235話 王女ハルとのお茶会(3)
「よし! アタシが魔界でお前を鍛えてやろう!! そして、お前がアタシに勝ったあかつきには結婚しようじゃないか!!」
えっ……?
何が起きてるの?
すごい勢いで話を進めていく彼女を他所に、おれはこの状況についていけずポカンと口を開けてしまう。
先ほどまで殺し合いをしていた魔族の女と結婚?
しかも、その魔族はやがて魔王となる存在だって?
展開が早過ぎて何て反応したらいいのか全くわからん!
だが、こんな状況でも彼女に何ひとつ物怖じすることなく、はっきりと物申してくれる者がいた。
「ちょっと、アンタ! 何さっきから勝手に話を進めてんのよ!? アベルの話も聞かずに好き勝手いって意味わからないんですけど」
そうだ、サラだ!
彼女はハルの態度と発言に明らかにイライラを募らせているようだ。
そして、我慢できなくなったのか席を立ち、人差し指を彼女に向けて文句を言うのであった。
だが、しかし……。
「そうか、人間。お前の名前はアベルというのか! よろしくな、アベル」
「ちょっと、話を聞きなさいよ!!」
ハルはサラの話を聞き流し、おれの名を呼ぶ。
どうやら、本当に人間界の劣等種には興味がないようだ。
いや、それよりサラだ!
馬車の中でカシアスに対してもそうであったが、相手が魔王の娘だとしても一歩も
その勇気はサラのすごいところだと思うのだが、おれとしては彼らの逆鱗に触れないかとヒヤヒヤとしてしまう。
本当、心臓に悪いぜ。
「邪魔をするな小娘。お前はいったいなんなんだ? さっきから同席は許しているが、アタシはお前の存在を認めたわけではないぞ」
「こっちこそ! 私はアベルの家族として、貴女みたいな訳の分からない女の婿にアベルを渡すなんて認めないんだから!!」
お互い激しい睨みを効かせながら言い合う二人。
どうやらハルの方も力技でサラをねじ伏せようとはしないようでそこは安心する。
そして、おれはこの状況に戸惑いながら隣にいるカシアスに念話で助けを求めるのであった。
『なぁ、カシアス……。おれ、どうなっちゃうんだ? この場合、どうしたらいいんだよ?』
相手はただの魔族ではなく、魔王の娘であり彼女自身も次期魔王となるような存在。
そんなハルの機嫌を損ねるわけにもいかないし、おれの対応次第ではカシアスたちに迷惑をかけてしまうかもしれない。
困り果てたあげく、おれはカシアスに助けを求めるのであった。
すると、おれが助けを求めた直後、秒でカシアスからメッセージが届いた。
『アベル様、何も心配する必要はないでしょう。ハルお嬢様はこのように言っていますが、人間であるアベル様を婿に迎え入れたいと本気で思っているわけではないはずです』
カシアスのこの予想外の返事におれは思わず聞き返す。
『えっ……? じゃあ、さっきおれに魔王の婿になりたくないかって言ってきたのは冗談なのか?』
『はい。本心では演技をしてくれれば良いという程度だと思われます。おそらく、彼女の目的は魔王である彼女の母親から紹介されている男たちを追い払う口実として、アベル様に婿候補になって欲しいということでしょう』
カシアスの言葉を聞き、おれはひと安心する。
どうやら、ハルは本気で婿になれと言っているわけではないようだ。
『なるほどな! じゃあ、魔王の娘からのお誘いだけどそれほど重たく考えなくてもいいってことなんだな!』
『はい、そう思われます。それに、下界の劣等種である人間のアベル様を婿候補として連れて行くことで、仲の悪い母親を困らせてやろうという思惑もあるのでしょうね』
おいおい。
なんて意地の悪い女なんだ。
まぁ、でも?
とりあえず、トラブルにはならなそうだし慌てる必要はなさそうだな。
おれはそう判断して温かい紅茶を口に含む。
うん、やっぱり落ち着いて飲む紅茶はおいしいぜ。
『ただし、もしもトラブルに発展して魔王である彼女の母親から命を狙われるようなことはあるかもしれなません。その場合は我々が全身全霊でアベル様をお護り致しますのでご安心ください』
おい、ちょっと待て!?
おれはリラックして飲んでいた紅茶のカップをテーブルに置き、カシアスの方を見る。
今、とんでもないことが聞こえたぞ。
そんなおれの圧を感じたのか、カシアスは話を逸らしてきた。
『とりあえず、今はセアラ様とハルお嬢様の言い争いを止める方が先決だと思います。お二人とも感情的な一面がありますゆえ、このままで口論で終わるとは限りません』
ちきしょう……。
あとでそれについてもはっきりと話してもらうからか!
