178話 少女ティア

  コン、コンッ!



  おれたちのいる応接間がノックされ扉が開かれる。

  すると、一人の少女が顔を見せた。


  「エトワール様、昼食の準備が整いました。ご客人のみなさんもよかったら召し上がっていってください」


  少女は頭を下げておれたちにそう告げる。


  確か、あの子はメルと仲良さそうにしていた子だ。

  おれたちがメルをここまで送り届けたとき、メルがあの子の所へと駆け出したんだったな。


  すると、エトワールさんは少女の呼びかけに応えた。


  「ありがとう、ティア。私たちも今から行くよ」


  ティアと呼ばれた少女はもう一度おれたちに頭を下げる。

  そして部屋を後にした。


  「みんなでメルを探していたら昼食の時間が遅れてしまいましてね。今できたところみたいです。よかったらみなさんも子どもたちと一緒に食べていってください。メルも喜んでくれると思いますよ」


  エトワールさんはまだ昼食を取っていないことを話す。


  あぁ……これはメルと出会って遊んでたおれたちのせいでもあるな。

  本当に申し訳ない。


  「ねぇ、せかっくだし私たちも頂かない? 私、お腹すいちゃった」


  サラが隣に座るおれにそう告げる。


  確かに、おれたちも朝から何も食べてないな。

  せっかくエトワールさんにも会えたんだし、一緒に食事するのも悪くないな。


  「はい! それではお言葉に甘えさせていただきます」


  おれはそうエトワールさんに伝えた。

  すると彼は優しく笑って頷いてくれた。


  そして、エトワールさんは席を立つ。


  「すまないね、さっきは私ばかり話してしまって。よかったら後で君たちからも話を聞かせて欲しい」


  先ほどまで、エトワールさんはカイル父さんとハンナ母さんの昔話をしてくれた。


  厳格な両親のもと、領主の息子という肩書きから周りに振り回されて育ったカイル父さん。

  そして、そんなカイル父さんの精神的な支えとなっていたハンナ母さん。


  おれは本当に仲の良かった二人の姿を思い出す。


  「いえ、私の知らなかった父と母の話が聞けてよかったです。ありがとうございました」


  サラはエトワールさんにお礼をし、感謝の気持ちを伝える。


  そして、おれはエトワールさんに気になっていたことを尋ねる。


  「もしかして、あれはエトワールさんとカイル父さんですか?」


  おれは一枚の絵画を見つめて尋ねた。


  エトワールさんが昔話をしながら、何度かジッと見つめていた二人の男性が描かれた絵画。

  そこには仲の良さそうな茶髪の男性と紫色の髪をした男性が描かれている。


  そして、エトワールさんはおれの質問に静かに答える。


  「はい、そうです。これは画家に描いてもらった大切なモノでね。私とカイルが兄弟のように仲のよかった頃に描いてもらったんです。それに、こっち絵も……」


  そういって、エトワールさんはその隣にある一枚の絵画の前に来る。


  それは、綺麗な若い女性がニッコリと笑う絵だった。

  真っ白な長い髪、色白の肌。

  その笑顔からは心から幸せを感じて笑っている様子が伝わってくる。

 

  彼女はもしかして……。


  「これは先程、昔話をしていたときに出てきた私の婚約者フィアンセであるシシリア。彼女は元々身体が強くはなくてね……」


  エトワールさんは寂しそうな瞳でシシリアさんの描かれた絵画を見つめる。


  そうか……話に出てきていたシシリアさんについて、メルは何も言っていなかった。

  あくまでも、この孤児院はエトワールさんと少数のスタッフで経営していると。


  シシリアさんはもう亡くなってしまったのか……。


  「カイルたちを亡くした二人も感じたことと思います……。愛する人を失った悲しみほど人生でつらいものはないですよね……」


  エトワールさんは哀愁を漂わせてそうつぶやく。


  おれたちにもその言葉の重みはよく伝わってきた。


  「暗くなってしまいましたね。それでは食堂に移動しましょうか。私が案内しましょう」


  そうして、おれたちはエトワールさんに連れられて食堂へと向かったのだった。




  ◇◇◇




  おれたちは100人以上入れるであろう大きな食堂へとやってくる。

  食堂は子どもたちで溢れかえっていた。


  まぁ、子どもたちといってもメルのような小さな子もいれば、おれやサラより歳上と思われる子どももいる。


  ちなみに、先ほどおれたちを呼びに来てくれたティアという女の子は雰囲気からしてサラより歳上だろう。

  17から19歳くらいに見えた。


  もちろんコミュ障のおれは知らない子どもたちの中に入っていって仲良く食事なんてできるわけもない。

  ひっそりと隅っこの席でサラとエトワールさんと食べようと思っていた。


  すると、子どもたちを監視していたアイシスがやってくる。

  その横にはメルとティアという少女がいた。


  「あのー、メルちゃんが御二人と一緒に食べたいそうです。その……よかったら私もご一緒してよろしいしょうか?」


  アイシスの隣にいるティアさんがおれたちに話しかけてきた。

  もしかしたら、アイシスは子どもたちと接する中でティアさんと仲良くなったのかもしれない。

  それでアイシスの連れであるおれたちと食べようと……。


  うん、やっぱないな。

  アイシスが人間と仲良くなるというイメージがおれにはできん!


