第32話『アドレナリン最強説』

 あいつ、落ちたのに鞭から手を離さなかったのか!!

 ギリギリナイフで固定していたから何とか落ちずにすんだけど、このままだとナイフ自体が持たない。


「~~~っ!!」


 足がもげそうになりながらも必死に足を曲げて絡まっている鞭を確認した。

 食人植物の蔓を加工した鞭だ。

 これなら。


 ピンと張り詰めていたおかげか、もう一つのナイフで何とか切断することができた。

 鞭はあっという間に暗闇に吸い込まれて、地面に重いものが衝突した音がした。

 奴がぶら下がってたのか、どうりで重いはずだよ。


 鞭を足首から外す時間も惜しい。

 捻挫なんかにはなってないのを確認してから、すぐさま馭者の所へと向かった。

 警戒していたが、もう敵は登ってこない。


「……」


 屋根から馭者台を見下ろすと、若い男が顔色を悪くしながら馬馬達を制御していた。

 空いているところに着地すると、男が分かりやすく肩を跳ねさせた。


「さて…」


 しゃがんで、男の視界に入るようにナイフをちらつかせる。


「馬車、止めてくれるよな??」


 馬車はゆっくり止まった。

 男が持っていた鍵もろもろを頂戴してから気絶させて縛っておいた。

 これでひと安心だ。


 鍵を持って後ろに回る。

 すると、ターリャが俺を見るなりはち切れんばかりの笑顔を見せた。


「トキ!トキ!やっぱりトキだ!!」

「はいはい。今鍵を開けるから」


 元気そうで良かった。


 扉を開けて中を見て驚いた。

 てっきり獣人ばかりと思っていたら、人間の子供が圧倒的に多い。

 なんでだ?

 罰則が厳しかったはずだろ?


「…とりあえず出すか」


 全員出すと、24人もいた。

 その内20が人間の子供だ。


「まずは枷を外そう。ターリャ、手伝ってくれるか?」

「もちろん!」


 その前にターリャの枷を外さないと。


「ターリャ、先に外すから手を──…!!!」


 出された手には針金が突き刺さっていた。

 とたんに膨れ上がる殺意。

 よし、一発殴る程度で終わらせたけど、半殺しにしよう。


 思わず馭者の方を向くと、ターリャが慌てたように腕を掴んだ。


「違う!これターリャが自分で刺したの!!」

「自分で?なんでだ?」

「あの光のせいで凄く眠かったから、目を覚まそうと思って…」


 つまりは学生の時に眠気を何とかしようと手にシャーペン刺すのと同じか。

 いや、にしてもやりすぎだ。

 出血してるじゃないか。


「…そうか。でもターリャ、これからはカヒの実を渡しておくから、これはしないでくれるか?バイ菌が入ったら大変なことになる」

「わ、わかった」


 手枷を外してから針金を抜き、すぐさま回復薬(軟膏タイプ)を付けた。


 そして次々に子供達の枷を外している最中に、指輪が震えているのに気が付いた。

 ちょいちょい人差し指が痺れてるなって思ってたのはこれだったか。というか、忘れてたな。


 教えられた通り人差し指を耳に当てる。


「もしも「『やっと出た!!!!トキさん今何処にいるんですか!!!?』」──うるせ」


 耳を貫くアウレロの声。


「『トキさんに貸したはずの馬がターコイズ街のギルドで大暴れしてたって連絡来たんですけど!今ターコイズ街にいるんですか!?』」


 ターコイズ街?何処だ?


「……いや、そもそもここが何処だか知らん」

「『…………』」


 沈黙がいたい。


「『…周りに何が見えます?』」


 突如始まった迷子になった人の現在地を探ろうとする質問の応酬。

 周りに見えるのは野原。

 そこから先は暗闇でわからない。


 一旦ターリャに鍵を渡して枷を外す作業を任せ、俺はアウレロと居場所探りに集中することにした。


「…多分、その道で合っていると思います。追い付くのにそこまで時間が掛からなかったので」


 恐らく途中で通過した街がターコイズ街と想定した上で、今までの行動を伝えたら、アウレロが俺の居場所を特定(想定だけど)した。

 最後に盛大に呆れたような感心したような声音で、「『わかりました。これから迎えに行きますので動かないでください。あとちゃんと報せが来たら応答してくださいね!』」と念を押されて、通話が途切れた。


 大丈夫だ。

 もう体力的に動けないから。

 なんでかフラフラするし、腕もだるくて上がりにくいし。

 ……疲れかな。


 それでも頑張って子供達の状態を確認していく。

 外傷は無いんだけど、なんだかみんなボンヤリしているのが心配。

 何かの催眠か、魔法に掛けられているのか。

 そういえばターリャが凄く眠かったからとか言ってたな。

 それと関係あるかもしれない。


 あるかもしれないけど、これは俺は何にも分からないからアウレロに投げるとしよう。


「終わったよ!」

「おつかれ」

「……ねぇ、トキ」

「なんだ?」

「ちょっと確認したいことあるんだけど」

「?」


 なんだかターリャの様子が変だ。

 困惑していると言うか、俺の背中をチラチラ見てる。

 そして、ターリャは恐る恐る俺のマントをめくった。


「なに?」

「……背中、ナイフ刺さってるんだけど…」


 え!!??


 触ってみた。

 本当に刺さってた。

 わりとズップリ。


 どうやらあの時に刺さったのがそのままになっていたらしい。

 どうりで腕が上がらないはずだよ。

 痛みがあまり無いのはアドレナリン大放出してるからか?

 どちらにしても後が怖い。


「抜く?」

「止めとこう。こんな処置が満足に出来ないところで抜いたら大出血して死ぬ」

「抜かないでおこう」


 このマントがあったらそんなに怪我しないと思ったんだけどな…。

 まぁ、馬車の上は風が強くてマントずっとはためいて丸腰状態だったから仕方ないか。


 というか、腕が上がらないのは肩撃ち抜かれたからの可能性もあるな。

 ははは!もうどれが原因か分からんな!






 そんなこんなで待つこと二時間。


「おーい!!」


 遠くから馬の蹄の音と人の声が聞こえた。

 ああ疲れた。

 早く街に戻って寝たい。





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