240話 奪われた宝具

  「ラース! ラース!!」


  目の前で倒れ込むラースさんに駆け寄り、必死に彼女の叫ぶヴァルターさん。

  息はあるようだが、だいぶ深傷を負っているようだ。

  精霊のレーナがラースさんに駆け寄り、回復魔法を発動して彼女を治癒の光で包み込む。


  「カシアス、敵の気配は感じるか?」


  すかさず、おれはカシアスに問いかける。

  ラースさんをここまで追い詰めたやつは周囲にいるはずだ。

  おれはレーナたちにラースさんの治療は任せて敵襲に対抗しようと考える。


  「いいえ、全く。拡散している魔力の様相から争いがあったことは確かなのですが、人間や悪魔が隠れ潜んでいるかと問われれば答えは否です」


  しかし、カシアスがいうには敵の気配はここにはないという。

  それでも、おれは警戒しながら周囲をじっくりと見渡す。


  確かに、何者かが襲ってくる気配も監視されている気配も感じない。

  つまり、敵はラースさんをあと一歩のところまで追い詰めておいて逃げ出したということか?

  この状況はあまり理解ができないな。


  そんなことを考えていると、隣にいるカシアスが魔力を解放する。


  「とりあえず、逃げ遅れている者たちがいないか探すことにしますか」


  そういってカシアスは炎に向かって手をかざして魔法を発動する。

  そして、吹雪が巻き起こったかとか思うと、おれたちの前に立ち塞がっていた炎は一瞬にして鎮火されるのであった。


  「さて、それでは行きましょうか」


  こうして、おれたちはひとまず逃げ遅れた人がいないかという人命救助に目的をシフトして突き進むのであった。




  ◇◇◇




  結果として、あの後おれたちは炎に呑まれて逃げ遅れた住民たちを数人助けることができた。

  中には煙を思いきり吸ってしまい、未だ意識が戻らない重症の者もいるようだが、それでも何とか命は繋ぎとめられたようだった。

  それもこれも、ヴァルターさんの優秀な部下たちが襲撃に対して手際良く対応して、被害を最小限に抑えてくれたかららしい。


  ラースさんは襲撃を察知するやいなや、いち早く敵の魔術師や騎士を薙ぎ倒していき、ルイスさんは逃げ迷う住民たちに適切な指示を与えて戦場から遠ざけていたらしい。

  そんな話を助かったギルド街の住民たちから聞くことができた。

  そして今、おれたちは今回の状況について整理するために再び中央司令部の最上階の会議室に赴いていた。


  また、ハルと交戦していたギルド職員たちは一度こちらに戻って来たが、今回の騒動を聞き、街の復興作業や怪我人の救護活動へと向かっていった。

  ここにはヴァルターさんにレーナ、そしてハルにおれたち一行の四人が集って話し合いをすることとなった。


  だが、話し合いの中心となるべきグランドマスターであるヴァルターさんはというと、未だに意識が戻らないラースさんのことを心配して俯き、話し合いは全く進展しないのであった。

