141話 王城到着(1)

  おれたちは無事に国王ダリオスがいる王城にたどり着いた。


  ネルは初めての転移魔法に心底驚いているようだ。

  こんな時でなければネルも喜んで騒いでいただろう。


  今度、おれが転移魔法でネルをどこかへ連れて行ってやろう。

  それがいつになるか今はわからないけどな。



  おれたちがやってきたのは王城の外側だ。

  王城の外観は中世ヨーロッパの古城のようだ。

  まぁ、実際にそんなもの見たことないからイメージでしかないんだけどな。


  それにこのお城はだいぶ年季を感じる。

  建築されてから随分長いこと使われてきたのだろう。


  「どうだ? サラの魔力は感じるか」


  おれはアイシスに小声で尋ねる。


  王城の外には王族専属の魔導師や近衛騎士の訓練場や牢屋、広い中庭など様々なものがある。

  まずは王派閥の貴族を探すより先に、サラ本人を探すのだ。


  「この周辺には見つかりませんね……」


  どうやらサラがいる様子はないようだ。


  「この王城もだいぶ広がりがあります。何点か回って魔力感知で王城全体を見てみます。御二人はしばらくお待ちください」


  そう言ってアイシスは消えてしまった。


  アイシスといえど、この位置から王城全体の魔力の流れを察知するのは不可能らしい。

  それで何回か転移をしてサラの魔力を探して来てくるそうだ。


  おれとネルはここにいても目立つので、大きめの倉庫のような物の中へと入る。

  アイシスの捜索がどれくらいの時間がかかるかわからないからな。


  アイシスはおれたちの魔力がどこにあるかある程度わかるのだ。

  少しくらいの移動は問題ないだろう。


  倉庫の中はほこりっぽいのかと思ったが清潔に管理されているようで居心地はよかった。

  剣や槍、盾などがあることから近衛騎士たちが利用している倉庫なのかもしれない。


  「ねぇ……アベルはいつからアイシスさんと契約しているの?」


  ネルが不安そうな声でそう尋ねてくる。

  やはり上位悪魔であるアイシスのことが怖いのだろうか?


  「アイシスと契約はしていないんだ。アイシスの上司みたいな悪魔とおれは契約をしている」


  「えっ? 契約してない悪魔でもあんなに言う事を聞いてくれるの!?」


  一応は上位悪魔以上の存在と契約していると話したんだけどな。

  まぁ、勘違いするのも無理はないだろう。


  アイシスはおれのためにとても尽くしてくれている。

  おれが罪悪感を覚えてしまうほどにな……。


  「そうだ。だけど、彼女はきっと特別なんだ……。おれも初めて悪魔に会ったときは恐ろしかった。でも、悪魔といっても人間界で語られているような惨虐ざんぎゃくな者ばかりじゃないんだ」


  ネルはおれの話を静かに聞いてくれている。


  「昔、おれの暮らしていた村に魔界から魔族がやってきた。おれとサラ以外、全員殺されたよ……。それで、サラも危険な状況だった。おれも魔族と戦ってみたんだけど歯が立たなかった。もう、みんな死ぬしかないって思ったんだ」


  「でも、どうしてもサラだけは助けたかった……。当時から召喚術師として悪魔を召喚できる自信はあったんだ。それでおれの自分の命を代価にサラを救ってもらおうとして悪魔を召喚した……。結果、サラは助かり、おれは悪魔たちと生活しているってわけなんだ」


  おれはネルに語り続ける。


  あの日の悲しい出来事を……。

  あの運命が大きく変わってしまった夜のことを……。


  ネルは静かにおれの側で頷いていた。


  「話してくれてありがと……。私、何も知らないで酷いこと言ってた。ごめん……」


  ネルがおれに謝ってくる。


  何のことだろう?

  さっきの学校での口論についてだろうが、頭に血が上っていたせいか覚えていない。


  「いいよ。知らなかったことだし、気にしてないから」


  ネルの立場からしたら、いつも食堂のお姉さんとして働いていた人が世界を滅ぼせる悪魔だったんだ。

  それに人間界で語られている悪魔の性格を考えば怖がるのもよくわかる。

  召喚されただけで召喚主を殺すんだものな。


  前世で例えればなんだろうな。

  行きつけのパン屋のお姉さんが実は気分次第で世界を滅ぼす核のスイッチを押すサイコパスだったみたいな?


  うーん、何か違う気もする。

  それに、この例はなんか別の意味で怖いな……。


  まぁ、ネルが何か言ったのかもしれないがおれは気にしてはいない。



  そして、サラの無事を祈って待っていたおれたちの前にアイシスが現れる。

  ちゃんとおれたちが倉庫の中にいるということをわかってくれていたらしい。


  「アイシス! どうだったんだ!?」


  アイシスがサラを連れ帰ってきていない時点で多少落ち込みはした。

  だが、何か情報を手に入れたのではないかと期待する。


  「残念ながらセアラ様の魔力は感じられませんでした……」


  やはり、ここにはいないのか……。


  だとしたらこれから王派閥の貴族の私有地を探していかないとなのか。

  何か貴族たちの情報はわかったのだろうか?


