243話 残された痕跡(2)

  3つ目の洞窟で大勢の人が生活していたと思われる痕跡を見つけたおれたち。

  だが、三人で巨大に広がる洞窟内を隈なく捜索できるはずもなく、これ以上は手がかりを得ることはできないと考えたおれたちは、一旦洞窟を離れて街で聞き込みを行うことにする。


  太陽は地平線へと近づき、辺りはもう暗くなりはじめている。

  街の人々が姿を見せているうちに何か情報を得なければならない。


  おれたちは購入した地図で例の洞窟を指差しながら、街中の人たちに何か知っていないかと聞き回る。

  だが、結果は思うように振るわなかった……。


  「ごめんよ〜。何も知らないわ」


  「さぁな……。悪いがちょっとわからねぇな」


  「うーん……さっぱりだ! それより、中に入って焼きたてのパンを食っていかないか?」


  様々な職種の、様々な年齢の街の人たちに聞いてみたが、あの洞窟について何か知っている人は誰もいなかった。

  なんなら半分以上の人たちは洞窟の存在自体知らないと言っていた。


  これは聞き込み調査は失敗だったか……。

  まぁ、おれたちが今聞き回っているのは街で商売している商人たちだ。

  そんな街から離れた数ある洞窟の一つなんて彼らからすればどうでもいいことだろう。


  こうなったら市長やお役人さんたちのところに行って聞くしかないだろうか。

  いや、だが彼らのところまで行ったとして、見ず知らずの観光客の質問に彼らが答えてくれるのだろうか。

  もしかしたら、悪魔たちの件とはまったく関係なく、行政として何かの計画を進めているのかもしれない。


  わからない……手づまりだ。

  そんなこんなでおれはなかば半分諦めていた。


  「よう! お兄ちゃん、戻ってきたのかい! なんだ、やっぱりパン屋の地図が欲しくなったか? 最初から素直にそう言えってのよ〜」


  そして、本当は気が進まなかったのだが藁にもすがる思いで例の地図を購入した店に訪れ、店主のおっさんにも聞いてみるのであった。


  「えっ……? ここにある洞窟について何か知ってることはないかって?」


  事前に予想していたように、パン屋の情報マップをしつこく売ってこようとするお節介なおっさんだったが、おっさんはおれが指さした場所を目を細めて見ると、何かを思い出すようにうーんと唸っていた。


  もう十人近くの人たちに聞いてダメだったのだ。

  どうせ今回もダメなのだろうとそう諦めていた。

  だが、そんなおれの予想を覆して店主のおっさんは興味深いことを話してくれるのであった。


  「確かな、1ヶ月くらい前だったかな……。変な観光客がいてな。なんでもそいつは洞窟マニアで、ここら辺の洞窟を見てまわってたみたいなんだ」


  「それでな、そいつが確かお兄ちゃんが言ってる洞窟は立ち入り禁止になってて入ることができなかったってボヤいてたんだよ」


  なんと、1ヶ月に例の洞窟に訪れた男がいたというではないか!

