第四章

161話 魔王たちの想い

  ——魔王序列第1位最上位悪魔ユリウス——



  ここは魔界にある国家の一つ。

  最上位悪魔である魔王ユリウスが治める国家だ。


  そして、魔王城の一室ではユリウスを中心に7人の上位悪魔たちが席に着く。

  彼らは十傑と呼ばれるユリウスの配下たちだ。


  彼らはどうして主であるユリウスからこの場に呼ばれたのかわかっていない。

  念話を使えば会話ができることから、直接会って話がしたいということくらいしか十傑の彼らにはわからなかった。


  魔王ユリウスは全体を見回す。

  ユリウスは黒い瞳に美しい金色の髪、そして魔界一の魔力量を持つ男だ。


  そして、全員が席に着いたことを確認したユリウスは話を切りだした。


  「皆に集まってもらったのは他でもない。幾つか俺から伝えておかなければならないことがある」


  静かに語り出すユリウス。

  ここで何人かは疑問を抱く。

  十傑は10人いるはずだが、この場にはまだ7人しかそろっていないことに……。


  「ユリアンが死んだ……。いや、俺のせいで殺されたと言った方が良いだろう」


  十傑の一人、ユリアンが死んだことが告げられる。


  この事に驚く者たち。

  そして、一人が声を上げる。


  「誰がユリアンを殺したのですか? ユリアンを殺せる者なんてそうそう……」


  ユリアンは十傑序列第3位である。

  十傑の序列において上位3人は魔界において指折りの実力者。


  魔界の魔王62人の魔力量を基に順序付けした魔王序列に換算すれば、十傑の上位3人は魔王序列第10位未満に匹敵する。

  つまり、ユリアンを殺せる者などこの世界にはそうそういないのだ。


  「カシアスの仕業ですか?」


  一人の悪魔がユリウスに尋ねる。

  彼はこの前カシアスがこの魔王城にやってきたのを知ってたのだ。


  「そうだ。ユリアンは任務の途中にカシアスと対立して奴にやられた。この事態を招いたのは俺の失態によるもの。本当にすまない……」


  十傑たちに謝罪をする魔王ユリウス。

  頭を下げて配下たちに謝るユリウスに、十傑たちも一度心を鎮める。


  「カシアスが先に手を出したのなら報復をしよう! ユリアンのかたきを取るべきだ!!」


  元々、彼ら十傑たちはカシアスに思うところがあった。

  しかし、カシアスは魔王ヴェルデバランの配下の一人。

  カシアスを敵にするということは魔王ヴェルデバランを敵にするということ。


  魔王ヴェルデバランは大魔王と呼ばれる魔王たちの派閥を従えるボスたちとの友好関係を築き上げている。

  そして、彼自身も一つの派閥を従える大魔王だ。


  つまり、カシアスを敵にするということは魔界中の魔族たちの全てを敵にすることに繋がるかもしれない。

  十傑たちもカシアス相手に迂闊うかつに手は出せなかった。


  しかし、同士であるユリアンが殺されたのなら話は別だ。

  正当な理由を元にカシアスを始末できる。


  だが、ユリウスはこれを止める。


  「今はまだその時ではない。そして、カシアスの件は俺に任せて欲しい」


  ユリウスは十傑たちにそう伝える。

  これに対して反発する者たちはいなかった。


  ユリウスにも計画がある。

  そして、その計画にはカシアスとヴェルデバランを始末することも含まれている。


  「わかりました。カシアスの件はユリウス様にお任せします。ところで、ハワードとエストローデはどちらに……?」


  この場にいるのは7人。

  ユリアンが死んだのだとしたらあと2人足りない。

  もしかしたら、彼らもカシアスに……。


  そう不安に思う十傑たちにユリウスは告げる。


  「あの2人には下界でやってもらっていることがあるのだ。彼らにも今回のことはしっかりと伝えてある。安心してほしい……」


  こうして彼らの話し合いは終わった。


  そして、ユリウスは誰もいなくなった部屋でこれからの事を考えるのであった。



  「カシアス……お前はどうしてそんな……」

 