  「そして、王派閥の貴族たちですが彼らも一人もおりませんでした……」


  はっ?


  「今この王城には護衛や召使いの者以外ほとんどおりませんでした」


  嘘だろ……。

  そんなバカな。


  父さんの話では昨日の武闘会の後、この王城では各国からきた要人たちをもてなすパーティーが開かれたという。

  それには父さんを含め、多くの貴族たちが参加していたはず。

  それが一日経っただけでからになるものなのか?


  何かがおかしい……。

  絶対に何かあるはずだ。


  「アイシス、サラの魔力が見つからなかっただけで、サラが見つからなかったわけじゃないんだよな?」


  おれはアイシスに疑問をぶつけてみる。


  「はい……。流石にこの王城を隈なく捜索するのは短時間では不可能なので」


  「サラの魔力を消す、もしくは隠す魔法とかはあるのか? 十傑クラスの悪魔ならそれくらいできるんじゃないか?」


  おれはこの状況に納得ができず、アイシスに問いかける。


  「自身の魔力を隠すならまだしも、他者の魔力を隠すという魔法は聞いたことがありません。もし、そのように見せかけるとしたら十傑自身が圧倒的な魔力を使ってセアラ様の魔力を隠すか、もしくは……」


  どうやらそんな魔法はないらしい。

  だが、アイシスの言葉が気になる。


  「もしくはなんだ?」


  おれはアイシスが何を言おうとしたのか問い詰める。

  もしかしたらサラを探すヒントになるかもしれないと思って。



  「もしくは……セアラ様の息の根を止めるかです……」



  クソッ……ダメだ!

  何の解決にもならない!


  「仮に、そのような魔法を使える存在がいたとしたら我々に勝ち目などありません。《天雷の悪魔》でさえ、そのような魔法を使うのは不可能でしょう。ここにはいないと考える方が合理的です」


  ちくしょう……。

  これからどうしたらいいんだ。


  王派閥の貴族が何人いるのかおれは知らないが、誰一人王城にいないということは全員にサラを誘拐したという疑いがあるということ。

  いや、何も貴族様本人がサラを連れ去った現場に出向いている必要はないのだ。

  誘拐を指示した貴族本人はアリバイを作るため、後で始末する使い捨ての手下がサラを誘拐して監禁しているのかもしれない。

  最初からこの作戦は無謀なものだったんだ……。


  「ねぇ、つまり今は王城の中はガラガラってことなんでしょ? 何か情報が掴めるかもしれないし行ってみない?」


  ネルがこう提案する。


  それぞれの貴族が持つ私有地を一つひとつしらみつぶしに見ていくのはどうしても時間がかかってしまう。

  その間、サラが安全が約束されているわけでもない。


  だからといって、アイシスが何も情報を掴めなかった王城をおれたちで再び調べるのも無意味に感じはする。


  普段のおれならネルの言葉に即反対していただろう。

  だが、おれが感じた違和感を自分の目で見てみたいと思ってしまった。


  あれだけの王国を挙げてのイベントの後に、誰も貴族がいないなんて明らかにこの王城で何かが起きている。

  サラの誘拐もこれに関連しているのではないかと思ったのだ。


  「少しだけでいい。おれたちにも中を見せて欲しい」


  おれはアイシスにお願いをする。

  王城の中にネルと一緒に連れて行って欲しいと。


  「かしこまりました」


  こうして、おれとネルはアイシスの転移魔法で王城内部へと向かったのだった……。




  ◇◇◇




  アベルたちがセアラの捜索のために王城へ踏み込んだ頃、時を同じくして国王ダリオスはとある場所で笑みを溢していた。


  「クックックッ……」


  全てがダリオスの想定通りに進んでいる。


  セアラという少女を連れ出すのに悪魔を利用することで彼女を無力化することができた。

  そこらへんの魔導師や冒険者に頼んだところで返り討ちに遭って終わってしまう。


  それに、フローグという教師が少女を呼び出した証言してくれる目撃者を作りだすことにも成功した。

  欲だけが強く、能のない役立たずだったが今日ここで役に立つこととなった。

  明日になればフローグの死体が見つかるであろう。

  誰も少女の消失事件でダリオスを疑ったりはしない。


  それに、悪魔が欲しがっている少年が少女を助けるためにこちらを探していると聞いた。

  ダリオスは今回の悪魔たちとの取引きとして少年を差し出してやろうと考えていたのだ。


  魔道具によって縛られて、逃げ出すことのできないセアラ。

  そして、それを見つめる国王ダリオス。

  彼は既に勝利を確信していた。


  「さぁ、ここまで辿たどり着いてくれよ」


  アベルがここまでやってくるのを期待しているダリオスであった。

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