とりあえず、おれはカシアスの言うとおりサラたちの争いを止めることを優先する。
「サラ、とりあえず落ち着いてくれよ。おれなら大丈夫だからさ」
「ちょっと、アベル!? もしかして、この女の誘いに乗るつもりなの?」
本来、おれが止めるとするのはハルに対してだろう。
それもあってサラはなんでこの魔族に対して甘いんだと言わんばかりの瞳でおれをにらむ。
「ふっ、これが現実だ小娘。わかったらさっさとアベルにお別れの挨拶でもしておくんだな。それから、式にはお前を呼んでやってもいいぞ」
ハルを激しくにらみつけるサラ。
どうやら、さらなる口論に発展しそうな予感だ。
女同士の言い争いとは本当に怖いものだ。
あまり関わりたくないがどうにか止めなければならない。
そんなことを思っていると、今まで発言してこなかったアイシスが会話に割って入ってきた。
「お話の最中であるところ申し訳ありません。リノ様を通して、ハル様が下界にいらっしゃることを魔王ジュリー様へ報告させていただきました」
冷静に、ただ淡々と事実を述べるアイシス。
その言葉の意味を理解したハルはすぐさま彼女にかみつく。
「おい、お前! 何勝手なことしてくれてるんだ!?」
ハルは怒りのあまり、アイシスに殴りかかろうとする。
それをカシアスが間に入り、頭を下げてなだめるのであった。
「ハルお嬢様。お嬢様は魔界における一国の王女なのです。もしもその身に何かがあってからでは困ります」
「申し訳ありません。我々はこの事態を見て見ぬふりはできないので御座います」
他でもないカシアスに頭を下げられ、何も言えなくなるハル。
そんな彼女に対し、アイシスは先ほどの言葉を続ける。
「また、ハル様は下界の観光をしたいとの理由で、もうしばらくこちらへの滞在の許可をジュリー様よりいただきました。カシアス様がハル様の安全を保証するという形でですが——」
魔王である母親から人間界での滞在が許された。
このことを受け、ハルの顔に笑顔が灯る。
「ふんっ、最初からそれを言えばいいんだ。まったく、余計なことをしやがって……」
ハルはそうつぶやくと大人しく席に着く。
そして、おれの方を向き口を開くのであった。
「それと予定変更だ。アベル、さっきの話は一旦忘れてくれて構わんぞ」
急いで魔界に帰ることがなくなったため、おれの価値は下がったようだ。
どうやら、カシアスの言っていたことは本当だったみたいだな。
「何なのよ、あいつ……。意味わからないんだけど」
まぁ、サラからしたらこういった反応になるよな。
サラにもカシアスから聞いたことを後で話しておいてやろうと思う。
「アイシス、ありがとうございます。いつも助かります」
事態を収めてくれたアイシスに感謝の言葉をかけるカシアス。
クールなアイシスは顔には出さないが何やら嬉しそうなオーラが少しだけ見え隠れしていた。
そして、カシアスのこの言葉を聞きハルは席を飛び上がる。
「えっ!? もしかして、貴女様が《常闇の悪魔》アイシス様なのですか?」
先ほどまで彼女に食ってかかっていたハルであったがアイシスの名前を聞き、驚きの表情を見せる。
「はい、お初にお目にかかります。ハルお嬢様」
そんな彼女に対しても、アイシスは相変わらず低い姿勢でハルに挨拶をするのであった。
「申し訳ございません!! そうとは知らず、無礼な真似をしてしまいました! まさか、こんなところであのアイシス様にお会いすることができるなんて……」
そういえば、アイシスって魔王ではないが魔界ではそれなりに名前が通っている悪魔なんだっけ?
ハルの表情を見る限り、お世辞ではなく本気でアイシスに会えたことが嬉しいようだ。
全く、こいつはさっきから相手によって態度をコロコロと変えやがって……。
こんなんじゃ、いつか下克上のようにバカにしてたやつが成り上がった時に痛い目にあうぞ。
おれはハルの態度を目の前で観察してそう思う。
だが、もしかしたらこれが魔界での生き残り方なのかもしれないな。
弱いやつには蔑み自分を大きくみせる。
強いやつには媚び自分を小さくみせる。
そう考えば人間だって大してやってることは変わらないのかもな。
とりあえず、ハルのめんどうそうな婿騒動の件が保留になっただけでもよかったとするか。
それもこれも、カシアスとアイシスおかげだな。
おれはそんなことを考えながら隣に座り、ティーカップで紅茶を飲むカシアスを見つめる。
「そういえば、お前が紅茶を飲むなんて珍しいな! 精霊体は飲食や睡眠が必要ないんじゃなかったのか?」
おれはカシアスが当たり前のように紅茶を飲む行為を疑問に思い聞いてみる。
すると、カシアスは優雅に紅茶を飲みながら話してくれた。
「はい、その通りでございます。ですので、こちらはアベル様がお飲みになっている紅茶とは別のものです」
「魔界で採れる『マナの実』という魔力を多く含んだ果実で作られるお茶なのでございます。ただ、こちらに関しても嗜好品という程度のものであり、飲まなければ死んでしまうといったようなものではございません」
「ただ、魔力の薄いこの人間界などに長くいると無性に飲みたくなる一品ではありますね」
そう語るカシアスは新しいティーカップに、そのマナの実とやらで作ったお茶を淹れておれに差し出してくれた。
飲んでみた感想としては、お湯を飲んでいるようで味はほとんどない。
ただ、何となく身体に魔力が流れてくるような感じがして、ポカポカと温まるのであった。
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