  そして、おれは食い入るように店主のおっさんに対して質問するのであった。


  「本当か! 立ち入り禁止っていつからいつまでだったか知ってるか?」


  「どうして立ち入り禁止ってわかったんだ? 誰かが入り口に立ってて止められたのか?」


  「その洞窟マニアってどんなやつだったんだ?」


  おっさんはおれの食いつき具合に若干引いてはいたが、わかる範囲で一つ一つ丁寧に答えてくれた。



  どうやら洞窟マニアについての情報はよくわからないらしい。

  ただ、アルガキア大陸出身の細身の男性であり、ロマンを追い求めて大陸中の洞窟を見て回っていたようだ。


  そして、立ち入り禁止に関しては、その洞窟の付近には人間の大人たちが何人もいて、これ以上洞窟には近づいてはいけないと注意を受けたそうであった。


  何でも、ゼノシア大陸からやってきた大層有名な富豪がその洞窟を含む一帯の山を買い取って鉱山開発をしていたらしい。

  そのため、個人の私有地として無断で立ち入ることは許されず、洞窟マニアである男も諦めたというわけだった。


  ちなみに、洞窟に立ち入り禁止だった期間はいつからいつまでということはわからないらしい……。



  おれも洞窟探索をする中で少しは可能性として考えていたが、どうやらあそこでは鉱山開発をしていたようだ。

  まぁ、前世の記憶と比べてみてもダイヤモンドや金などの貴重な鉱物を手に入れるには地中を掘ってくイメージがあるからな。

  おそらく、あの無人の洞窟もそういった跡が残されていたのだろうと話を聞いて納得した。


  だが、そうすると新たな疑問も出てくる。

  そして、それは店主のおっさんの方も同じだったようだ。


  「お兄ちゃんたちがさっき見に行ったら人ひとりいなかったってのは変な話だな〜。鉱山開発っていうのはそんな1ヶ月やそこらで終わっちまうもんなんかね?」


  そうだ、このおっさんの言う通りだ。

  もしも本当に一人の大富豪が鉱山開発のために買い取ったって言っても、1ヶ月そこらでもぬけの殻になるものなのか?


  いや、そもそもゼノシアの富豪という時点で怪しい。

  これはゼノシアの裏切り者であるセルフィーたちが絡んでいると考えられる。


  それに、いくら他大陸の富豪の私有地だとしても、この地で鉱山開発をするともなればこの街の業者たちにも仕事が流れてきて、鉱山開発についてもそれなりに情報は流れるはずだ。

  それなのに、これまでの聞き込み調査では街の人たちは洞窟の存在すら知らなかった。

  ますます怪しい……。


  そして、あれこれと考えているおれの横をするりと抜けて、サラがおじさんにお金を渡す。


  「貴重な話をありがとう。これはそのお礼よ。オススメの地図、買わせてもらうわ」


  「おう! このくらい、いいってことよ。まいどあり」


  おじさんは急にお金を渡されて少し驚いていたようだが代金をしっかりと受け取り、今までしつこく勧めてきていた地図をサラに渡す。

  そして、彼女はおれを手を引くと人混みの中を進んでいき、人がいない路地裏へと出る。


  「なぁ、もう話を聞かなくてよかったのか?」


  おっさんとの会話の途中でサラに引っ張られてしまい、思考も途切れてしまった。

  すると、サラは険しい表情でおれの問いに答える。


  「えぇ、これ以上あそこで話すとあの人を巻き込んでしまうかもしれないもの。世の中には知らない方がいいこともたくさんあるものよ」


  冗談とは思えないその真剣な顔つきと声におれは少しばかり体がびくりとと震える。


  「何か……わかったのか?」


  「えぇ。この件、完全に黒ね……」


  カシアスはどうしてかはわからないがおれの後を付いてこない。

  おれはサラと二人きりで陽の落ちたひと気のない路地裏で言葉を交わす。


  「そもそも、この地域で鉱山開発なんてする資産家なんているはずがない。しっかりと七英雄に関する歴史書を読めば、そんなことをしても無駄だとわかるはず」


  「この地の鉱物資源は昔から乏しく、投資した額に見あうだけのリターンは決して見込めない。他の大陸の富豪とはいえ、そういった歴史を調べずに鉱山開発なんて無謀なことはしない」


  サラは歴史が苦手なおれにもわかりやすく、そう説明してくれる。


  「でも、それは一般的な話だろ? ほら、例外があったんじゃないか? さっきの洞窟では何か常識を覆すような鉱物が見つかったとか……」


  「ねぇ、アベル。実際に貴方はあの洞窟の内部を見てみて、本当にあそこで鉱物採掘が行われていた。または、そのための地層調査が行われていたと思っているの……?」


  険しい表情で迫ってくる彼女の雰囲気におれは押されてしまう。


  どういうことなんだ……?

  サラはあの洞窟の内部でいったい何を感じ取ったというのだ。


  「あれはそんな目的で使われていたんじゃない。あの跡をみるからに、あいつらは明らかに狙っている……」


  ひとりで何やらぶつぶつとつぶやくサラ。

  彼女は真実にたどり着いたというのだろうか。


  そして、彼女はため息を一つ吐く。


  「まぁ、いいわ……。今日はもう帰りましょう。きっと、ヴァルターさんの方も何かあったはずよ」


  そう提案する彼女は先ほどまでの様子とは一転して、いつものサラのように思えた。


  その後、おれたち二人はカシアスと合流して冒険者ギルド総本部へと戻った。

  おれの中であの無人の洞窟への疑惑は深まっていくのであった。

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