195話 エストローデ vs アベル(2)
「すごい! すごいぞアベル!! 今のを躱すなんて、お前は想像以上の逸材だ!!」
愉快そうに笑うエストローデ。
まるで新しいおもちゃを見つけた子どものようにはしゃいでいる。
おれは地上で起きた惨状を改めて見る。
たった一つの魔法で地形すら変えてしまうほどの実力の持ち主。
さっきの10倍という言葉は嘘ではなかった。
本当にこいつはケタ違いの強さを誇る悪魔なのだ……。
さらに最悪なことに、こいつはまたしても勘違いをしているようだ。
どうやら、おれが転移魔法を使った理由について、エストローデの攻撃を予測して躱したためと思っているらしい。
おいおい、勘弁してくれよ……。
今のだって結果的に回避することができたけど、おれはお前と対等に戦えるようなやつじゃないんだって。
この調子で今度は100倍、次は1000倍なんてやられたらおれの命はもちろん、人間界すら滅ぼし兼ねないぞ……。
おれは目の前ではしゃいでいる少年の悪魔を見つめて顔をしかめる。
どうやってこの場を乗り切ろうかと思考を張り巡らせる。
すると、エストローデが気になるひと言をつぶやいた。
「流石、あのお方が気にかけて一目置いてるだけのことはあるぜ! お前、最高だよ!!」
エストローデからは興奮している様子が伝わってくる。
そういえば、エストローデは人間界でたいくつしていたと話してたな。
つまり、エストローデは随分前からエトワールさんを操っていたということか……?
いや、でもカシアスはエトワールさんと悪魔の繋がりは見えないと言っていた。
ということは、エストローデがエトワールさんに近づいたのは、おれたちがエトワール・ハウスからローレン家の屋敷に移動していた間ということになるはずだが……。
ん……?
それより、エストローデは今なんていったんだ?
おれたちはお互い上空で顔を合わせている状態だ。
そんな中、おれは目の前で宙に浮いているエストローデに尋ねてみる。
「おい! ユリウスがおれを気にかけて一目置いてるってどういうことだ! あいつはただ単におれを殺したいだけじゃないのか!?」
そもそも、はじまりは4年前のゼノシア大陸での事件だった。
ゼノシアの冒険者ギルドの上層部と十傑の悪魔が繋がっていたところから、十傑を率いる《天雷の悪魔》魔王ユリウスとの戦いがはじまったのだ。
やつらはおれたちを殺そうとしている。
それは王国でこの前起こったサラ誘拐事件のときに明らかになった。
ダリオスと手を結んでいたユリウスの配下たちはサラを使っておれたちを誘き出し、殺そうとしてきた。
だが、疑問に思うこともいくつかあった。
おれと戦った上位悪魔マルチェロ。
あいつが口走ったこと……。
『うわぁお! この魔道具って本当に効果があったんだ! こんなのをくれるなんて、さっすがユリウス様だね!』
『手こずらせやがって……ユリウス様の命令がなかったらさっさと殺しているところをしつこく……』
思い返せば、魔王ユリウスはおれを標的にして何かを企んでいるようにも思える。
そして、エストローデから直接聞き出せた情報。
ユリウスはおれを気にかけている……?
純粋に敵対しているおれを殺したいだけではないのか?
おれはエストローデをジッと見つめる。
彼が答えてくれるのかはわからないが、それでも聞かずにはいられなかった。
そして、エストローデはおれに向けて言葉をかける。
「はっ……? ユリウス様がお前を気にかけるだと? なぜ、お前はおれにそんなことを聞く?」
さっきまでのはしゃいでいたテンションとはうってかわって冷めた表情でおれを見つめる。
えっ……?
