118話 武闘会開幕(2)

  おれたちは貴族のお偉いさんたちが集まるエリアへとやってきた。


  やはりここの客席は一般の方とは違って一席あたりのスペースも広いし、位置も試合場がよく見える場所に設置されている。

  一生徒であるおれがここのエリアに勝手に入るわけにもいかないので、おれは知り合いを見つけることにした。


  「セバスチャン!!」


  おれはヴェルダン家の執事であるセバスチャンを見つけて呼びかける。

  セバスチャンもおれに気づいて父さんと母さんにおれが来たことを告げる。


  そして、おれがこれ以上先に進めないことから二人がこちらへとやって来る。


  「おぉ、アベル! 悪いねここまで来てもらっちゃって」


  「そこにいる二人がクラス代表の子なのかしら?」


  父さんと母さんがおれに話しかける。


  「はい。こちらがケビンでこちらでネルです」


  おれは父さんと母さんに二人を紹介する。


  おれも一応は貴族の息子、こういう場での言葉づかいには気をつけないとな。


  「ご紹介に預かりました。ケビン=フーリンと申します」


  「ネル=ハイリースと申します。マルクス様とメリッサ様の御二人にお会いできて光栄です」


  二人は父さんたちに頭を下げて挨拶をする。


  そういえば二人のフルネームを聞いたのは初めてかもしれないな。


  「あらあら、そんなにかしこまらなくてもいいのよ」


  「二人のことはいつもアベルから聞いているよ。アベルと仲良くしてくれてありがとうね」


  なんだか両親と友だちが話すのって恥ずかしいな。

  しかも、普段のおれのことまでバラされるなんてなおさらだ。


  「アベルくんにはいつもお世話になっています。これほど素晴らしい友人に出会えたことは自分にとって生涯忘れることのできない宝になるでしょう」


  「私もアベルくんのおかげで学校生活を幸せに送れています。普段は優しく、困ったときは頼りになる素敵な友人です」


  おい、お前ら!

  絶対に普段そんなこと思ってないだろ。

  こんなときばかり調子いいことを言いやがって。


  「はっはっはっ、そうかそうか。アベルが学校で一人じゃないかと不安だったのだけど、二人がいてくれればわしも安心だな」


  「えぇ、本当に素敵な友人に恵まれてよかったわね、アベル」


  うーん、なんだかふに落ちないけど父さんと母さんは満足しているみたいだし良かったのか?


