247話 悪魔たちの饗宴

  信じられないことが起きた……。


  今日の夜、僕が傷ついて寝込んでいるラースの側で寄り添っているときのことだ。

  すやすやと心地良い寝顔で眠っている彼女を見ていると、目の前の空間が突然と歪み、見ず知らずの女が僕たちの目の前に現れたんだ。


  彼女はローブのような灰色の衣を纏って姿を隠していた。

  女の正体こそ僕にはわからなかったがそれでも彼女が手にしていたが何なのかはわかった。


  アレは僕たち歴代グランドマスターが代々護ってきた、七英雄様たちが遺してくれた『宝具』の一つだ。

  ソレを女は確かに持っていた。


  そんなバカなことがあるはずがない。

  自分にそう言い聞かせる。

  だって、お昼に確認したときは何も問題がなかったではないか……。



  僕は、ギルド街で裏切り者のセルフィーと交戦したというラースから重大なメッセージを伝えられた。

  それは、セルフィーたちは僕が父ドルトンから受け継ぎ、護っている『宝具』を狙っているということだ。


  もちろん、僕はレーナを連れて『宝具』が祀られている森の最深部まで向かった。

  しかし、その時はセルフィーたちの姿もなければ、『宝具』を隠している結界が破られた痕もなかった。

  結局、セルフィーのあのメッセージはフェイクだったと結論付けたのだ……。



  それなのに、どうしてこの女はその『宝具』を持っているんだ……?

  あの結界は、僕にしか解除できないはずだ。


  あの時、たとえ僕のことを隠れて尾行していて『宝具』の封印場所がバレたとしても、奪われるなんてことはあるはずがないんだ!

  それなのに、どうして……。


  女の持つアレが偽物ではないということは長年護り抜いてきた僕自身が一番よくわかっている。

  あの輝き、放たれる魔力、本物に間違いない。

  ならば……奪い返さなければならない!


  僕が冷静さを取り戻し、席を立つ。

  だが、その瞬間に女は蜃気楼のように消えていなくなってしまった。


  まるで、僕は夢を見ていたのではないかと錯覚してしまう。

  だが、頭の中に響いてくる声を聞き、これは現実だと思い知る。


  『この聖剣は私がもらった……。返して欲しければドルゴアの荒野へ来い……。それが最初で最後のチャンスだ……』


  ドルゴアの荒野といえば、あのダークエルフのハルとかいう魔族と交戦した荒野だ。

  そこへ来いということはもしかしてこの一件、あの魔族が絡んでいるということか……?


  どちらにせよ、アベル君たちを頼るわけにはいかないな。

  あの魔族の少女が無関係であったとしても、これはグランドマスターとして僕がやらなければならない仕事だ!


  そして、女に言われた通りドルゴアの荒野へと向かおうとすると、ベッドで横たわっていたラースが身体を起こし僕に呼びかける。


  「お待ちください、ヴァルター様。お一人では危険です。私にも、副ギルドマスターとしての責務を果たさせてください!」


  ラースが真剣な眼差しで僕にそう告げてくる。


  「ラース……。もしかして、君も?」


  「はい。私も目にしましたし、聞きました。あれは危険な存在です。リンクスたちの力も借りましょう」


  どうやら、やはりあの女は僕の幻覚や幻聴によるものではなかったらしい。

  ラースもはっきりと知覚しており僕とともに来てくれるそうだ。


  「あぁ、ありがとう。それじゃ、準備を整えたら向かおうか」


  僕はそういって、別の部屋で休んでいるレーナやアベル君たちと夕食を取っているリンクスたちに事態の状況を説明する。

  そして、ラースをぎりぎりまで休めた後、指定された場所へと向かうことにするのであった……。




  ◇◇◇




  ドルゴアの荒野に向かう途中、少しだけ寄り道をすることにした。

  淡い期待を持ち、僕とレーナはラースたちと一旦分かれて『宝具』が封印されている森まで向かったのだ。


  だが、結果は残念なことに結界は完全に破壊されており、中にあるはずの『宝具』はどこにも見当たらなかった。

  やはり、僕とラースのもとに現れたあの女が持っていたアレは本物であったようだ。


  そして、その後再びラースたちと合流してドルゴアの荒野へとたどり着く。


  ここは魔族であるダークエルフとアベル君が激しい戦闘を繰り広げたということもあって、大地は荒れ果てていた。

  僕たちは比較的に地面が平らになっている場所を選んで固まる。

  四方八方のどこから敵が現れても大丈夫なようにだ。


  そして、固唾を飲んで状況を見つめる僕たちの前に、ついに悪魔が姿を現すのであった。


  「どうやら、約束通りちゃんと来たみたいね」


  そんな声が聞こえたかと思うと、目の前の空間が歪んで二人の悪魔たちが現れる。

  真っ赤な髪をした女の悪魔と、水色の髪をした女の悪魔であった。


  ラースにリンクス、パトリオットにレーナ。

  悪魔たちの登場に僕たちは戦闘態勢に入る。


  彼女たちの手に『宝具』は見当たらない。

  だが、先ほどの言葉からするに『宝具』を奪ったローブの女の仲間であることには違いない。


  「当たり前だ! あれはお前らのような存在に渡していい代物ではない! 返してもらうぞ!!」


  僕は彼女たちに向けて声を上げる。

  正直、自分が悪魔に対抗できるだけの力があるとは思っていない。

  だけど、僕は絶対に負けられないんだ!