  そんな重い空気の中で、サラが口を開く。


  「いくら何でもタイミングが悪すぎない? 私たちがハルこの女のところに向かった途端よ。出来すぎてるでしょ」


  腕を組み、ハルの方をジッとにらみながらそう告げるサラは、どうやらダークエルフの王女ハルを疑っているようであった。


  「おい、それはつまりアタシがこの裏で手を引いてここを襲わせたと言いたいのか?」


  無論、そんなことを言われて黙っているハルではない。

  彼女も彼女でサラに対してにらみを効かせて威嚇をする。


  「別に……。ただ、関係あるかもってことよ。私はそう思っているわけではないけどね」


  「なんだ、お前ここで死にたいのか?」


  今にも争いが起こりそうな雰囲気を察知して、おれは二人の間に割って入り、仲裁を試みる。


  「おいおい、二人ともやめろよ! 今はこんなところで言い争っている場合じゃないだろ」


  険悪なムードにおれが困り果てていると、先ほどまで黙り込んでいたヴァルターさんが口を開く。


  「彼女は関係ないと僕は思うよ。なにせ、この襲撃にはゼノシアの元職員たちが絡んでいそうだというルイスの証言もあったしね」


  「まったく、本当に何でこんなことになっているんだ……」


  ヴァルターさんは顔を埋めて深くため息をつく。


  そうだ。

  サラの言う通り、確かにハルの事件とタイミングが重なって疑いたくもなる気持ちもあるが、今回の件はゼノシア大陸の元職員が容疑者としてあがっているのだ。


  ゼノシアの裏切り者たち……。

  この世界の平和を守るはずである冒険者ギルドの職員でありながら、悪魔たちと結託して色々と悪巧みをしていた者たちがいた。


  かつておれとアイシスもそのうちの一人、セルフィーという女に出会っている。

  彼女はエトワールさんが運営していた孤児院の子どもたちを引き取り、冒険者や奴隷として酷使していた悪女であった。


  バルバドさんやカレンさんたちの弱みに漬け込み、彼らの人生をめちゃくちゃにしようとしていたやつだ。

  おれは絶対に彼女を許せないでいる。


  もしかしたら、今回の件にセルフィーが関わっているのかもしれない。

  そう思うと怒りが湧いてきて、自然と拳に力がこもる。


  だが、これはあくまでルイスさんの発言であり、本当にゼノシアの裏切り者たちの襲撃であると断言することはできないのであった。

  そんな風にああでもない、こうでもないと意見を交えていると会議室の扉がギィリと音を立て、みなの視線が一斉にそちらへと向く。


  そして、扉がギィーっと音を立てて静かに開くと、足を引きずるラースさんがゆっくりと入室してきたのであった。


  「ラース!? もう動いて大丈夫なのか!」


  彼女を姿を見るなり、ヴァルターさんは勢いよく立ち上がり、彼女を呼びかける。

  すると、ラースさんは少し戸惑ったような表情を見せる。


  「みすみす敵を逃してしまった私を責めないのですか……?」


  「何を言っているんだ。ラースはよくやってくれた。それに、君が無事でよかった」


  ヴァルターさんは彼女の無事を確認して、安堵の顔を見せる。

  しかし、それとは対照的にラースさんの顔色はどこか雲がかっている部分があった。


  「はい……。ありがとうございます、ヴァルター様。ご心配をおかけしてしまいました」


  「しかし、それとは別に謝罪をさせてください。私はセルフィーと名乗る敵の指揮官と交戦したのですが、逃がしてしまいました」


  おれはセルフィーという言葉に反応する。

  そして、ラースさんの言葉に耳を傾けるのであった。


  「そして、セルフィーはヴァルター様たちが近づいてきたのを察すると、『これから宝具を取りにいく』と言い残して去っていきました……」


  そうか……。

  やはり、今回の件ゼノシアの裏切り者たちが絡んでいるというのか。


  そして、おれたちが到着する直前までセルフィーはあの場にいた。

  カレンさんたちの仇を取る機会があったのに逃してしまったのか……。


  だが、『宝具』とは何なんだ?


  そんなことを思っていると、ヴァルターさんは信じられないとでもいうような反応をする。


  「なんだって!?」


  「本当に申し訳ないです……。私が気を失ってしまったばかり、報告するのが遅れてしまいました。この罪は……」


  申し訳なさそうに俯くラースさん。

  何かに怯えるように震えるヴァルターさん。

  一体、何が起こっているというのだろうか。


  「レーナ! こうしてはいられない、今すぐ出かけるぞ!!」


  「あぁ、急がねばな」


  二人はアイコンタクトで何かを確認すると、慌てて部屋を出て行こうとする。


  「ヴァルターさん、おれたちも行きますよ! 二人だけじゃ危険です」


  「すまない、アベルくん。ここは僕たちだけで行かせてくれ。これはロベルト様の末裔である私個人の問題なんだ」


  そうして、ヴァルターさんとレーナはおれたちを残して出て行ってしまうのであった。

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