして貰うために準備していたら、ターリャは不思議そうな顔で聞いてきた。


「トキ、せっかくA級になったのに楽しくなさそう」

「…いや、うん、そうだな」


 見通しが甘かった。


「俺はただ竜種の依頼を多く受けたかっただけなのに…」


 なんでこうなった??


「トキ人混み嫌いなの?」

「うん」

「じゃあ仕方ないね」


 ありがとうターリャ。

 絶対に後で豪華なプリン頼んでやる。








 カヒの実を食べながら時間を待つ。

 窓から外の様子を見るとまだ数名残っていた。

 けれど、手紙を渡してきた店主に押し掛けられると困ると頼んで部屋を事前に変えて貰っていたから被害はない。

 ちなみに昨日まで居た部屋は案の定強行突破で突撃されていた。

 ほれみろ。


 さすがにダメだと思った店主が警備隊らしき人を呼んで宿を守って貰っているから今後突撃の心配は減るけど。


「……一応これも書き置きしておくか」


 今回、幼いターリャの身の安全を考えて誠に勝手ながら避難することにいたしましたという旨の置き手紙に追筆しておくことにした。

 次から俺みたいな方が来た場合、手紙を直に受け取らずに、指定した場所に、信用のおける人物が代わりに少量ずつ取りに行く提案をしておいた。


 突撃の被害で部屋の扉、備品に傷と店員に軽い怪我が発生しているんだからこれくらいは改善してくれるだろう。


「さて、そろそろターリャ起こさないと」






 眠くてフラフラしているターリャ。

 成長したターリャを担いでのよじ登りはさすがにきつい。

 どうしようか。

 カヒの実をあげても良いのか?