おれ、何かまずいこと言っちゃったのかな……。
でも、さっきエストローデ本人が話していたよな。
ユリウスがおれを気にかけているとか、一目置いているとか……。
おれはビビりながらもエストローデに発言した。
「いや、さっき興奮して話してたじゃんか。もしかして、覚えてない……?」
おれは恐るおそる声をかける。
こいつを怒らせたら人間界がマジで滅びるかもしれない。
おれはエストローデの機嫌を損ねないように説明をした。
すると、エストローデは不思議そうな顔つきをしておれを見つめる。
「……」
おれたち二人の間に謎の沈黙が生まれる。
心臓の音すら聞こえる静かな間。
おれは恐怖を感じながら、何か反応してくれと強く願う。
そして、エストローデに変化が生まれた。
まだ見せたことのないような驚いた表情を作って彼は声を上げた。
「はっ!? すまん、その事は忘れてくれ!! 思わず口を滑らせてしまった!!」
慌てておれにそう告げるエストローデ。
おれが勝手に思っていたクールな少年のイメージが崩れる。
そして、予想外の反応に戸惑ってしまうおれ。
なんだ、こいつは……?
おれは本当に目の前にいるのが十傑の悪魔の一人、《風雷の悪魔》エストローデであるのかと疑ってしまう。
だってほら、もしも口を滑らせてしまったのなら——。
『知ってしまったか……。ならば、ここで死んでもらおうか』
とか!
『知られちまったら仕方ねぇ。お前の記憶……いただくぜ』
みたいなことになりそうじゃんか!
おれを殺す力も、記憶を操る方法も持っているはずなのに、どうしてエストローデは忘れてくれなんて言って焦ってるんだ?
もしかしてこいつ、バカなのか……?
おれの中で一つの仮説が生まれる。
それはエストローデは頭が回らないバカであるということ。
だとすると、先ほどまでの甚だしいまでの勘違いにも納得がいく。
こいつ、おれをからかっていたとか、遊んでいたとかじゃなくて本当におれが強いと思っているんじゃないか?
エストローデがバカだと仮定するなら話が繋がってくる——。
魔王ユリウスはどうしてかはわからないが、おれに一目置いているようだ。
それを聞いたバカのエストローデは実物のおれを見ずにすごいやつだと認識していた。
そして、実際に出会ってみたおれを試してやろうとあれこれしていたら、偶然にも全ておれの都合の良いように上手くいった。
こうして、エストローデは勝手におれをすごいやつだと認め、興奮して言ってはいけないことまで話してしまったと……。
こんなところだろうか?
おれは目の前で慌てている少年を見て改めて考える。
「おれ、ただでさえヘマして序列下げられてるんだ! この事がユリウス様にバレたら、おれ十傑から外されちゃうかもしれない! だから頼むよ!!」
こいつ、演技でやってるにしては真に迫る感じが強いんだよな。
聞かれたことが困るなら、おれを殺すか思考支配をかければいいのに……。
やっぱ、こいつは脳筋タイプのバカなんだな。
おれはこの事実に驚きつつも妙に納得してしまう。
悪魔というのはみんな賢いんだと思ってた。
カシアスにしてもアイシスにしても、おれの何千倍と頭がいいからな。
それにこの前倒したマルチェロだって頭のキレるやつだった。
まぁ、そんだけ悪魔っていう種族は長く生きてるってこともあるんだろうけどな。
でも、長く生きてるって言っても100年以上生きている精霊のレーネなんかは賢くないし、やっぱ個体によって様々なのだろう。
それにしても、こんな頭脳でよく人間界に派遣されてきたよな。
まぁ、この程度だからこそカルア王国を任されていたユリアンなんかとは違って、ローレン領なんていうちっぽけな領地の支配を担当してるのかもしれないな。
おれは目の前のおバカな悪魔を見て色々と考える。
すると、急にエストローデの表情が変わった。
ニヤリと笑っておれを見つめる。
「そうか……。ユリウス様たちにバレなければいいんだ。アベルを殺すなとは言われてないんだし、証拠ごと消してしまえばいいのか……」
あれ……?
もしかして、気づいちゃったのか?
どうしよう……。
殺しにくるってことは今まで以上に力を出すってことだよな。
無理ゲー過ぎるだろ!
こうして、エストローデの気づきによって再びおれは窮地に立たされることになるのであった。
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