  「ふっふっふっ……。せいぜい頑張ることね。まぁ、あなたたちがどう足掻あがこうとも無駄なことだと思うけどね」


  水色の髪をした女の悪魔が楽しそう笑う。

  おそらく、僕たちみたいな人間なんて虫ケラ程度にしか思っていないのだろう。

  その態度から余裕が滲み出ている。


  もう一人の赤色の髪をした悪魔は僕たちではなく、もっと別のところに視線を向けていた。

  そして、赤色の髪をした悪魔はそちらに向かって声をかけるのであった。


  「それより、隠れてないで出てきたらどうなの? あなたたちも目的があってここまで来たんでしょ……?」


  どういうことだ?

  まさか、自分たち以外にもここに呼び出された者たちがいるのか……?


  僕は状況を把握しようと、彼女の視線の先に目を向ける。

  すると、アベル君たちが暗闇から出てくるのであった。


  「どうして……君たちがここに……?」


  そして、アベル君が僕の質問に答える。


  「ヴァルターさんたちがおれたちに隠れて出かけたみたいだったんで、きっと何かあるんだろうなって……」


  「勝手に付けてきたのは悪いと思ってます! でも、ヴァルターさんを心配して!!」


  アベル君は申し訳なさそうにそう話す。


  そうか……。

  気づかれないようにしていたつもりだが、それも無理だったのか。


  「やっぱり、悪魔が関わっていたんですね」


  アベル君は僕の目の前にいる二人の悪魔を見つめてそう語る。


  彼らを巻き込みたくはなかったのだが、どうやらそれも無理なようだな。

  そこで、僕はアベル君に弁明をすることにする。


  「黙っていて悪かった……。だが、今回の件は僕の失態でもあるんだ」


  「ここで君たちの力を頼ってしまえば、僕はロベルト様の末裔として彼の名に泥を塗ってしまうだけでなく、グランドマスターとしての権威すら地に落とすことになってしまう。それだけは、何としても……」


  僕は自分の胸の想いを彼に伝える。


  そんな僕の言葉に対して、彼はまっすぐな瞳で僕に想いを告げる。


  「ヴァルターさんたちにどんな事情があるかはおれにはわかりません! でも、おれたちにも、おれたちのやるべきことがあるんです! それは貴方だって知っているはずだ」


  そうだ……。

  彼もまた、悪魔たちに囚われている子どもたちを助けたいという強い想いがあるんだったな……。


  「ヴァルターさん! 貴方は貴方の為に戦ってください! その隣で、おれはおれの為に戦いますから!」


  「そこにいる悪魔たちがティアさんを……子どもたちを苦しめているというなら、おれはそれを救わないといけないんだ!」


  ちっぽけな体でたくましく語る少年のそんな言葉に、僕の気持ちは大きく動かされる。


  「そうか……。やはり、君は強い。そして、優しい子だ……」


  「共に、戦おうじゃないか! 互いの信念を貫くために!!」


  そんな彼の想いに応えるように、僕もまた彼に想いを告げる。


  すると、二人の女の悪魔たちは満足そうに微笑むのであった。


  「ふっふっふっ……。いいわ、これも想定の範囲内ですもの。というよりも、ここまでがあのお方の計算通りってことなのかしら?」


  「それもあり得るわね。あのお方なら、この世界のすべてを掌握しょうあくしていてもおかしくないですものね。ふっふっふっ……」


  何かを企むように、二人の悪魔はそういって残虐な笑みを浮かべる。


  「それじゃ、私たちの宴へと招待しましょうかね!!」


  二人の悪魔のその言葉と同時に僕たちの地面には魔法陣が描かれる。


  「うわ!? なんだこれは」


  「みんな、大丈夫か!?」


  突然の出来事に、みんなは慌て出す。

  何か巨大な魔法が発動されるに違いない!


  僕自身もそう感じた。

  しかし、ちっぽけな人間という存在でこの巨大な魔法に抗うことは何一つできないのであった。


  僕は体内にある魔力を集めようとするが、地面にある魔法陣の影響か、それらはすぐに拡散してしまう。

  これでは魔法は使えない。


  僕たちは何もなす術もなく、ただ状況を見守ることしかできないのであった。

  足もとの魔法陣から放たれる白い光は段々と強くなっていき、僕たちは完全に包まれてゆく。



  そして次の瞬間、僕たちは知らない場所へと転移をさせられていたのであった。

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