 でもあれはいわゆる目が覚めるお酒みたいなものだ。

 使い方を間違えると中毒になるし、買うときも成人しているか確認される。


「あ、あれがあったな」


 マジックバッグをまさぐり、取り出す。


「ターリャ」

「んーー……?」

「口開けてみ?」

「? あー……」


 相当眠いのか目をつぶりながら口を開けた。

 その中に飴玉を放り込んだ。


「んん!?あまーい!こえやいこれ何??」

「ヤヨヤ・チュヴォ《※蜂蜜と砂糖を煮詰めた飴》だ。これで少しは眠気取れたか?」

「うん!」


 バッチリとターリャが鼻息荒く頷く。

 相当甘いから血糖値ガン上げ状態だろう。

 これならいけそうだな。


「よし、ターリャ。作戦通りに水の膜を張ってくれないか?」

「わかった」


 ターリャに出して貰った水の膜を体の周囲に浮かせながらゆっくり窓を開ける。

 これで水の反射で更に姿は見えにくくなっているはず。


 数名ほど残っていたけど、眠気に勝てずにボーッとしていたり下を向いて居眠りをしている連中ばかりだった。


「ターリャ、このまま上の方へと登っていけ」

「はーい」


 よいしょと、ターリャを持ち上げていってやると、屋根近くの突起に掴まって体を引き上げた。

 はじめに教えていたのが木登りでよかった。

 ターリャが屋根の安全を教えてくれると、俺も窓に立ち、突起に向かって跳んだ。

 よじ登って、馬の預け小屋の位置を確認。


「屋根が平らで良かったね」

「ああ、そうだな」


 ウンドラ国内の建物は屋根がまっ平ら。

 いいね、実に移動がしやすい。


「よし、あとは俺の仕事だ」

「ターリャは補佐」

「頼んだぞ」


 ターリャを背負って、助走をつける。

 そして隣の屋根に跳んだ。


 よし、いけるぞ。


 速度をあげる。

 目の前には広い道、とても向こう側には跳べる距離ではない。


「やっ!」


 ターリャが手を突き出して水の壁を横向きで配置。

 それに向かって跳び、水の壁を踏み台に向こう側へと到達。

 良かった。

 ターリャがセリアとやりあっていた時に器用にクッションにしていたのを思い出して確認したら、俺でも余裕で支えられるくらいの強度があった。

 尤もそれは時間制限一秒ほどで、それを越えるとただの水の塊になって消滅するが、その一瞬だけなら岩と大差ないほどの頑丈さだった。


 思わず笑いが溢れる。


「ははっ!さすがターリャだ!」

「ふふふっ!」


 そのまま街を横断し、ルシーの小屋へ到着した。


 ふむ。

 酷い息切れはない。

 なんだろうな、この年になって成長期にでも入ったか?っていうほど身体能力が上がっている気がする。


 それともターリャが回復の魔法でもこっそりかけてくれでもしたのか。


「預け屋さんの店開いてないね」

「それは仕方ないさ。でもあと5分で開くはず」

「…いつの間にフードを?」

「……せっかくここまで来たのに囲まれるのは嫌だろう」


 顔がわからないくらい深く被っている。

 ちなみにフードもいつものではなく、予備の色が黒よりのものにしているから、一目でわからないと思う。

 多分。


 とはいえいつまた囲まれるか分からないから内心びくつきながら待っているとようやく店が開いた。


 店主が俺を見た瞬間顔を輝かせた。

 まずい!


「おおー!これはト──」


 すぐさま店主の口をふさいで首を横に振る。

 やめて。


 はてなを飛ばしながらも店主が了承した。


「ぷは。えーと、これはこれはお客さん。こんな早朝にどうしたんです??」

「馬を取りに来た」

「お?依頼ですか?」

「……まぁ、というか、下見のためというか」

「ほおー?ちなみに行き先を聞いても?」

「そこは言えないです。ついでになんですけど、今日出発ってのも内緒にしてくれるとありがたいのですが」

「うーん、そうですかー」


 残念そうな顔。

 よくないな。

 多分いま俺の情報は高値で売り買いしているんだろう。


 仕方ない。

 握らすか。


 ポケットの中に手を入れようとして、店主が口を開いた。


「サインをくれるなら黙っててあげましょう」

「え、さ、サイン??」

「ええ、ええ。そうしたらうちの評判も上がりますからねぇ」

「……サイン書いたことないんだが」


 そんな俺の言葉を無視して、店主はあらかじめ用意してあったかのような色紙を取り出して渡してきた。


「……」


 人通りが少ない今しか自由に動ける時間がない。

 仕方ない。


 とはいえサインなんて書いたことないので、書き慣れている日本語で名前を書いた。


 色紙を受け取った店主が頭を捻りながらも嬉しそうにしている。


「何語なんです?」

「日本語です」

「ニホンゴ?ほお、つまり母国の言語というわけですな。全体的に四角いんですね」

「四角いなんて初めて言われたな」


 漢字だからか?


「それでは準備をいたしますね」


 それからすぐに出発の準備をして貰い、みんなが活動しだす前に門へと到達できた。


 さーて、問題はここだ。

 どうしても顔を見られる。


「はぁ」


 やりたくはなかったけど、やってみるしかないな。


「ターリャは後ろでニコニコしていてくれな」

「任せて」


 門兵が俺に気が付いた。

 それに向かって、俺はできるだけ爽やかな笑顔を向けて挨拶をした。


「おはようございます」

「おおお!!トキナリ様ですね!!どこに行かれるのですか??」


 参考はガルア。


「それはちょっと言えないんですよ。危険なところにも向かいますし、追ってきた人が怪我をするかも知れないので」

「確かに!さすがトキナリ様、思慮深くてらっしゃる!」


 思慮深い??

 なんだその情報??


「なので、秘密にして貰えませんか?」


 がらではないが、あえて口許に人差し指を添えて頼み込んだら、門兵が「分かりました!お気をつけて!」と快く通してくれた。





 門が遠ざかる。

 今さらになって恥ずかしくなってきた。


 ターリャがびっくりした顔で俺を見ていた。


「すごい、トキすごい違和感だった」

「今のは忘れてくれ……」


 恥ずかしすぎる。


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