126話 アルゲーノ vs ケビン(1)

  「さぁ、先ほどの名勝負の決着に鳴り止まぬ歓声の中ですが、既に2番手であるケビン=フーリン選手 vs アルゲーノ=ルード選手の試合が始まろうとしています!!」



  1番手のネルは苦戦しながらも勝利してくれた。

  この1勝は本当に大きい。


  そしてどこかでもう1勝必要であるとき、おれ対ナルシスト王子の戦いで勝つのが確実だと思っていた。

  ナルシスト王子は3番手に来ると思っていたからな。


  武闘会の暗黙の了解として3番手にエースを持ってくるというルールがある。

  まぁ、1回戦の相手みたいにエースらしきやつを2番手で持ってくる所もあるみたいだけどな。


  これは武闘会が国民たちに向けた一種のパフォーマンスであるという面も持ち合わせているからだ。

  やはり1勝1敗のまま一番強いやつ同士が最後に戦う方が盛り上がるからな。

  もしかしたら、2勝した時点で試合を終えず互いの了承があれば3番手同士が戦うルールがあるのはこのパフォーマンスのためかもしれない。


  つまり、王子であるアルゲーノは中等部主席という実力と王国の王子である面子メンツからエースである3番手に来ると踏んでいた。

  悪いけどアルゲーノ相手におれは負けるつもりはないからな。

  だが、3番手がサラというと話は違ってくる。


  おれは世界の重役たちも集まる2万人もの観客がいるこの大舞台で闇属性魔法は使えない。

  召喚術師として精霊を召喚することはできるがサラ相手に精霊たちがまともに戦えるとは思えない。

  また、悪魔を呼ぶなんて論外だ。

  火属性魔法と氷属性魔法を主体にサラと戦うのは正直つらい。


  だが、ケビンにとっては悪くない選択肢かもしれないな。

  ケビンがサラに勝つことなど100パーセント不可能だろう。

  その点アルゲーノ相手なら勝算がある。


  この武闘会の目的の一つにはケビンが近衛騎士団のスカウトの目に留まるというのがある。

  サラが相手では活躍所など一切なく一方的に負けてしまうだろうがアルゲーノ相手ならそれも変わってくる。

  魔法剣士相手に厳しいのはわかっているが頑張ってくれケビン!


  「おい、どうしてアルゲーノ様が2番手なんだ? アルゲーノ様は絶対に3番手だろ!」


  「じゃあ3番手はあのベンチにいる青髪の女だっていうのか? いくら外部入試トップっていってもそこはアルゲーノ様だろ!」


  観客たちもアルゲーノが2番手に出て来ることに不満があるやつらが多いみたいだ。


  ネルから聞いた話ではアルゲーノは国民たちの中では優秀で聡明な王子という印象が根付いているらしい。

  だがその実態は能力主義で人間至上主義、女たらしでワガママな自己中ナルシストのようだ。


  うん、是非国民の皆さまたちに『魔術学校初潜入! アルゲーノ様の学校での一日』というドキュメンタリー番組を作って見せてあげたいぜ。

  おれはこんな素敵な王子様を国民たちにより一層知ってもらいたいという思いからそう思うのであった。




  ◇◇◇




  「まさか、お前がおれの武闘会デビューの相手だとはな」


  アルゲーノは目の前にやってきたケビンに声をかける。

  彼にとってケビンは強い思い入れがある獣人だからだ。


  「どうも。おれとしてはアンタと戦ってみたかったからな。この場で会えて嬉しいですよ」


  ケビンは少し微笑み嬉しそうにアルゲーノに告げる。

  だが、アルゲーノはケビンのこの態度が気に食わなかったようだ。


  「舐めた口を叩くなクソが! てめぇのせいでおれは謹慎処分を受けて親父に……」


  アルゲーノは顔を歪めて歯を食い縛りケビンをにらみつける。


  「一応、この場ではおれもお前も一人の選手として平等だ。だが、実力は対等でないと知れ! この場でお前を存分に叩きのめしてやろう。せいぜい無様な姿を国民たちにさらさない努力をしてみるんだな!」


  アルゲーノの過激な発言にハリスが思わず止めに入る。


  「もうすぐ準備が整います。二人とも所定の位置に着いていてください」


  「はい、わかりましたハリス様」


  これに対して二人ともハリスの言うことを聞き試合がはじまるのを待つのであった。




  ◇◇◇




  「みなさん、紹介しなくとも知っているとは思いますが一応紹介しましょう! 1年Aクラスの代表はカルア王国における王子、アルゲーノ選手です!!」



  ウォォォォォォォオ!!!!!



