160話 ハリスとの約束
「今日も行くの……?」
おれは一人で家を出ようとする。
よく晴れた昼下がり、太陽の光が廊下の窓から差し込まれている。
「うん。ハリスさんと約束したからさ……」
質問してきたサラにそう返す。
おれは毎日のようにあの出来事が起きた地下都市へと向かい、崩れた建物を魔法で修復する作業をしていた。
おれのセンスと技術じゃ元通りとはいかないけど、それでもハリスさんの大切な場所だというし、少しでも綺麗に保ってあげたかった。
「私もいくよ」
サラはいつものように付いてくる。
決しておれを手伝ったりはしない。
ただ、いつもおれの作業をジッと見ている。
サラを一人にしたくないということもあり、おれはサラの同行を許していた。
そして、転移魔法で二人して大森林へと飛んだ……。
◇◇◇
悔しいことに、あの日を境におれの転移魔法は完成した。
あの日あの時、今のように転移魔法が使えたらもっと結果は違ったのではないだろうか……。
まだ長距離の転移は難しいが、短距離を複数回使うことはできる。
こうしておれたちは大森林までやってきた。
サラが誘拐され、ハリスさんを失ったあの日からもう二週間が経った。
救出したサラに外傷はなく、特に何かをされたようなことはなかったみたいだ。
悪魔たちに思考誘導や思考支配をされて記憶を操られている可能性も考えて、アイシスとカシアスに見てもらったが、特にそのような魔法の跡は感じないそうだ。
サラが無事に帰ってきてくれた。
おれはそれが嬉しかった。
だが、嬉しかったはずなのに胸にポッカリと穴が空いてしまったような気持ちになる。
恩人であるハリスさんにおれは何かしてあげられただろうか?
そう思いながら毎日のように地下都市を訪れている。
サラが無事で喜んだおれたちだったが、王国としては重大な危機に瀕している。
国王就任からわずか4年にしてダリオスが崩御。
大森林の上空で起こった壮絶な魔力爆発の数々。
半年前にはカインズ襲撃による大森林の異常気象が観測された。
そして、伝説の精霊ハリスの死去。
王族貴族たちだけでなく、国民たちも大パニックとなりカルア王国は崩壊するのではないかと思うほど荒れていた。
もちろん、学校もしばらく休みとなった。
次期国王になるとしたらまだ若干15歳の王子アルゲーノだ。
しかし、武闘会のこともあってアルゲーノは国民たちから現状それほど支持はされていない。
そして、カルアの大森林で次々と起こる謎の異常気象にハリスさんの死。
国民たちは様々な噂をしていた。
悪魔召喚説やダリオスの陰謀説もあったが、中には魔界から魔族がやってきてハリスさんとダリオスが協力し、相討ちとなって王国は守られたという英雄譚のような説もあった。
現在、商人や富豪は王国にいることに危機を覚え、エウレス共和国へと移住をはじめた。
このままで経済から王国は崩壊していくだろう……。
王城では毎日のように父さんとアスラさんがアルゲーノを交えてこれからの事を話し合っているらしい。
父さんは帰ってこない日もある。
ちなみに、父さんとアスラさんには全てを話した。
ダリオスが悪魔と手を組んでいたことを含めて全部だ。
証人はアルゲーノを含めて冒険者ギルドの副ギルドマスターのエマさんもいる。
おれたちの話を信じてもらうには十分だった。
そして、サラの誘拐に関わったカエルおじと、ダリオスから直接命令を受けてカエルおじに誘拐を頼んだとされる王派閥の貴族は、翌日に死体となって発見された。
これもおれたちの話が正しいと立証してくれた要因の一つだったと思う。
結局、ネルやケビン、エマさんにレイにアリエル、そしてアルゲーノの六人の記憶を操作することはしなかった。
全員、おれやアイシスのことを言いふらすような人には見えないし、記憶をいじるというのは抵抗があった。
「何度来てもここは不思議なところね。まぁ、私には軽いトラウマがあるんだけど……」
