第50話 みんなの優しさに触れました


私は顔を上げて、先生のほうを見た。


先生は長い指でティーカップを持ち、紅茶を味わっている。


「動機はどうあれ、お嬢さんは眼鏡科を設立し、学園長としての務めを果たしてきた。他の誰にもできなかったことだ。俺はお嬢さんが眼鏡科の教師や生徒にとって、相応しくないとは思わない」


「僕も同じです」


リュシアンは勢いよく席から立ち上がった。


「姫様は僕に、『存在してるだけで価値がある』と言ってくれました。身分も関係なく学園に入れてくださり、優しく接してくださいました。たとえ外見しか見ておられなかったとしても構いません。僕は姫様が好きです」


言い終えてから、リュシアンははっとした顔をして、真っ赤になった。


何か今、好きって言われたような……。


あ、あれか。人間として好きってことね、うんうん。


「ありがとうございます。フィリップ先生、リュシアン」


私は心からお礼を言った。


もう学園長じゃない私に何を言ったって、二人の得にはならないのに、こんなふうに一緒にいてくれることが嬉しかった。


同時に、恥ずかしいやら情けないやらで胸がいっぱいになる。


「生徒会規則を変えることはできない。だが、抜け道を見つけることはできるはずだ。必ずそれを見つけ出し、お嬢さんの手に眼鏡科を取り返す。俺とリュシアンは今日、それを言いに来たんだ」


フィリップ先生は、縁なし眼鏡の奥の瞳をきらりと光らせた。


そんなことができるとは全く思えなかったけれど、せっかくそう言ってくれてるんだもん、気持ちだけはありがたく受け取っておこう。


「お優しいのね、先生」


「三食昼寝つき、サボりたい放題の職場なんて、なかなかないんでね。維持できるなら、それに越したことはないってだけだ」


照れたようにフィリップ先生は言い、「もう行くぞ」と部屋を出ていく。


リュシアンもぺこりと頭を下げて、「お邪魔しました」とその後に続いた。


二人が去った後の静寂に、私とアキトは取り残される。


あ……やばいかも。


こらえていた感情が溢れ出しそうになり、私は大きく深呼吸を繰り返した。


これ以上、アキトに心配をかけちゃ駄目。


「ちょっと疲れたから、少し横になるわ。下がっていいわよ」


いつもなら、すぐに返事をするはずのアキトが黙っている。


「……アキト?」


すると、アキトの両手がぎゅっと私の手を握りしめた。


「ぎゃっ」


突然のことにびっくりして、手を離そうとしたけれど、力がこもっていて離れない。


いつの間にか、アキトはベッドの側に膝をつき、私を食い入るように見つめている。


あまり眠れていないのか、目の縁が赤く染まっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る