  「アルゲーノ選手は魔法にも剣術にも優れる天才です! そして、中等部は堂々の主席で卒業! まさに次期国王としてふさわしいだけの実力の持ち主なのです!!」



  国王に必要なのは武力よりも知力だったりコミュりょくだったりする気がするんだけどな。


  おれは実況の言葉を聞いてふと思った。

  まぁ、だからこそ今の王国は落ち目にあるのかもしれないが……。



  「1回戦でケビン選手が見せてくれた能力強化アビリティエンハンスからの速攻。これに魔法剣士であるアルゲーノ選手がどう対応するのか注目ですね」


  解説の女が試合の展開を少しばかり予想してみる。


  まぁ、おれとしてもアルゲーノが相手だった場合の作戦はケビンに全て任せている。

  おれもどういう試合になるのかわからん。


  アドバイスはしたがケビンにとって因縁のある相手だ。

  自分の手で勝利を勝ち取りたいという気持ちも大きいのだろう。


  そして、戦いの時は来た。



  「試合開始!!!!」



  ハリスさんのかけ声とともに二人の試合がはじまる。



  「さあ、いよいよ始まりました! ケビン選手 vs アルゲーノ選手! もしもケビン選手が勝つようなことがあれば1年Fクラスの勝利は確定! 武闘会の2日目へと、そしてベスト8へと駒を進めることになります!!」



  試合開始早々、ケビンは能力強化アビリティエンハンスを発動する。

  これは攻撃魔法の威力が落ちる代わりに肉体能力を向上させる魔法だ。

  攻撃魔法を使わないケビンにとってはメリットしか働かない。


  「悪いが速攻で終わらせてもらうぜ!」


  ケビンはその研ぎ澄まされた身体能力で加速を続けアルゲーノへと迫る。


  「おぉぉっと! ケビン選手、速い! 速すぎる!!」


  そして、みるみるうちにアルゲーノとの距離を詰める。


  しかし、彼の顔には余裕があった。

  迫りくるケビンをまるで脅威としていない様は不気味にさえ感じさせた。


  そして、ケビンの鋭い刃がアルゲーノに襲いかかろうとしたときだった。


  『土の壁アースウォール!!』


  アルゲーノの周りに土の壁が一面に現れる。

  それは彼自身を覆う球体の土の要塞。


  ケビンが全身全霊をかけて振るった剣はその土の要塞に弾かれしまった。


  ケビンは一度距離を取る。

  そして、勢いをつけてもう一度挑む。


  しかし、結果は変わらずにアルゲーノの防御魔法を突破することはできなかった。


  「くそっ……」


  ケビンはもう一度距離を取って様子を伺う。

  どうにかしてこの防御魔法を突破できる方法はないのかと。


  すると、球体の一部である前面が少しだけ土が崩れ、アルゲーノが顔を見せる。

  そして、高らかに笑い声をあげる。


  「ハッハッハッ! おいおい、その程度か獣人野郎! そんなショボい魔力しかないからお前らの先祖も役立たずだって笑われんだよ! あぁー、逆に役立たずの末裔だからお前もその程度なのか」


  ケビンはこの挑発に頭にきたようだ。

  一瞬冷静さを失ってアルゲーノに向かい突進する。


  しかし、アルゲーノはケビンが来る前に再び防御魔法を全面展開して自分を守る。

  ケビンは防御魔法に弾かれ地面に転がった。



  「おぉぉっと! これはアルゲーノ選手の防御魔法が完全にケビン選手を抑えています! ケビン選手、手も足も出ません!!」



  ケビンの魔力量ではアルゲーノの防御魔法を突破することはできない。

  能力強化アビリティエンハンスを使って攻撃力を上げてもまだ足りないなんてマジかよ。


  アリエルにしてもそうだが、アルゲーノもネルに聞いていた以上の実力だ。

  中等部時代からそれほど成長したということか。



  「ケビン選手の勝利はその身体能力と剣術による速攻の奇襲ですからね。1回戦の時にはそのスピードで相手の背後に回ることで奇襲に成功しましたが、アルゲーノ選手はどうやらそれに対策してきたようですね」



  解説の女がケビンの作戦を説明してくれる。


  そうだ、1回戦の時のように正面から向かい合って戦ってくれる相手ならば、その攻撃をかわしながら敵の隙を突き、盲点から現れて襲撃できる。

  しかし、今のように360度全域、しかも上からの攻撃も防ぐように球状に防御魔法を張られては攻撃のしようない。


  しかも普通の相手ならまだしも、アルゲーノほどの魔力を持った相手の防御魔法となってしまうとケビンに突破するのは不可能だ。

  これは完全にやられた。


  クソッ!

  1回戦にあの奇襲を見せたのは失敗だったか?



