147話 囚われの地下都市

  おれはアイシスの転移魔法で大森林の奥へとたどり着く。


  ついこの前まで、ここは何ら変哲へんてつのないさら地だった。

  しかし、今は地下へと繋がる階段のようなものができており、おれたちの前に立ちはだかっていた。


  「間違いありません、ここにマルチェロはいます。しかし、不思議な空間ですね……。それに、かすかですがハリス様の魔力も感じます」

 

  不思議な空間?

  いったい、どんな空間なのだろう。


  それにしてもハリスさんが中にいるということはビンゴかもしれない。

  ここに重要な手掛かりがある!


  しかし、これは……。


  「誘導されている可能性もあるんだよな?」


  おれはアイシスに確認する。

  そして、それに答えるアイシス。


  「はい……」


  敵の目的はサラの誘拐ではなく、真の目的としておれたちをおびき出すことの可能性だってあるのだ。

  ここを突き進めば敵の術中にハマるかもしれない。


  だが、ここに留まっていたところでサラを助けることはできない。

  結局、進むしかないのだ。


  「この中からはマルチェロ以外、十傑の悪魔の魔力も確認できます。覚悟はできていますか?」


  一歩階段に踏み出したおれにアイシスが告げる。


  予想でしかなかったが、やはりマルチェロが十傑の悪魔ということではなかったようだ。

  マルチェロですらあの強さを誇っているのだ。

  それ以上の存在である十傑の悪魔がこの先に……。


  「珍しいな。おれが行くのを止めないのか?」


  いつもは危険なことをさせようとしないアイシスが珍しくおれを止めないので、彼女に聞き返してみる。


  おれの覚悟なら最初から決まっている。

  この中に天雷の悪魔がいようがおれは突き進むつもりだ。


  「私がどれだけ止めようとも、アベル様が話を聞いてくれないのはわかっておりますので」


  アイシスは少しだけ微笑んでそう語った。


  なるほどな。

  アイシスもどうやらおれのことがわかってきたらしい。


  自分の命よりも大切なモノのためならば、おれは躊躇ちゅうちょなく決断できる。

  そして、その意志は揺らがない。


  「じゃあ、行こうか!」


  おれとアイシスは階段を降り、悪魔たちのいるところへと向かったのだった。




  ◇◇◇




  階段を降りると、そこには本当に不思議な空間が広がっていた。

  洞窟のようだが違うな。

  ここはまるで小さな都市だ。


  不思議なものだ……。

  月が照らしているわけでもないのに、地下の空間は光に包まれて明るかった。


  それに、だいぶ年月を感じる建物が多い。

  王国が大森林の復興に介入したと言っていたが、この地下都市は最近造られたものではなさそうだ。

  サラを隠すのにちょうどいい場所を見つけたってところか?

  そう思う方が自然だな。


  ちなみに、アイシスの転移魔法でハリスさんやマルチェロがいると思われるところまで一気に飛ばないのには理由がある。

  これが敵の誘導である可能性があるため、転移した先で何が待ち受けているのかわからないからだ。


  もしかしたら、転移した瞬間にいきなり罠にはめめられることもあるそうだ。

  魔界製の魔道具の中には危険なモノも多く、その上アイシスですら全ての魔道具を熟知しているわけではないようなのだ。

  だからこそ、一気に敵の前まで転移することはしないのであった。


  ここは細かく転移魔法を繰り返す。

  視野と魔力感知で確認できる範囲で危険がないと判断した上で安全が確認できたところまで転移する。

  こうすることで危険を冒すことなく、走るのより早く到着することができる。



  そして——。



  禍々まがまがしい魔力の持ち主が姿を現す。

  ここに近づく度に感じていた脅威……。


  金髪で片目を隠した女の悪魔が一人の精霊の前に立ちはだかっていた。


  「ハリスさん!!」


  おれは弱って今にも倒れそうなその精霊に声をかける。

  その精霊——ハリスさんはボロボロになりながら圧倒的な魔力を放つ女の悪魔と戦っていた。


  おそらくあれが十傑の悪魔……。

  確かに、アイシスが放つより強力な魔力がおれの身体を刺激する。

  あいつの存在はヤバい……。


  ハリスさんを助けつつ、どうにかして十傑の悪魔を倒さないといけない。

  そう考えていたおれに話しかける者がいた。



  「ようやくたどり着いたか……随分と遅かったな」



  十傑の悪魔とハリスが戦うその奥。

  玉座ぎょくざが用意されており、そこに座ってこちらを眺める男——国王ダリオスがそこにはいた。


  そして、その横には十字架にかけられ縛られているサラがいる。



  「サラ!!」

 


  よかった。

  サラが生きていた……。



  悪魔たちに拐われたのだ。

  考えないようにしていても最悪のことは頭をよぎっていた。


  だが、サラは生きている。

  魔道具のようなモノで縛られて動けないようだが生きている。


  サラもおれの存在に気づき、何かを言おうとしているが伝わらない。

  彼女の口にも特殊なモノがはめられており、声が出ないのだ。


  「楽しくなってきたなぁ」


  ニヤニヤと微笑む国王ダリオス。


  やっぱりお前が悪魔と手を組んでサラを連れ去ったんだな……。

  許せない!!