  きっと、メルがおれたちと食事をしたいと言ってきてそれにティアさんが付いてきたということだろう。


  「サラお姉ちゃん! アベルお兄ちゃん! ティアお姉ちゃんとみんなで食べよ!」


  メルが元気よくおれたちにそう言ってくる。


  この子を見ているとこっちまで元気になってくるな。

  元気よくはしゃぐメルを見ておれはそう思う。


  「いいわよ! あと、ティアさん。私たちの方が年下でしょうし、タメ口で大丈夫よ」


  サラが二人にそう告げる。


  そして、ここまで連れてきたエトワールさんの方を見ると、彼は子どもたちに囲まれていた。


  「エトワールさま! 今日はわたしたちと一緒に食べましょう!」


  「ぼくもご一緒してもよろしいでしょうか? 最近、エトワール様とご食事できてませんでしたし」


  「エトワール様、それでは夜はわたしたちと!!」


  エトワールさん人気者だな。

  メルもエトワールさんのことが大好きって話してたけど、ここにいる子どもたちはメル以上だな。


  まぁ、エトワールさんは魅力的な方だし、子どもたちから好かれるのも当然か。


  これじゃ、おれたちはエトワールさんと一緒に食べられそうもないな。

  仕方がない、おれたちはメルやティアさんの二人と食べるか。


  そして、おれたちは食事のもらって六人がけのテーブルに着く。


  パンにスープ、それに簡単なサラダが今日の昼食らしい。

  おれたちは席について食事をしながら話し出す。


  ちなみに、アイシスはおれたちと一緒に席についたのだがカシアスとどこかへ行ってしまった。


  まぁ、カシアスたちのことだ。

  特に心配することはないだろう。


  「メルちゃんから聞きましたが、お二人は森でメルちゃんと遊んでくれたとか。本当にありがとうございます!」


  ティアさんがおれたちに感謝の言葉を伝える。


  「いやいや、でもそのせいでみなさんにも迷惑をかけちゃって……。ごめんなさい」


  孤児院のメンバー総出でメルを探していたみたいだしな。

  早く連れ帰ってこなかったことをおれは謝る。


  「そんな! 悪いのはメルちゃんだもんね。ほんと、目を離すとすぐにどこかへ行っちゃうんだから……」


  「んんっ? ンフフフフッ」


  メルはパンをくわえたまま反省する気配はなくニコニコと笑う。


  まぁ、子どもはこのくらい自由にしている方が可愛いよな。


  てか、メルには馬車の中でパンをあげたよね?

  モシャモシャ、バクバク食ってるけど、よくその小さな身体に入るな!


  おれはある意味感心してしまう。


  「でも、アベルくんやセアラちゃんと何をしていたのか、わたしには教えてくれないんだよね〜」


  「うん! ティアお姉ちゃんには秘密なんだもん! ふふんっ」


  年齢は離れているが、この二人はとても仲が良いようだ。

  見てるこっちまで笑顔になってしまうな。


  「そういえばメルに聞いたんだけど、ティアさんは明後日にはこのエトワール・ハウスを出ていっちゃうの?」


  サラがティアさんに質問を投げかける。


  そういえば、メルがそう言ってたな。

  それでティアお姉ちゃんにプレゼントをあげたいって。


  「そうなんです……。わたしたちは一人で独立できるようになったら出て行かなきゃならないんです。いつまでもエトワール様やハウスの子たちに迷惑をかけられませんからね」


  孤児院というものをよく知らないおれでも、いつか子どもたちは旅立たなくてはならないことはわかる。

  それが彼女にとって明後日というタイミングだったのだろう。


  「このハウスは有志の資金支援で経営しているみたいですし、働けるのにいつまでもお世話になっているわけにはいきません。それで、わたしは呉服屋で働くことが決まったんですよ!」


  どうやらティアさんは仕事を見つけられたためこのハウスを出ていくようだ。


  確かに、有志の資金で孤児院を運営しているのなら働ける子どもたちには働いてもらいたいよな。

  独立できるようになった子どもたちが旅立てば、その分お金が浮いて新たな困っている子どもたちを救えるかもしれない。


  「でも、長年育った場所や家族とお別れするのはつらくないですか?」


  おれにはティアさんが少しだけつらそうに見えた。

  旅立ちが不安なだけかもしれないが、本当は我慢しているのかもしれない。

 

  「さみしい気持ちはあります……。でも、一生の別れじゃないから!」


  「それに、ここにいるスタッフさんはみんなこのハウスの出身なんですよ。だから、わたしもいつかここに帰ってきて働きたいと思ってるの!」


  そう言って笑うティアさんはどこか不安に思うことはありつつも、これからの人生を楽しみにしているようだった。


  新たな道に進もうとする彼女を、おれたちは祝福し、応援するのであった。

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