地下都市に着くなりサラがおれにそう話す。
サラにとってここは忌々しいところに違いない。
しかし、何だかんだ言って毎日のようにおれに付き添ってくれる。
「アベルは何か感じたりしない? この風景を見てさ」
何かか……。
確かにサラの言うとおり不思議な感じはするけど、言葉で説明はできないんだよな……。
「ごめん、やっぱわからないや」
サラに何度か聞かれたこの質問。
今日もおれは答えることはできない。
「そっか……」
いつものようにそう答えるサラ。
彼女はそれ以上、何も語ろうとしなかった。
「じゃあ、おれはしばらく作業をするよ」
こうしておれは今日も地下都市の修復をする。
ハリスさんとの思い出を振り返りながら、涙を堪えて作業をするのであった……。
◇◇◇
《二週間前》
これはセアラ誘拐の事件が起きたあの夜、全てが終わった後のお話。
誰もいなくなった地下都市で二人の悪魔が会話をする。
一人は常闇の悪魔アイシス。
セアラを連れ去った誘拐犯が大森林にいることを突き止め、事件解決に大きく貢献した人物である。
そして、もう一人は氷獄の悪魔カシアス。
アベルと契約している悪魔であり、今回最大の敵であった十傑のユリアンを倒した人物である。
「何とかセアラ様を助けることができましたね」
カシアスがアイシスに話しかける。
「はい。残念ながらハリス様が亡くなってしまいましたが……」
アイシスが申し訳なさそうに答える。
しかし、それについてカシアスが彼女を責めることはなかった。
「まぁ、彼女の命は優先度で考えればそれほど高くはありません。貴女がアベル様とセアラ様に焦点を絞って戦ったことは間違いではありませんよ。ただ、リノ様は嘆き悲しむでしょうがね……」
カシアスからの言葉に内心安堵するアイシス。
だが……。
「ただ、貴女が今回
この言葉にアイシスはビクリと驚く。
「申し訳ありません!」
頭を下げて謝るアイシス。
しかし、カシアスは怒っているわけではなかった。
「今回の事は仕方ないで目を瞑ります。しかし、貴女にも貴女の役目があるのです。自らの命は大切にしてくださいね」
「はっ!」
こうして、禁忌を破りはしたがアイシスは許された。
そして、二人の間に沈黙が流れる。
「……」
「……」
アイシスから報告することは特にない。
今までのことを含め、人間界でのことは逐一リノを通してカシアスに伝わっている。
「あぁ、そうでした!」
そして、何かを思い出したように語るカシアス。
「貴女が以前に報告してくれた少女というのはあの獣人の少女で間違いありませんね?」
カシアスは地下都市へやってきた時に見た少女を思い出して語る。
「はい。『ネル=ハイリース』、彼女もまた《ハーフピース》となる存在。彼女のことはハリス様も警戒しているようでした」
アイシスがカシアスに報告する。
アベルの学友の一人、獣人であるネルのことを——。
「ハリス様がネルを警戒していたということは……。なるほど、そういうことですか。別の謎がこれで一つ解けましたね」
思わず笑みが溢れるカシアス。
想像以上の収穫に興奮が抑えきれない。
「彼女は今のうちに殺しておいた方が良いでしょうか?」
ネルの殺生を問いかけるアイシス。
それに関してカシアスは少し悩んでから答える。
「これが罠である可能性もありますからね……。今、我々が彼女を殺せばこちらの持っている情報の理解度というものがあちらに渡ってしまうかもしれません。ここは静観しておくことにしましょうか」
「かしこまりました」
こうして、ハリス亡き後はアイシスがネルを監視するしていくこととなった。
「しかし、また随分とやっかいな《ハーフピース》ですね……」
カシアスは空を見上げ、ため息を一つ吐くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます