295話 十傑の襲撃(3)

  《アベル視点》


  おれたちは謎のローブ姿の人物が発動した転移魔法によって見知らぬ場所へと転移してしまう。

  大気中にある魔力の濃度から、いまだ魔界にいることはわかるのだが、ここがどこかまでは当然わからない。


  殺風景な岩山のような場所におれは放り出されてしまった。

  まるで、昔アイシスと一緒に修行をしたあの光景を思い出すのであった。



  「おい、大丈夫か……?」



  おれと共に転移したウェインが心配するように呼びかけてくれる。

  人型ではなく、獣神化したフェンリルの姿でおれに寄ってくるため無意識にびびってしまう。


  今のウェインは体長が5メートルほどの大型獣であるため、側に来るだけで迫力がすごいのだ。


  「あぁ……特にケガはしていないよ。だけど、ここはどこなんだ?」


  魔界の住人であるウェインなら、もしかしてこの場所を知っているのではないかと思い尋ねてみる。

  しかし——。


  「オレにもわからねぇ……。だが、あそこにいるやつが敵だってことだけはわかるぜ」


  おれはウェインの言葉を受けて彼の視線の先を見つめる。

  そこには巨大な岩の上に座り、おれたちを見下ろす一人の青年がいるのであった。


  だが、もちろんあれは人間などではない。

  紫色の髪をしたその男の背中には真っ黒な翼があるのだった——。


  彼は特に何かをするわけでもなく、巨大な岩に座りながら足をぶらりと垂らしてバタバタと動かしている。

  そして、おれたちの視線が合うとにやりと笑みを浮かべて、その動きをピタリと止める。


  そして、ふらっと宙に舞ったかと思うと、彼はおれたちの目の前へとやってくるのであった——。



  「僕は十傑序列第7混沌の悪魔ルノワールだよ。よろしくね」



  舞い降りてきた青年は、爽やかな笑顔でおれたちにそう自己紹介をする。



  「アベル! 下がってろ!!」



  獣神化したウェインが吠える。

  その張り詰めた声からはこの状況が危ないことが十分に伝わってくる。


  やはり、あのローブ姿の人物は敵だったのだ。

  そして、十傑の悪魔が待ち構える場所へと転移させられた……。

  おれたちはまんまと罠にめられてしまったのだ。

 

  「姿は違うけど、魔王ウェインだよね。やだなぁ、その見た目は怖いよ。こんなことなら別の人を選べばよかったな〜」


  この青年ルノワールは能天気にそう話す。

  そんなルノワールにウェインは強く吠える。


  「仲間の上位悪魔たちはどうした!? ルノワール、オマエが一人だけということないはずだ!」


  そうだ。

  先ほどだって、ゼシウスさんの魔王国に十傑の悪魔を含む上位悪魔たちが侵入してきたと言っていた。

  つまり、こいつだって手下の悪魔たちを従えているのかもしれないのだ……。


  「何を言ってるのさ。もちろん、そんなのいないよ」


  「なにっ……?」


  ルノワールはくすりと笑いそう答える。


  なんだ……これは罠じゃないのか?

  おれたちを確実に倒すために、上位悪魔たちが大量に配備されていてもおかしくない状況のはずだ。

  それなのに、なぜ……?



