第59話 眼鏡をプレゼントされました


約束の時間に、私はリュシアンと図書館で落ち合った。


「どうだった?」


「はい。一通り見て回りましたが、特にトラブルなどは起こっていないようです」


リュシアンは生徒会書記として、眼鏡祭実行委員と協力して運営を手伝ってくれている。


あまり目立つことは好きではないと思っていたから、ここまで積極的になってくれるのは意外だった。


「ありがとう、リュシアン。もう十分働いてくれたから、あとは一生徒として眼鏡祭を楽しむことも忘れないでね」


「あの、姫様!」


立ち去ろうとしたところを引きとめられ、振り向くと、エメラルドグリーンの瞳が燃えている。


「これをもらっていただけませんか」


差し出されたのは、手のひらに乗るくらいのサイズの木箱だった。


開けると、そこには銀縁の眼鏡が入っている。


繊細なフレームに、薄く削られたレンズ、ゆるやかな弧を描く耳かけ部分。


美しい眼鏡だった。


「姫様のために作った眼鏡です」


真っすぐ目を見て言うリュシアンに、気弱さは欠片もない。


普段とは別人のような、強い意志が感じられた。


私のために、一年かけてこれだけの眼鏡を作ってくれたんだ……。


感動で胸がいっぱいだった。


「ありがとう……リュシアン」


私はそっと眼鏡をしまい、木箱を閉じる。


リュシアンの瞳が傷つくのが分かった。


「とっても嬉しいわ。あなたが眼鏡科に入ってくれて、本当によかった。あなたと出会えなかったら、今ごろ眼鏡も眼鏡科もなかったんだもの。感謝してる」


でも、と私は続けた。


「ごめんなさいね。この眼鏡をもらうことはできないの。私が眼鏡をもらう相手は、もう決めているから」


「……はい」


リュシアンは哀しそうに笑った。


「分かってます。でも僕、決めたんです。失敗してもいいから動こうって。何もせずに後悔するのは、もう嫌だから」


大人びた表情に、私は目を瞠った。


「姫様がオスカーさんにさらわれたときも、眼鏡科を乗っ取られたときも、僕はただ見ているだけで何もできませんでした。恐怖で体がすくんで、動けなくて……すごく悔しかった。

僕はいつか、姫様に選んでもらえるような男になりたい。どんなに可能性が低くても、諦めたくない。そのために、自分にできることは全部するつもりです」


「リュシアン……」


恋愛経験ゼロの私にも、さすがにこれが告白だってことは分かる。


純粋で真剣な『好き』が伝わってきて、心臓が燃えるように熱い。


私はぎゅっと両手を握りしめた。


「あなた、変わったね。そんなにはっきり物を言える人だと思わなかった」


「そうですよね。自分でも、ちょっとびっくりしてます」


照れたように笑う横顔に、ほんの少し過去の面影が残っている。


けれど、気弱でかわいらしかったショタ眼鏡男子は、ここにはもういなかった。


「姫様は僕に言ってくださいましたね。僕は存在するだけで価値があるんだと」


「ええ」


「あの言葉は僕の宝物です。一生、大切にします」


胸に手を当てて、リュシアンは少しく目を閉じた。


私は入学当日のことを懐かしく思い出していた。


たった一年前のことなのに、今では遠い昔のように思える。


「あのときデートできなかったこと、今でも残念に思ってます」


去り際、リュシアンは明るい声で呼びかけた。


私は微笑むと、公爵令嬢にふさわしい、優雅で美しいお辞儀をした。

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