第11話 沈む気持ち

 森すらも寝静まった夜の闇の中。あたいは無我夢中で駆ける。草を切る音が騒々しい。


 魔法の力でブーストしたその速さは、巨大蜂であっても追いつけず、狼すら襲うのを躊躇する。


 こんなところで道を間違えたりしたら大変。いくらあたいでもこんな時にそんなドジはしないと思うけれど……。と一抹の角度の違う不安を感じつつ、森の出口を確認して――


「――ッ!」


 あたいは転がるように茂みに隠れた。


「……なあなあ、今、すげぇ物音がしたんだが」

「知るかよ。なにビビってんだ」

「だ、だってよぉ。ここ、魔法使いの潜む森なんだぜ……?」

「はっ。お前話聞いてたか? もう残っているのは大人しそうな女のガキ一人だけだ。何をビビる要素があるんだよ。ほら、さっさと見張りを続けるぞ」

「お、おう……」


 ガシャリガシャリと耳障りな金属音と、あたいの鼓動を打ち鳴らしてくる男達の会話が遠くに聞こえてから、あたいは大きく息を吐いた。


 あれは……兵士たち、だよね?


 あたいは静かに頭をもたげて、茂みの隙間から町の方面の様子をうかがう。森を出たら木々はなくなり見晴らしが良くなる。町も少し低い高さにあるため、この前訪れた時は家々がうかがえた。


 しかし今は、夜のこの町を知らないあたいでも異様だとすぐにわかった。


 おびただしい松明の明かりが、町から森の方へ向けて扇形に広がっていた。どうやらそこそこの大きさの部隊がやってきているみたい。


 それを確認して、あたいは血の気が引いた。まさか、これがあたいたちを捕らえるために派遣されたものだとしたら、いったいあたいたちはどう思われているというのか。


 あたいはいやに粘ついた唾で走って乾いた喉を潤し、また大きく迂回して走ることを考えて少しだけため息を付いた。


 それでも、ルトンさんの家が森の真反対。それも町から少し離れたところにあるのは幸いだ。町の中にあったとしたらあたいはまたここで立ちすくむことになっていただろう。


 あたいはローブのポケットから杖を引き出す。さあ、ここからはできるだけ静かに行こう。


 ドジしないでよ、あたい。


「マジック・エイジ・レッグ」


 緊張で解けてしまった足への強化魔法をかけて、あたいはまた全力で、体をかがめながら駆けた。




 臆病ともとれるほど回りに回り、ルトンさんの家に着く。周りに兵士がいないことは確認済み。


 あたいはそろそろ寝る時間であったので、精一杯の集中と全力で走った疲労が重なりこんな時だというのに目が眠気でしばしばと瞬かれる。あたいは気合いを入れ直すように深呼吸をした。


「はぁ、はぁ、すぅ……ふぅ。……よし」


 そういえば、もう結構な遅い時間だけど、ルトンさん起きてるかな。おじいさんだったから、迷惑かも……。


 いや、でも、もうそんなことは言ってられない。非常事態って説明すれば、きっと許してくれる、よね?


 あたいは恐る恐るボロボロの玄関の扉を叩いた。すると、


「はああああああい!!」


 超大音量で返事が来て、あたいは慌てて扉を開けて、


「ルトンさんごめんなさいあたい追われてるの!!」

「おや、なんと。では大声を出してすまなかったの」


 すごい早口でまくし立てると、ルトンさんも納得したのか声を小さくしてくれた。


 あたいはルトンさんの方を向きーー


「して、どうしたのじゃ、賢者様の可愛らしいお弟子さんよ。確か、名前はーー」


「きゃあああぁぁぁぁぁぁ!」


 全裸のルトンさんを見て、先程の声とはいい勝負の絶叫をあげた。


「さ、最近の若者はすごいのぉ……」

「る、ルトンさん! 服を着てください!」

「あ、すまんのお。ここには近くのババアぐらいしかこんから、この服装がノーマルなんじゃ」


 服着てないのに服装とは?!


 そうツッコミかけたけど、それをなんとか抑えてルトンさんに伝える。


「あたいのお師匠様が消えたの!」


 そのあたいの必死な声と眼差しに、ルトンさんが顔の筋肉を引き締める。


「……服着てくるぞい」

「あ、はい」


 あたいも流石に全裸のおじいさんと向かい合うのは辛いわ……。


 ルトンさんが部屋の奥に引っ込む前に、


「あがってくれい。ま、座れるところに座っておれ」

「は、はい」


 そう言ってくれたので、あたいは僅かな記憶を頼りに今にたどり着いて、前に訪れた時と同じ席に着いた。机の上にはもちろん紅茶などはない。


 なんだか、緊張が緩んでしまった。いいことか、悪いことかはわかんないけど。


 しばらくして、着替えを終えたーーと言っても着ただけだけどーールトンさんがやって来て、神妙な面持ちであたいに尋ねる。


「さて、ヒヨちゃんのお師匠様……レーザ様がどうしたのじゃ?」

「はい。実はーー」


 あたいはここまでのあらましを簡潔に語った。と言ってもあたいはそんなに賢くないから、伝えるのは大変だったけれど、ルトンさんは親身に聞いてくれた。


「今日のお昼頃。家にメガルハさんっていう人が来たの。それで、一回あたいは家の外に出たんだけど、帰ってきたら部屋が荒れてて、お師匠様が居なくなってて……」

「……メガルハと言ったか?」


 ルトンさんが、ピクリとそのまゆを動かした。あたいはコクリと言葉なく頷く。


「なるほどな……。特徴を教えてくれ」

「は、はい! 金髪の、やつれた顔で、身長はあたいよりも高かったです!」

「……なるほど。まあ、名前がわかれば充分じゃな。偽名かもしれんが」


 そっか、偽名……。お師匠様がメガルハ様にザーレと名乗ったみたいに、メガルハさんも名前が違う可能性もあるのね。


 ルトンさんがうむと一人頷いて立ち上がる。


「わしが傭兵仲間に聞いてくるわい」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「あと、兵隊が来たと言ったの? この町にもいるが、一人でいるよりかはよかろう。危ないから、うちに泊まっていくといい」

「はい! ありがとうございます!」


 そうして、あたいはルトンさんの家にお邪魔させてもらった。やはりルトンさんは良い人だ。


 けれど、結局あたいはその晩、あまりよく寝付けなかった。

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