275話 子どもたちの救出

  ハワードは光の粒となって消えてしまった。

  彼がいた場所には光輝く聖剣だけが残される——。



  「ハワード……。お前、もしかして……」



  最後の命を振り絞っておれたちに言葉を残したハワード。

  そんな彼の慈愛に満ちた表情と温かい笑顔が脳裏には焼きついている。


  もしかすると悪魔たちと敵対などせず、本当はわかり合えるのかもしれない。

  そんなことをおれは思ってしまう。


  「おっと……」


  遂におれは立っている気力すらなくなり、その場に崩れ落ちてしまう。

  そんなおれをカシアスが優しく支えてくれた。



  「アベルーー!!」



  「アベル様ーー!!」



  サラやリノたちの声が聞こえてくる。

  そして、おれたちの前に彼女たちがやってくる。


  「みん……な……」


  おれは声にならない声で呼びかける。


  どうやら全員無事でいてくれたようだ。

  あの凄まじい爆風に巻き込まれずに助かったらしい。


  「よかった……。アベルが無事でいてくれて……」


  サラがおれに優しく抱きついてくる。

  どうやらまた彼女に心配をかけてしまったようだ。


  「よくやったな、アベル」


  ダークエルフの王女ハルもおれに労いの言葉をかける。

  彼女の視線は今までの軽蔑が混じったものとは異なり、一人の人間として肯定してくれる敬愛のようなものを感じた。


  ヴァルターさんたちの姿はここにはなかった。

  おそらく、傷ついたラースさんたちや保護した子どもたちを見守ってくれているのだろう。



  だが、戦いが終わり余韻に浸っている時間などおれたちには残されていなかったのだ——。



  ゴゴゴゴォォォォォォオオ!!!!!!



  ハワードが死んだことにより、亜空間が揺れ出して崩壊しはじめる。


  そうだった。

  ここはハワードが支配している亜空間だったのだ。

  つまり、あいつが死んでしまえば崩れ落ちてしまう。


  「大変よ! 早く逃げなくちゃ!」


  この状況を見てサラがそう叫ぶ。

  夜空にはヒビが入り、大地には穴が空いて砂が崩れ去っていく。


  「でも……こども……たちが……」


  おれは震える声でそうつぶやいた。

  もしかすると、この亜空間にはまだ子どもたちが残されているのかもしれないのだ。


  すると、おれの言葉を聞き取ってくれたハルが答えてくれる。


  「この亜空間は無限に広がっているように見えるがそれは幻覚だ。そして、この領域にいる人間の子どもは既にリノ様と保護しておいた」


  「もうここには人間ひとりとていない。このアタシが言うんだ、安心しろ」


  ハルが言うにはもう子どもたちはここにはいないらしい。

  どうやら、おれとカシアスでハワードと戦っている最中にハルとリノで動いてくれていたようだ。


  ダークエルフのハルは高い魔力感知の能力と暗闇をも見通す瞳を持っている。

  そんな彼女が有限であるこの亜空間を見てもう大丈夫だと言ったのだ。

  これは安心できるだろう。



  そして、リノとハルが転移魔法を使ってヴァルターさんたちを連れてくる。

  そこには保護されたであろう子どもたちの姿がたくさんあった。

  数十人といったところだろう。


  だが、彼らの姿を見てサラが慌てだす。


  「ティアさんの姿がないわ!? まだどこかに残されているのかもしれない!」


  なんだって……!?


  おれは現在、カシアスに抱きかかえられている状態だ。

  子どもたち一人ひとりの様子を見ることができない。


  そんな……ティアさんがいないなんて嘘だろ……。


  おれはサラの言葉を聞いて絶望する。

  だが、そんな彼女に対してリノがなだめるのであった。


  「サラ、落ち着いてください。ここを出た先にも子どもたちはいます。私がこの亜空間に来る途中にそれは確認しています」


  なんと、リノは既にこの亜空間に入る以前に子どもたちの存在を確認しているらしい。


  「リノ、それほんとなの!?」


  「はい。ですので、今はハル様の言葉を信じて皆でここから抜け出しましょう」


  そして、おれたちはリノやハルの転移魔法で順番にこの亜空間から脱出していく。

  出口はハワードが消えた直後、あの夜空の上空に出現したらしい。



  こうして、おれたちは犠牲を出しながらも十傑の悪魔ハワードたちを倒すことができた。

  そして、少数ではあるがエトワールさんが失ってしまった子どもたちを助けることができたのであった。




  ◇◇◇




  亜空間から脱出したおれたちは見知らぬ荒野に出る。

  どうやら、おれたちが元いた場所とは別の場所に出てしまったらしい。


  ここは辺り一面が山に囲まれた山脈の中心部といったところだろうか。

  そして、そんな山脈の一角がぼんやりとオレンジ色に輝きだして太陽が姿を見せる。


  日の出を見るとは、かなり時間が経ってしまったらしい。

  おれたちは真夜中にギルド街を出発したのにな……。


  「リノ様、いったいここは……」


  おれたちから少し離れたところでカシアスがリノに尋ねていた。


  「ここはアルガキア大陸でもカロライナ山脈と呼ばれている地域ね。そして、この周辺の洞窟で私は子どもたちを見つけたのよ……」


  カロナイナ山脈……?

  聞いたことがない名前だな。


  しかし、リノは子どもたちを見つけてくれたのか……。

  よかった……。


  おれはその言葉を聞いて安心する。


  そして、おれはここで意識を失ってしまうのであった——。




  ◇◇◇




  後から聞いた話だが、あの後おれたちはリノとカシアス、そしてハルの転移魔法を使ってギルド街へと戻ってこれたらしい——。



  そして、亜空間で保護した子どもたちだけでなく、その後洞窟で保護された子どもたちもギルド街へと連れて来て、治療することになったようだ。


  しかし、彼らは全員悪魔たちによる思考誘導を受けており、かつての記憶がないのはもちろんのこと、おれたちに敵意を向ける者たちもいた。


  それでもヴァルターさんを中心に、ギルド街の職員たちによる温かい愛情とぬくもりを受けて生活していくことにより、少しずつそれは改善されていたようであった。



  そしておれは数日間の長い眠りからようやく目覚め、現実と向かい合うことにする。



  カシアス……アイシス……リノ……。

  おれはお前たちを本当に信じていいのだろうか……?

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