  すると、ダリオスの玉座の裏から一人の少年が現れる。

  ダリオスの一人息子、王子アルゲーノだ。


  そして、アルゲーノはその手に持つ剣をサラの首筋に当てる。


  「てめぇ、やめろ!!」


  アルゲーノはうつむきながらサラに剣を突き立てる。

  まるで、その行為を本心はから望んではいないかのように……。


  おれはサラに向かって一目散いちもくさんに駆け出していた。

  ダリオスとアルゲーノをぶっ飛ばすのは後だ。

  今はサラを……。


  そんなおれの前に悪魔が立ちはだかる。


  「どうも〜、残念だけど君をあっちに行かせるわけにはいかないんだよね〜」


  上位悪魔マルチェロが楽しそうにそう告げる。


  おれは魔剣でマルチェロを切り捨てて先に進もうとした。

  だが、おれとマルチェロの間には絶対的な力の差がある。


  「ぐはっ……」


  おれの最速の一刀はいとも簡単に転移魔法でかわされ、おれはマルチェロの魔法で吹き飛ばされた。


  ちくしょう!

  アルゲーノが躊躇ためらっている今がサラを助けるチャンスなんだ……。

  急がないと!


  ここはなりふりかまっていられない。

  どんな手を使ってでもサラを助け出す!


  おれは召喚魔法を発動する。


  カシアス……こいつらをなぎ払って、おれに道を作ってくれ!


  おれの周りが輝きだす。

  おれを中心に光の円ができたのだ。



  さぁ、出でよ!

  カシアス!!



  いくらマルチェロがおれより強いと言ってもカシアスには遠く及ばない。

  十傑でもないただの上位悪魔が最上位悪魔であるカシアスに勝てるわけがない!


  だが、おれが召喚魔法を使おうとした次の瞬間——マルチェロは姿を消しておれの前に現れる。

  そして、紅く輝く不思議なやりを手に持ち、その槍をおれが創り出した光の円に突き挿した。


  その瞬間、召喚魔法による光の円が消えておれの身体に激痛が走る。


  「ぐわぁぁぁぁああああ!!!!」


  おれはショックでその場に倒れ込んでしまう。

  身体中がしびれて動けない。


  「うわぁお! この魔道具って本当に効果があったんだ! こんなのをくれるなんて、さっすがユリウス様だね!」


  魔道具だ……?

  そうか……それでおれの召喚魔法が……。


  おれは遠のく意識の中、マルチェロの言葉を聞いて理解する。

  こいつにしてやられたのだと……。


  そして、マルチェロはおれを見下ろして語りかける。


  「そんな怖い顔でにらまないでよ〜。ボクだって本当はハンデとして君に精霊くらい呼ばせてあげてもいいんだよ? だけどさ、上からの命令でコレを使って阻止しろって言われてるからさ〜」


  そう言って、マルチェロは槍の形をした魔道具を振り回し、おれに見せつける。


  ちくしょう……。

  おれはこんな所で寝てる場合じゃないんだ。


  おれは自分に回復魔法を使ってなんとか起き上がる。

  昔は使えなかったが、簡単なものなら今は無詠唱でできるようになった。


  「あはははっ。もしかして、あの子を助けるために頑張ってるの? そんなの無理無理。キミの前にいるのが誰かわかってるのかな〜?」


  マルチェロは相変わらず愉快そうにおれの目の前に立ちはだかっている。

  こいつを倒さないとサラを救えない。

  カシアスも呼べない。

  どうしたらいいんだ……。


  「でもね、特別ルールをあげるよ! ボクのシモベを殺せたらあの子は助けてあげるよ。その代わり、殺せなかったらあの子を殺す。キミはどちらか一人を殺さないといけないんだ!」


  こいつは何を言っているんだ?


  おれはマルチェロの言葉が理解できなかった。


  相手がマルチェロでないならおれにも勝機はある。

  そして、おれはサラを助けるためならマルチェロのシモベなど躊躇ちゅうちょなく殺すだろう。

  こんなルール、おれにとって何のしがらみも持たない。


  だが、マルチェロの背後から現れた男によっておれの心は揺れる。


  青色の髪に眼鏡をかけた長身の男。

  そして、眼鏡の奥にある瞳は先ほどのケビンやアリエルのように濁っている。


  生徒会長レイ=クロネリアスが現れた。


  「さぁ、キミはどちらの子を殺すのかな?」


  マルチェロに思考支配されたレイがおれの方へ歩みを進める。


  おれはどうしたらいいんだ。

  本当の敵ではないこの人を殺すなんて、おれには……。

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