  ◇◇◇




  ——魔王序列第2位大天使ゼノン——



  天使とは精霊体の中で唯一の優等種である。

  そんな天使たちを全て従えるのが魔王ゼノン。

  《天雷の悪魔》として魔界に名を馳せた魔王ユリウスが唯一恐れていると云われる存在だ。


  魔王ユリウスは全ての悪魔たちを従えているわけではない。

  魔界中の上位悪魔たちの多くを従えはしたが、《常闇の悪魔》アイシスなど配下にできなかった者も多くいた。


  しかし、魔王ゼノンは魔界中の天使たちを隈なく集めて配下へとしてみせた。

  これは天使が悪魔に比べて個体数が少ないということもあるが、ゼノンのカリスマ性というものもあるだろう。


  《賢聖けんじょうの天使》とも呼ばれる魔王ゼノンは強さだけはなく、飛び抜けた知性と賢さを持っていた。


  少し緑がかった金髪に銀白の翼、整った顔立ちにあふれる知性。

  魔界において完璧の存在である声もあるほどゼノンは人気もあった。


  そして、魔王ゼノンが治める国家は魔界最強の呼び声が高い。


  四大天使と呼ばれる4人の大天使は十傑に匹敵する実力を持っている。

  他の普通の天使たちでさえ優等種であるがゆえ、上位悪魔と同等の力を持っている。


  魔王クラスの配下を10人従えるユリウスに比べて、ゼノンの配下で魔王クラスなのは四大天使の4人だけ。

  魔王クラスの配下の数でこそ負けはするが、一人ひとりが上位悪魔と同等の天使たちの数を考えれば最強はゼノンであるという見方もできる。

  ゼノンが従える天使の数はユリウスが従える上位悪魔より数が多いのだ。

  これがユリウスが唯一恐れていると噂される要因であった。


  しかし、ゼノンはこの過剰なまでの戦力を争いに使うようなことはしなかった。


  天使たちを下界へと派遣して、下界の治安を守るという活動を他の魔王たち承認のもと行っていた。

  あくまで天使たちは下界の文化や勢力図に手を加えたりはしない。

  魔界から魔族や精霊体が押しかけて下界を支配しようとすることがあれば止めるということをやっていた。


  これが魔王ゼノンが《賢聖の天使》と呼ばれ尊敬される所以であった。

  ゼノンは慈悲深く、どんな魔王よりも魔界や下界のことを考えているとされていたのだった。



  そして、今日は下界に派遣されている天使たちが魔界に戻ってきて下界の様子を報告する定例報告会。



  玉座に座るゼノンの両脇には2人ずつ四大天使が立っている。

  ゼノンが玉座から階段を見下ろすと、下には多くの天使たちが忠誠を誓い膝を折ってひざまづいていた。


  そして、いつものように始まった定例報告会。

  ほとんどの天使が自分の担当する下界で異常がないことを報告していく。

  その中にはアベルが女神様と呼び、カタリーナと名乗った天使もいた。


  「私の担当する世界も我々の関与すべき問題はありません。強いて言えば、ユリウスの配下が我々が手を出せない範囲で上手く動いているということでしょうか……」


  アベルにカタリーナと名乗った天使がゼノンに報告する。


  「ユリウスか……。しかし、我々が動けないのならば仕方がないな。今後、何かユリウスが動くかもしれない。引き続き頼むぞ」


  人間が悪魔を召喚して悪魔が暴れた場合、たとえ世界が滅ぼうがそれは人間たちの問題である。

  天使たちが止める義務があるのは悪意ある魔族や精霊体たちによる世界の崩壊を防ぐこと。

  愚かにも、自分たちに扱えない力を利用しようとしたツケを天使が救う義理はないのだ。


  「はい。かしこまりましたゼノン様」


  カタリーナと名乗った天使が答える。


  その後、特に問題もなく定例報告会は終了した。

  天使たちが全員下界へと戻っていた後、ゼノンは四大天使たちを集めてこれからについて語る。


  「ユリウスはどこかで必ず判断を誤るだろう。今はその時までゆっくりと待っていようじゃないか……」




  ◇◇◇




  ——魔王序列第3位精霊王ゼシウス——



  二人の精霊が静かな庭園で話していた。


  話題は人間界においてハリスが亡くなったこと。

  そして、これから精霊たちはどうしたら良いのかということだ。


  「それで、ハリスは最後まで勇敢に戦ったのだな」


  寂しそうにしながらも、ハリスの最後を聞いて安堵する男。

  彼は前世でのハリスをよく知る者だった。


  「はい、ゼシウス様。ハリスは下界で信じられる仲間たちと出会い、そして己の正義に従って最後まで勇敢に戦ったそうです」


  こう語るのはハリスの前世での親友でもあったリノである。

  リノはかつての主であった魔王ゼシウスのもとへと出向いて話をしていた。


  リノは魔王ゼシウスに次期精霊王候補として育てられて生き残った最後の精霊。

  しかし、ゼシウス以外の精霊たちが魔王となることはできなかった。

  結果として、リノはゼシウスのもとを離れてヴェルデバランの配下となる道を選んだ。


  「結局、私は今も必要な魔道具が作れずにいる……。先代精霊王様がお姿を完全に隠してからもう2000年ほど。私はあの方に誇れるような魔王になれぬままでいるのだ……」


  なかなか配下たちには見せられない弱気な姿。

  既にヴェルデバランの配下となったリノにだから話せる愚痴もあった。


  「ゼシウス様は立派な魔王様ですよ! 現に、ゼシウス様に救われた精霊たちはたくさんいるではないですか!」


  落ち込むゼシウスをなだめるリノ。

  ゼシウスは自分ではこう話しているが、実際には多くの精霊を護ることのできる大精霊であった。


  「しかし、今のままではいけないのだ。このままでは精霊たちの未来が……」


  早く自分の後継者を見つけたいゼシウス。

  このまま自分が死んでしまえば多くの精霊たちが困るだろう。


  劣等種の精霊を受け入れてくれる魔王国などおそらくどこにもない。

  残虐な魔物たちが蔓延はびこる魔界で精霊たちはすぐに殺されてしまうだろう。


  そして、ゼシウスはリノに尋ねる。


  「ヴェルデバランはまだ忙しいのか? 彼にも魔道具の作製を手伝ってもらいのだが……」


  ゼシウスはヴェルデバランには一目置いている。


  ヴェルデバランは魔法に関する知識や魔道具の知識が豊富だ。

  作るのはカシアスに任せているようだが、ヴェルデバランが協力してくれるなら、ゼシウスの念願の夢も叶うのではないかと思っている。


  しかし、申し訳なさそうな顔で断るリノ。


  「すみませんゼシウス様……。ヴェルデバラン様は訳あって今も多忙なので協力は難しいかと……」


  それを聞いて落ち込むゼシウス。


  「そうか……。やはり、私が頑張るしかないのだろうか……」


  ゼシウスは先代精霊王のことを思い出す。

  新たな精霊王として自分が任命された時の事を……。


  「精霊王様は私に託してくださったのだ! もう少し挑戦してみるか」


  やる気を取り戻すゼシウス。

  そんな彼を見てリノも安心する。


  「はい! 良いご報告が聞けるのを私も待っています」

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