  時間が経過したことによってケビンの能力強化アビリティエンハンスの時間が切れる。

  そして、それを見越したかのようにアルゲーノも防御魔法を解く。


  「おやおや、なんだか苦しそうだなおい。楽にしてやろうか?」

 

  アルゲーノはにやにやと笑いながら身体能力が元に戻ったケビンに攻撃魔法を放つ。


  炎の弾丸、氷塊、土の刃とあらゆる攻撃がケビンを襲う。



  ウォォォォォォォオ!!!!!



  アルゲーノの豪勢なこの魔法攻撃に観客たちも盛り上がる。

  人間であるアルゲーノがハーフエルフである天才魔法使いアリエルにも引けを取らない魔法を扱えるというのは国民たちからしてもとても誇りに思うことなのだ。


  ケビンは連続で襲いかかる攻撃魔法をかわせないと判断する。

  そして、再び能力強化アビリティエンハンスを使用して攻撃を全て避け切る。


  ケビンは魔法使いではない。

  今日は既に2試合目ということ、そして既に二度目ということもあってか能力強化アビリティエンハンスの効果は先ほどより薄いものとなってしまった。


  しかし、それでもケビンはアルゲーノの魔法は全て防いだ。

  そして、再び攻撃に移る。


  ケビンはその二本の足で地を駆け抜け、アルゲーノのもとへ一直線に進む。

  そして、完全に彼の首元を捉えたと思ったときだった。


  アルゲーノの周りを再び土の要塞が囲う。

  ケビンの剣は弾かれ、彼自身も地に尻をつくあり様。

  アルゲーノが持つ壁はケビンには越えられなかった。


  ケビンは落ちた剣を拾い、土の要塞に改めて対峙する。

  しかし、全く突破できる未来が見えない。

  何をしても越えられる気がしない。

  ケビンの心は完全に折れかかっていた。


  「ハッハッハッ。みじめだなぁ、おい。いくらお前如きが努力をしようと圧倒的な才能の差は埋められないんだよ! 大人しく村へ帰れ獣人がぁ!」


  圧倒的強者であるアルゲーノの言葉。

  ケビンはここで現実を見た。


  戦う前は勝てるかもしれないと思っていた。

  戦いはじめた直後はもしかしたら勝てないんじゃないかと思った。

  そして今、完全に勝てないと思った。


  ケビンの瞳に絶望が見えはじめた時だった。



  「ケビン、諦めるな! あんた自分の立てた夢を忘れたの!」



  ネルがベンチからかけ声をかける。

  それに、ネルだけではなかった。


  「お前はおれたち最強の剣士なんだ! そんな壁ブチ破れ!!」


  「ケビン、あなたならできるわ!!」


  「ケビンくん、がんばってーー!!」


  応援席からクラスメイトたちの声援も送られる。


  「ケビン、お前らしくないぞ!」


  おれもケビンに声をかける。

  きっと、きっとまだ何か方法があるはずだ。

  アルゲーノを打ち破る方法が、チャンスだけでも訪れるはずだ。


  仲間からの声援を聞き、ケビンは不思議な気持ちになった。

  そして、不思議とその瞳から絶望もかき消えていた。


  「おれは、まだやれるぞ!!」


  こうして、ケビンはアルゲーノに向かってまた突き進むのであった。




  ◇◇◇




  そして、30分ほど経ったのだろうか。

  ケビンとアルゲーノの戦いはいまだに続いていた。

  しかし、これが戦いと呼べるのかはわからない。


  アルゲーノは徹底した防御魔法でケビンの能力覚醒状態の攻撃を防いだ。

  そして、ケビンの魔法が切れるタイミングで防御魔法を解除して攻撃に移り変わる。

  しかし、ケビンがまた能力強化アビリティエンハンスを発動すると防御魔法の殻にもって一切の攻撃を受け付けない。


  魔力量にも圧倒的に差のある両者。

  ケビンの方は能力強化アビリティエンハンスの効力も弱くなっていき、全く攻撃が効かないという苦しい表情で戦っている中、アルゲーノは魔力にまだまだ余力を残し、余裕で涼しい顔で戦っていた。


  ちきしょう……こんな作戦があったのか!


  魔力も剣術もアルゲーノの方が圧倒的にケビンよりも優れている。

  それに対し、ケビンの方が優れているのは獣人であるという恵まれた身体能力だけ。


  しかし、その唯一であるアドバンテージでさえ全面に防御魔法を展開するという方法で防がれている。

  確かにいくら魔法や剣術が優れているとはいえ相手に攻撃が当たらないのでは意味がない。

  アルゲーノのこの戦術を批判することはおれにはできない。


  おれたちは、ただ衰弱していくことしかできないケビンを見守ることしかできないのであった……。

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