第51話 本当の気持ちに気づきました


「お嬢様。ここには私とお嬢様しかいらっしゃいません。ですからもう、無理なさらないでください」


アキトは一言ずつ心を込めるように、ゆっくりと言った。


泣きたい。でも、できない。したくない。


だって私……私は……。


「あははっ、ごめんね。心配かけちゃって」


我ながら滑稽(こっけい)な顔と声で、それでもせいいっぱい笑おうと試みた。


アキトが痛みをこらえるような表情になる。


「私って昔からアキトに迷惑ばっかりかけてるよね。せっかく普通のお嬢様になろう計画してるのに、いつも変な方向に暴走しちゃって尻拭いさせたりとか、本当、ひどいご主人様だよね」


あはは、と頭に手を当てて、明るく自虐してみたつもりだったけど、どんどん惨めになってくる。


恥ずかしくて情けなくて、アキトの顔が見られない。


「でも、でもね、これから頑張るから! 本当よ、今回の件で私も反省したの。これから礼儀作法も守って、アキトの言うことも聞いて、最高の公爵令嬢になるから。アキトが誇りに思えるような、そんなお嬢様になるから! 

いつか、『この人にお仕えしててよかった』って、思ってもらえるような……」


涙が溢れた。


食いしばった歯の間から、嗚咽が漏れる。


せめてアキトに見られまいとして、私は顔をそむけ、両手で顔を覆った。


息が苦しい。顔が熱い。


ああ……我慢しようと思ってたのに。


沈黙が怖かった。アキトの反応が見られない。


アキトは今、どんな顔をしているだろう。どんなふうに思っているだろう。


呆れているだろうか。きっとそうよね。


私が逆の立場だったら、こんなお嬢様、もう付き合いきれないってさじを投げると思う。


早く泣きやまないと。せめて、これ以上アキトに呆れられないように。


でも、どんなに頑張っても涙が止まらない。むしろ、勢いを増して流れてくる。


「ごめんなさい……ごめんなさい、アキト」


このままじゃアキトに嫌われる。


以前はそんなこと全然気にしていなかったのに、今はアキトに嫌われるのがすごく怖い。


だって私は、アキトが好きだから。


そう――私はアキトが好きなんだ。


今、ようやく分かった。胸にすとんと言葉が落ちてきた。


『アキトに近づいてはいけない病』は、アキトが好きだから、近寄られると恥ずかしくて、どうすればいいか分からないから。


お見合いや結婚が嫌だったのは、アキトと一緒にいられなくなるから。


前世の話をして、私を変わり者扱いしなかったのはアキトだけ。


前世のことを、他の誰にも分かってもらえなくていいと思えたのは、アキトだけは何があっても味方でいてくれたからだ。


眼鏡科を取り上げられたら、私はもう、アキトのクラスメイトではいられなくなる。


公爵令嬢と執事に戻る。それが何より辛い。


眼鏡男子を集めたかったからじゃない。


私はアキトと同じ学校に通い、対等な立場になりたくて、眼鏡科を作ったんだ。


ようやく気づいたとき、アキトの腕が私を抱きしめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る