  だが、そんなおれの疑問は一瞬で払拭させる——。



  「だって……君たちを仕留めるのには僕一人で十分なんだから」



  ルノワールは魔力を解放して微笑む。


  おれは魔界における十傑の悪魔の本気の魔力解放を目の当たりにして、足がガクガクと震えてしまう。



  これが十傑の悪魔の本来の力……。

  魔力の薄い人間界で見たときとは別次元じゃないか……。



  そんなことを思っているのもつかの間、おれたちの足場が急に崩れる。

  一瞬にして大地が泥沼に変化して、足が取られて沈んでしまいそうになる。



  「さぁ、それじゃあ殺戮ショーをはじめようかな。お客さんがいないのは残念だけど、そんな時もあるよね」



  ルノワールの体を闇のベールが覆いはじめる。



  「安心してよね。君たちの苦痛に満ちた死に顔は、一生忘れないからさ」



  こうして、おれたちは十傑の悪魔ルノワールと戦うことになってしまうのだった。




  ◇◇◇




  《精霊王ゼシウスの魔王城にて》


  配下の精霊から報告を受けて、侵入者のもとへと向かう精霊王ゼシウス。


  突如としてゼシウスの魔王国へと攻めてきた魔王ユリウスの配下たち。

  そんな侵入者たちに立ち向かっていったのは、ゼシウスの保護下にいる中でも戦闘に特化して訓練された精鋭部隊たちだ。


  しかし——。



  「随分と遅かったな、精霊王ゼシウス。コイツらを見捨てて逃亡したかと思っていたぜ」



  片目を白い髪で覆い隠した男はゼシウスが到着するなり彼をそう煽る。


  「ゼシウス……さま……」


  そんな男の周囲に為す術もなく倒れる精霊たち。

  彼らは決して弱いわけではない。

  だが、上位悪魔の中でも魔王クラスの実力を持つ十傑の悪魔に、彼ら精霊が勝てるはずなどなかったのだ。


  「十傑序列第4狂想の悪魔シャノアールか」


  ゼシウスは侵入者である男を見るなりそうつぶやく。


  「アァ、そうだ。悪いな、ザコばっかでちょこっと殺しすぎちまったぜ」


  シャノアールと呼ばれた男は残虐な笑みを浮かべてそう告げる。

  すると、それを聞いたゼシウスの魔力が跳ね上がるのであった。


  「お前のやったことは到底許されることではない……。覚悟はできてるんだろうな」


  シャノアールに対して放たれる殺気……。

  魔界でも指折りの存在である最強クラスの魔王が放つそれは凄まじいものであった。


  「クックックッ……。精霊王ゼシウス、お前の方こそ覚悟はできているのか?」


  「魔王序列第3位の魔王相手に、俺が無策で挑みに来たとでも思っているんじゃないだろうな」


  「これからお前の悲痛な叫びが聴けるかと思うとゾクゾクするぜ……」


 


  ◇◇◇




  《アイシス視点》


  「まさか、あの一撃を止めるとはな。思ったより戦えるのだな《常闇の悪魔》アイシスよ」


  大剣を持つ男はアイシスと剣を交えた感想を述べるのであった。


  「あの程度の攻撃でそのように思われてしまうとは心外です。今の私は随分と見くびられたものなのですね」


  「確かに、今のお前の存在にガッカリしていたのは認めよう。だが、多少は見直した。少しはこの俺を楽しませてくれると嬉しいものだ」


  アイシスだって、もちろん理解をしている。

  目の前にいるこの大剣使いの実力はこんなものではないということを——。


  だからこそ、正面から戦ったとしても勝ち目がないことはわかっている。



  「自己紹介が遅れたな。俺は十傑序列第8煉獄の悪魔フェリクスだ。少しの間だとは思うが、よろしく頼む」



  すると男の大剣に幻想的な焔が宿る。

  こうして、アイシスもまた十傑の悪魔と戦うことになるのであった。




  ◇◇◇




  《セアラ視点》


  あの不気味なローブ姿のやつにわたしたちは転移させられてしまった……。

  リノと一緒にいることはできたけど、アベルたちとはてしまう。


  これにはリノも非常に焦っているようだった。

  だが、彼女は冷静に現状を分析しながら問題を対処していくのであった。



  「安心してください。アベル様はウェインといる可能性が高いです。それに、アベル様の救出はうちの魔王国にいるある男に任せました。問題はこっちの方ですね……」



  そう告げるリノの視線の先には水色の髪をなびかせた男がいるのであった——。



  「おれの相手は麗しきお嬢さま方ってか? これはちょっとばかし、やりにくいね」



  わたしたちを見るなり、男は首を横に振りながらそうつぶやく。


  「でも、これもおれたちに与えられた仕事だからな。悪いけど、美人だから手加減するとか、おれはしないよ」


  男はわたしたちを真剣な表情で見つめてそう告げる。


  「もちろん、貴方たち悪魔がそんな甘くないことはわかっていますよ。十傑序列第9剣舞の悪魔バロン」


  「そっか、それは助かるよ。大精霊リノ」


  リノは十傑の悪魔の一人であるらしいバロンという男と言葉を交わす。



  「だけどね、それでもおれは女性が苦しむ姿はできるだけ見たくはないんだ。悪いんだけど、抵抗しないでくれると助かる。一瞬で楽にすると約束するからさ」



  男は左右の手に双剣を握ると、わたしたちにそう告げるのであった。




  ◇◇◇




  《カシアス視点》


  地平線の果てまで一面に褐色が広がる。

  視界を遮るものもなく、どこまでも果てしなく続いている大地の上に一人の男が立ち尽くす。



  「ようやく来たか……」



  カシアスがこの荒野に辿り着くと、彼を待っていたかのように男はそう告げるのであった。


  《天雷の悪魔》ユリウス——。

  魔界最強の魔王がカシアスと対峙する。



  「……」



  向かい合う黄金の悪魔と漆黒の悪魔。

  そこには何者にも邪魔されぬ静寂が訪れるのであった。


  そして、ユリウスはカシアスの瞳を見て確信する。


  「あのときの誓い、忘れていないようだな。いいだろう、かかってこい」


  「もちろんです。貴方を殺す未来だけをずっと思い描いてきた。あのとき立てた誓いを果たし、ここで全てを終わらせます」


  カシアスは魔力を解放してユリウスに立ち向かう。

  これから最上位悪魔と称される二人の戦いが繰り広げられようとしていた。



  「それでいい……。互いの正義をかけて、雌雄を決するとしようじゃないか。忌まわしき我が弟——カシアスよ」

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