第54話『お手合わせ』

「わっ!わっ!」

「ターリャ、戦闘用意!」

「うん!」


 襲い掛かってくる蔦を蹴散らそうと盾を構えようとした時、何故か顔に影が掛かった。


「んんっ!?」


 目の前にいたのは少女の隣にいた若い男性。

 セリアの作り出した柔軟性のある木の枝のような蔦に乗って、頭上の意識の低い所から跳んできたらしい。

 その男性がにこりと笑いながら、俺に言う。


「僕のお姫様がすみませんね。でも、これはお姫様同士のいざこざなので、僕たちは僕たちで手合わせといきましょう」


 言うや、体の死角からとんでもないものが風切り音を立てて降ってきた。


戦斧バトルアックス!!?」


 ズガンと、凄まじい圧が盾にぶつかり受け流そうとした瞬間。


「《フォロノン・ズタン》」


 何かの呪文か、男の戦斧から凄まじい衝撃波が放たれて吹っ飛ばされてしまった。

 受け流せなかった!?


「トキ!?」

「よそ見する暇なんてないでしょ!!」


 ターリャが盾で受け流そうとしたが、三方向から同時に攻撃を加えられたら流せるものではない。

 勢いよく弾かれ、地面に転がる前に水のクッションを生成して体勢を立て直した。──のを確認して、俺はすぐさま目の前の男に集中した。

 吹っ飛ばされたものの、地面に転がる前に体勢を整えて着地し、追撃を弾いた。


 この男は風の魔法を使う。

 魔術師かと思ったけど、詠唱の唱えかた、戦い方を見る限り魔法武具を扱う戦士かもしれない。


 ガンゴンと盾に衝撃が加わる。

 ふむ。

 ガルアと手合わせしていたお陰か難なく見切れる。

 風の魔法が少々厄介だったが竜ほどの衝撃や理不尽な体当たりも無いから、相手を観察する余裕さえある。


 相手はアイリス人でもなければウンドラ人でも無さそうだった。

 かといって日本人かと言われればそれでもない。

 褐色の肌に緑と黄色のオッドアイ。

 なんとなく良いところの坊っちゃんみたいだけど、騎士とかではなさそうだ。


「ずいぶんと余裕なんですね!」

「いやいや。そうでもないさ」

「ふっ、さすがは玄武の連れさんだ!《エッシュ・ヲーナァー》!」

「!?」


 バリバリと風ではなく電気が放出された。

 盾を伝ってきた電流で腕が痺れる。

 とたんに腕の動きが鈍った。


 これ以上の威力を出されたら危険だ。


 慌てて距離を取り、痺れた手を振って痛みを散らせた。

 よかった。

 痺れは長続きはしないみたいた。


 そんな俺を見て男が苦笑いした。


「全力でやっても腕が痺れる程度ですか…。自信なくすなぁー…」


 メモリを見ると、まだ半分ちょいほどしかチャージは溜まってない。

 改めて男を見る。

 男はすでにやる気は無さそうだ。

 ため息をつきつつ、軽く落ち込んでいるっぽい。


 戦う意思はもう無いようだ。

 盾を下げる。


「えーと、説明をしてもらっても?」

「それはもちろん。ああ、でも待ってください」


 男がとある方向を見る。

 俺も同じ方向に顔を向けると、ターリャの水撃が炸裂してセリアを吹っ飛ばしている最中だった。


 蔦のガード越しとはいえ、凄い威力だ。

 蔦の盾にぶつかって分裂したが、その隙間を縫って水が追撃を加えた。

 それも草のガードで防がれたけど、衝撃波まで防げなかったようだ。

 というか、ターリャ容赦ないな。


「お姫様の決着もついたようですね…」


 セリアが地面にぶつかる前に生成した草のクッションに落ちた。

 見た感じ直接当たったわけではなく、衝撃波で飛んだみたいだったけど直撃じゃなくて本当に良かったと思う。

 なんせターリャの水撃は木をへし折るほどの威力はあるのだから。


「お付き合いくださりありがとうございます。では、それぞれのお姫様を回収に行きましょうか」


 オウリがセリアの元へ駆けていく。


 さて、俺も、やりすぎちゃった!?って挙動不審になっているターリャを回収しにいかないと。









 ムスっとしているセリア。

 泣きそうになっているのを我慢しているようだ。

 膝を擦りむいて軽く血が出てしまっていた。

 わかるぞ。

 擦り傷は地味に痛い。


 ターリャが恐る恐る声をかける。


「その、回復魔法かけてあげようか?」

「大丈夫よ…。青龍は怪我が治るのが早いんだから…」

「そうなの?」

「そうよ」


 野原に四人座って、手持ちの食糧を食べながら話している。

 端から見たらピクニックだ。


「自己紹介がまだでしたね。僕はオウリ。で、こちらが青龍セリアです」


 オウリか。

 アイリスではあまり聞かない名前だ。

 かといってウンドラかと言われても違う気がする。

 多分俺の知らない国の出身なんだろうな。


「俺はトキ。こっちがターリャだ」

「ターリャです」


 おどおどしながらターリャが自己紹介をする。


「……知ってるわよ。あんたの事すっっっっごい知ってるわ」

「…………」


 ターリャが困った顔で俺を見上げてくる。

 このセリアって子、ターリャよりも年上に見えるけど、話してみたらそうでもなさそうな感じだ。

 同郷とかなんだろうか。

 だとしたらここは、やっぱり言っていた方が良いかもしれんな。

 わざと知らない振りをしていると思っているのだとしたら可哀想すぎる。


「あの、セリアさん?」


 まだ涙ぐんでるセリアに声をかけた。


「……なによ」


 鼻を啜るセリア。


「実は、ターリャはな」

「……」

「記憶が結構抜けているみたいなんだ」


 ポカンとしたセリアが、「え?」と声を漏らした。


 セリアがターリャを見る。

 俺を見て、もう一度ターリャを見た。


「えええ!?ウソ!!そうだったの!!?」


 ターリャにセリアが駆け寄り、頬っぺたを両手で挟んでムニムニしだした。


「よかったぁ!私てっきり……。…………」

「?」


 突然黙ったセリアがゆっくりと手を離した。

 そして俺を見てポツリと。


「そう。この人に使ったのね」


 と言った。

 なんだ?


「まぁいいわ。あなたの特権だもん。私がどうこういう筋合いはないしー。……でも、ちょっと悲しいわ」

「ご、ごめんなさい!でもね!ターリャ、少しずつ思い出しているから!そのうち、その、セリアのことも思い出すと思うから!」

「ふん!そうしてもらわないと困るわよ!」


 再び頬っぺたをムニムニし始めた。

 なんだかよくわからんが、仲良くなったようで何よりだ。


 そこへコソコソとオウリがやってきた。


「あの、トキさん?」

「はい?」

「もしかしてですけど、理由もわからず聖域に行こうとしてません?」


 ……そうだな。

 ターリャがいかないといけない、って理由で向かっているから。


「……聖域に行く理由ってなんなんですか?」


 もしちゃんとした理由があるのなら知っておきたい。

 ターリャが思い出したのはせいぜい魔法の知識と、使い方と、いつ使うのかよくわからない場所の道筋くらいだ。


「もしよろしければ教えますよ」

「ぜひお願いします」




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