132話 セアラという少女

  昔から一人になるのがきらいだった。

  一人というは怖いのだ。


  みんなわたしから離れていく。

  大好きな人たちがわたしを捨てていなくなる。


  一人になるとそんなことを考えてしまう。

  だからわたしは固執した。


  大好きなパパやママに。

  そして、大好きなアベルに……。



  わたしがこんな風に誰かに依存しているのは、もしかしたらのせいなのかもしれない……。



  とにかく、アベルが側にいてくれるだけでわたしは満たされた。

  孤独を感じることはなかったし、不安なことがあってもアベルがそれを忘れさせてくれた。


  わたしに残った最後の家族。

  そして、特別な想い人。


  今のわたしの生きる支えはアベルだけだった。


  だけど、彼は昔から立ち止まっている人ではなかった。


  常に何かに挑戦していて、いつも困っている人々を助けてきた。

  わたしはそんなアベルが好きだった。


  だけど、いつかアベルはわたしを置いてどこかへ行ってしまうのではないかと思うようにもなった……。



  昔、リノがわたしに話してくれた。


  アベルは何か重い運命を背負って戦っていると。

  そして、それは到底一人で背負い切れるものではないのだと……。


  わたしはその時、自分に誓った。



  ——わたしはアベルの支えになりたい——



  いつもアベルはわたしのことを考えて優しくしてくれる。

  だけど、いつまでもこんな関係じゃいけないの!


  アベルはアイシスやカシアスと上位悪魔と戦う準備を整えている。

  もしかしたら、わたしが知らないだけで他にも強大な敵と戦っているのかもしれない。

  この前だって、魔界から押し寄せてきた魔王クラスの強い魔族と戦ったようだった。


  アベルが苦しんでいた時、いつもわたしは蚊帳の外だった。

  わたしは守られるだけの対象であり、共に苦難を乗り越える仲間とアベルに思われていないことがつらかった。


  わたしだって、アベルの側で戦いたい。

  困っているアベルを助けてあげたい。


  だから、リノにお願いして強くなろうと決めた。

  わたしが強くなればアベルの支えることができる。

  アベルの側にもっといられる。



  リノとの特訓は楽なものではなかった。

  武術に体術、魔法に魔術、あらゆる資質を鍛え上げ、それに付随する知識も蓄えた。


  たいへんだったけど、リノが側にいてくれたことでなんとか乗り越えることができた。

  すべてはアベルの側にいるために……。


 

  そして、入学したカルア高等魔術学校。

  ようやくわたしにチャンスが訪れた。


  武闘会という生徒同士で競い合うイベントがもうすぐやってくると聞いたのだ。


  入試成績がトップだとか、Aクラスに入学できたとか、そんなのわたしにとって何の価値もないこと。

  わたしにとって価値のあることはアベルに認めてもらうことだけだった。


  武闘会で強くなったわたしをアベルに見てもらえれば……。

  いや、アベルと直接戦えばいいのだ!


  毎朝やっている模擬戦なんかじゃ話にならない。

  武闘会という大舞台でお互い真剣に勝負をするのだ!


  ここでなら、成長したわたしを間近で見てもらえる。

  もう、足手まといのわたしはいないのだとわかってもらえる。

  武闘会に向けてモチベーションが高まった。


  「ねぇ、ネルちゃん。ちょっと協力して欲しいことがあるんだけど……」


  わたしはアベルのクラスメイトであるネルに協力してもらい、アベルを武闘会の代表メンバーにする作戦に出た。


  そして、見事にその作戦は成功した。

  アベルは無事に代表メンバーに選ばれたのだった。


  王子からの好意を利用して順番をいじれる権利も手に入れた。

  あとはアベルのいるクラスと試合で当たるだけだ。


  そして、トーナメントで1年Fクラスは無事に勝ち上がってきた。


  アリエルが負けたのは誤算だったけど、1勝1敗となりアベルも間違いなく本気できてくれる。

  逆に嬉しい誤算だった。


  アベルが闇属性魔法を使えないのはわかっている。

  それで勝ったとしてもわたしの方がアベルより強いと証明できないのもわかっている。

  だけど、それでも十分だった。


  わたしの目的はアベルと共に戦えるほど強くなったと彼に知らしめること。

  それさえできれば武闘会の勝敗なんてどうでもいい。


  今、わたしは自分の持つすべてをさらけ出すだけ。

 


  「そろそろ終わりにしないか?」



  アベルがわたしに提案する。

  もうお互い息が苦しくなってきている。


  単純な魔力のぶつけ合いや剣術はもう披露ひろうした。


  「そうね……じゃあ、私の本気、見せちゃおうかな……」


  まだまだわたしには見せてない魔法がたくさんあった。

  切り札ともいえるものだって、まだ見せてない。


  「今まで本気じゃなかったのか……?」


  アベルは驚いたようにわたしに尋ねる。


  「これを見ればわかるわ!」


  わたしはアベルに向かって火属性魔法を発動する。

  ただの火撃ファイヤーバーストだ。


  一流の魔法使いなら誰でも使える魔法。

  だけど、威力が桁違いだった。


  わたしの手から撃ち出された紅蓮の炎は勢い激しくアベルに襲いかかる。


  「なっ!?」


  アベルは咄嗟に氷属性の防御魔法を使ったようだが、防ぎ切れない。

  その身は紅蓮の炎に包まれた。


  アベルは重症にならないうちに水属性魔法と回復魔法を使って状況を整える。

  だが、その目には確かにわたしに対する恐怖が宿っていた。


  「サラ……今のってまさか……」


  アベルは気づいたようだ。

  わたしの規格外の魔法の威力に。


  「そうよ。わたしもリノに頼んで補助サポートスキルを身に付けた。どう? 驚いた?」


  そうだ。

  アベルは補助スキルというものを習得していたらしい。

  アイシスからリノへの報告の中にあったのをわたしも聞いた。


  そこで、わたしもリノに補助スキルの習得をお願いしたのだ。

  より一層、強くなるために。


  「へぇ……そりゃ驚いたな。これがサラの本気ってわけか……。これはちょっとキツいな」


  アベルは苦しそうにそう話す。

  だけど、まだ彼はわかっていない。


  「さぁ、そろそろ終わりにしましょうか」


  もうすぐ試合は終わる。

  あれほど待ち焦がれた武闘会がわたしの勝利という形で——。

 

  試合が終わったらアベルに聞いてみよう。

  わたしがあなたの側にいるパートナーとしてふさわしいかどうか。

  共に戦う仲間として認めてくれるかどうか。



  さぁ、クライマックスだ!!

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