第42話 先生に忠告されました
「先生、ちょうどよかったですわ。お礼を申し上げようと思ってました」
と言いつつも、私は先ほどのアキトとフィリップ先生の発言が気になっていた。
他に聞いている人がいないか、周囲に目を配る。
「ちょっといいか」
私の意図を察してくれたのか、先生は理科準備室の扉を開けて、入るよう手で促した。
「うわ~……懐かしい」
掃除は行き届いているはずなのに、ちょっと埃っぽい感じとか、独特の匂いとか、棚に並んだビーカーやフラスコや、薬草の類。
眼鏡科でも普通科目として理科の実験はするけど、こうして入ったのは初めてだった。
「懐かしい? 変わった言い方をするんだな。それも前世ってやつの影響か?」
フィリップ先生はランプの灯りをつけながら、事もなげに言った。
私は凍りついた。
え……?
やばい、私何かまずいこと言った?
思わずアキトを見ると、彼も硬い表情をしている。
「まあ座れよ。アキト、お前もだ」
と言って、先生はぽんぽんと丸椅子を勧めた。
私たちは並んで、大きな黒い机を挟んで正面に先生が座る格好になった。
「以前、プリスタインの屋敷に回診に行ったろ。あのとき、お嬢さん寝ながら前世がどうとか呟いてたんでね。ちょっと気になったんだよ」
「や、やだ~先生。レディの寝言を聞くなんて、紳士のなさることじゃありませんわ」
私は微笑みながら言ったが、背中にどっと冷や汗をかいていた。
そんなこと言ってたの!? 私。
「お嬢様。先にお話を」
アキトに促され、私ははっと我に返った。
いけない、いけない。先に本題をお伝えしなきゃ。
「先生。このたびはプリスタイン公立学園眼鏡科の生徒会顧問をお引き受けくださり、誠にありがとうございます。学園長として、一生徒として、心から御礼申し上げます」
丁寧に言ってお辞儀をすると、先生は「あー、あれな」と気のない様子で言った。
「お嬢さんがウェンゼル家との間に縁談があることは、あの一件で知ってたしな。うちの学校は教師が少ないし、眼鏡製作技術を教えてくださる方は職人さんだから本職がある。彼らの手をわずらわせるわけにはいかないだろ」
「先ほどエルネスト様のお名前を挙げられましたが、あれは」
アキトが言うと、フィリップ先生はにやりと笑った。
「うまいねえ。話の矛先を都合のいいほうへいいほうへ誘導する。『前世』って言葉は、よほど禁句らしいな」
ううっ、鋭い。
ぐうの音も出なさすぎて、私は黙っていた。
何を話してもぼろが出そう。
気まずい沈黙が流れた後、先生はふっと息をついて笑った。
「まあ、いいさ。久しぶりに面白い観察対象が見つかっただけで今は十分だ」
そんなどや顔で、納得したように言われても……反応に困る。
とにかく絶対フィリップ先生の前では、前世っぽいことは言わないようにしないと。
「俺が言いたかったのは、エルネストには気をつけろってことだ」
私は目をぱちくりさせた。
「エルに?」
「ああ。あいつの言動には裏がある」
「でも、さっきの根回しの話が本当なら、むしろエルは協力してくれてるんじゃ……」
「だったら、なぜそれをお嬢さんやアキトに言わない? そもそも、なぜそこまで協力する? 必ず理由がある、だがお前たちには言いたくない、だから裏で動いたんだろう。あいつは何のメリットもなしに親切をするタイプじゃない」
断言されて、私はアキトの顔を見た。
アキトは頷くでも首を振るでもなく考え込んでいる。
「エルネストの実家は侯爵家だ、あいつが貴族社会の情報に通じているのは理解できる。だが、眼鏡科の生徒の半数近くは平民だ。貴族社会の噂は、基本的に外部に出ることはない。どんなに口の軽い貴族でも、噂を平民に流したりはしない。それが絶対のルールであり不文律だ。
なのに、今じゃほとんど全ての生徒が、お嬢さんとウェンゼル公爵家の縁談話を知っている。ということは、あいつが自ら生徒に情報を広めたとしか考えられない」
「私に、エルを疑えと言うんですの?」
私は席を立ち、胸に手を当てて言った。
嫌な気分だった。
エルは眼鏡科の大事な生徒で、私の友達だ。疑うなんてしたくない。
「お嬢さんが俺の言葉を受け取ろうが無視しようが、別に構わない。単なる忠告だ」
「ご忠告ありがとうございます。行くわよ、アキト」
私は一礼すると、フィリップ先生と目を合わせずに理科準備室を出た。
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