266話 男からの挑戦状(2)

  「待てよ……。じゃあ、おれは《ハーフピース》の一人なのか……?」



  サラが《ハーフピース》という存在だっていうのはエトワールさんの一件で知っていた。

  それが果たしてどのような存在かは置いておいてだ。

  だけど、おれも《ハーフピース》の一人だったなんてカシアスやアイシスから一度も聞いていないぞ……。


  おれは男の言葉を聞いて胸のなかにモヤモヤとした感情が湧き上がる。


  「そうか、あいつらから聞かされていなったのか」


  「それではもしや、お前というやつは非力な劣等種である自分に、彼らがその命をかけるほど何か価値があると思っているとでもいうのか?」


  「カシアスたちは《ハーフピース》であるお前らを利用する。そして、お前らはカシアスたちの力を利用する。そういった利害の一致の上で成り立っている関係だと、今まで考えたことはなかったのか?」


  おれの心に湧いた疑念を、男は的確についてくる。


  「そっ……それは……」


  言葉が詰まる。


  そうだ……。

  おれは今まで考えないようにしていたんだ。


  どうして魔界でも地位が確立されているカシアスたちが、おれやサラにこんなに親身になってくれているのかって……。

  彼らはおれのことを魔王ヴェルデバランの転生者だと言っていた。


  だが、それが真実であるという保証は何ひとつない。

  本当は何か別の理由があっておれたちを護っている、利用しようとしている。

  そういった可能性だってあるんだ……。


  そんな心の惑いをみせるおれに、男は悪魔のようなささやきをしてくる。



  「もしもお前が望むなら、俺が思考支配をかけてやってもいいぞ。そうすれば楽になれる……」



  男の言葉が弱ったおれの胸にスーッと入ってくる。



  「もうお前がその無力さに悩むことも、他人を傷つける必要もなくなる。静かな田舎で家族たちと、争いとは無縁な人生を送ることができるのだ」



  もう……これ以上、苦しまなくて済むのか……?



  「行き過ぎた善意の感情というのは、時にその身を滅ぼしてしまうものだ。特に、魂に刻み込まれた呪いともなればなおさらであろう……」


  「その点、天使たちの活動というのはマシなものだな。あれに善意の心など存在しない。ただ、救済の義務があるから救うのだ。それも、明確に定められた規則に基づいてな……」


  「やつらは助けたいと思うから助けているのではない。だからこそ、その世界で理不尽な殺戮が繰り広げられていようと、規則を破ってまで介入しようということにはならない。俺たちもあれくらい割り切れたらいいんだけどな……」



  男はその手で頭を掻きながら、少々悩むようにそう語る。

  そんな意外な一面は、どこか人間らしさを感じるものであった。


  そして、男は再びおれに尋ねる。



  「どうだ、その愚かな思想を捨てる決心はついたか?」



  男はおれに思考支配をかけてやろうかと尋ねてくる。



  今のおれにはわかる。

  この金髪の男の正体が——。



  この悪魔なら、おれに思考誘導の上位互換である思考支配をかけることも可能だろう。

  きっと、そうなったらおれは今より楽に生きることができるはずだ。


  「もう既にわかったであろう。悲しいことに、これ以上お前があがきもがいても傷つく者が増えるだけなのだ」


  「そこに待つのは己が苦しむばかりの人生……。救える者など、たったひと握り。それ以上の救えぬ者たちの犠牲に心を痛めながら突き進まなければならない」


  「楽になれよ……少年」


  男はまるで言い聞かせるようにおれに語りかける。

  それはおれを騙してやろうというような感じではなく、本当に心から悩めるおれを救ってやりたいと思っているようであった。



  そんな男の誘いに対して、おれは誠意を持って応える。



  「ダメだ……。それじゃ、ダメなんだよ……」



  「ここで、おれが逃げ出しちゃダメなんだ……!!」



  確かに、おれは無力だ。

  こんなおれじゃ、何も成し遂げられないかもしれない。


  だけど、おれはこの心に誓ったんだ!


  これからサラを護り抜くと。

  それに、おれに協力してくれるカシアスやアイシス、リノのためにこの命をかけると。



  「必ず方法はあるはずなんだ! 今までだってそうだった……」



  「おれにはできる! おれがやらなきゃいけなんだ!!」



  おれは目の前にいる悪魔にそう宣言する。



  「そうか……。ならば——」



  「お前のその希望も理想も、俺がすべて粉々に壊すことになるな……」



  気のせいかもしれないが、金髪の男はおれの答えを聞きいて、ふと微笑んだように見えた。



  「そして、全てを失ってお前は気づくのだ。如何いかにその理想は滑稽であり、自分自身は無力であり、その行動は愚かであるということを——」



  男の背に、暗闇を照らすように輝く純白の翼が現出する。



  「お前の忠告を聞く限り、諦めるのが賢いんだろう。だけど……」


  「だけど、おれには戦う理由があるんだ! 戦わなくちゃいけないんだ!」


  「だから、お前が相手になるっていうのならおれは戦う! どれだけお前が強くても、おれは負けない!!」



  おれを言葉を聞き、男はため息を一つ吐く。



  「愚かなやつだ……。忠告を聞き入れないところまで同じだ……」


  「かつて俺たちが歩んだ道を、お前はこれから歩こうとしている。そんな世界は夢物語でしかないと、これまで多くの者たちが既に証明してきたにも関わらず……」



  そして、男はその名を名乗るのであった。



  「俺の名はユリウス——。魔界において《天雷の悪魔》と呼ばれている魔王の一人だ。もしも、お前たちがハワードを倒せたのなら、この俺が直接相手をしてやろう」


  「魔界で待っているぞ、浅はかな夢追い人よ。その偽りの理想、魂に刻み込まれた《呪い》ごと、俺がこの手で終わらせてやる」



  それだけを言い残し、男はこの暗黒の世界から姿を消すのであった。

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