  「それじゃ、わしたちはこれから貴族同士のお付き合いというものがあるので失礼しよう。みんな、自分の持つ力を出し切って頑張るんだぞ」


  「えぇ、勝敗も大事だけれど、それ以上に自分の満足できるよう、後悔しないように頑張ってね」


  父さんと母さんがおれたちに激励の言葉を贈ってくれる。


  「「はい! ありがとうございます!!」」


  ケビンとネルが二人に感謝の言葉を述べる。


  「ありがとね。それじゃ、また後で!」


  おれは父さんたちに別れを告げて貴族エリアの観客席たちから立ち去った。


  「本当、お前の両親あってのお前って感じだな」


  「そうね、私もそう思う」


  父さんたちがいなくなったところで二人が話しはじめる。

  おれには二人の話す意味がよくわからない。


  「それってどういう意味だ?」


  思わずおれは尋ねてみる。


  「ふっ、わからないなら別にいいさ」


  なんだかモヤモヤとするけど……まぁ、いいとするか。


  こうしておれたちは自分たちの試合に向けてウォーミングアップや最後の調整をするためにサブアリーナである第2アリーナへと向かうのであった。




  ◇◇◇




  これは武闘会の開会式が終わったあとの1年Fクラスの教室での出来事。


  武闘会に参加する代表メンバーは各クラス3人。

  1年Fクラスの生徒は123人いるのでほとんどの生徒は武闘会に参加できない。

  いや、しようとすらしなかったのだ。


  そして、特に武闘会においてやることのない120人は自分たちの教室に集まってダラダラと過ごしていた。

  本来ならば代表選手に選ばれなかった彼らは武闘会の会場である第1アリーナの観客席にいるべきである。


  自分たちの仲間の勇姿を、そしてクラスの勝敗を見届けるためにも、どこのクラスでも代表選手に選ばれなかった者たちは観客席で応援するものである。

  それに、自分たちのクラスの試合のときは、代表選手と担任の教師たちがいるベンチの真上の『特別応援席』で応援することができる。

  ここは代表選手たちとの距離も近く、直接声をかけることができる特別な観客席なのだ。


  だが、今年の1年Fクラスはだれ一人として第1アリーナに行って代表選手たちを応援しようと思う者はいなかった。

  例え、それが自分たちのクラスの試合だとしてもだ。

  それはきっと、彼らが中等部時代に先輩たちであるFクラスが武闘会においてどのような扱いを受けてきたが3年間見てきたからだろう。


  武闘会におけるFクラスの立ち位置とは万年1回戦敗退。

  トーナメント戦において、いてもいなくても全く影響しない存在。

  『隠されたシード枠』と揶揄やゆされる存在だ。


  さらに、観客である国民たちは残酷であり保護者以外はみな3年Aクラスや2年Aクラスだけを目当てにやってくる。

  たまに3年Bクラスや1年Aクラスにも注目している者たちはいるが、Fクラスに注目する者などだれ一人としていない。


  Fクラスはこの武闘会においては対戦相手の引き立て役として綺麗に散ってくれることが望まれている。

  そのため、時には罵声が浴びせられ、時には誹謗中傷ひぼうちゅうしょうされ、完敗してようやく初めて喜ばれる。

  このことにFクラスが武闘会に出場する意味があるのだと毎年実感させられる出来事だ。


  彼ら1年Fクラスの生徒たちも中等部時代には上の観客席からFクラスに罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせる側だった。

  対戦相手の上位クラスの一方的な蹂躙じゅうりんを楽しんでいた。

  まさか、将来自分たちがFクラスに入学するとは思いもせずに……。


  会場に応援に行けば、嫌でも自分たちのクラスがとぼしめられている様を見せつけられる。

  2万人の声援が対戦相手を称え、2万人の罵声がこちらのクラスを責め立てる。

  まるで自分たちの存在が正義に成敗される悪であるかのように……。


  そんなことを知っているからこそ、Fクラスの者たちはだれ一人として特別応援席にも向かおうとしない。

  それは中等部時代にもFクラスの試合のとき、Fクラス側の特別応援席はガラガラだったのを見ているからだ。


  だからこそ、自分たちも同じようにわざわざ応援席には向かわないのだ。

  教室にいれば、かつて見た屈辱を自分たちが味合わなくて済むから……。


  「ほんと武闘会なんて退屈ね、ミーちゃん」


  教室に角に集まる1年Fクラスの女子たち。

  ミーちゃんと呼ばれたミラという獣人の少女を中心に女子たちは武闘会の悪口を言う。


  ミーちゃんことミラは少しおっちょこちょいで不器用な女の子だ。

  そんなミーちゃんを放っておけない女子たちが彼女を可愛がってグループを形成している。


  「あっ! 今日ならカフェめっちゃ空いてるんじゃない? みんなでいこうよ!」


  一人の女の子がそう提案する。


  「それいいね! いこういこう!」


  ミーちゃんのグループは固まって動き出す。

  ただ、その中心にいた少女は心ここにあらずといった様子だった。


  「ネルちゃん……」


  ミーちゃんと呼ばれた少女は、クラスの代表選手である一人の獣人の少女のことを密かに想っていた……。




  ◇◇◇




  ここは第1アリーナの入場ゲート。

  これからこの中を通って試合場へと向かうのだ。


  「ネル、気持ちは落ち着いているか?」


  こう話すのは精霊のライトだ。

  彼はこの2ヶ月ほど、ネルに付きっきりで特訓に協力してもらった。

  ドーベル先生に許可をもらって、ネルが住む寮に一緒に住まわせてもらってまでずっと彼女の側にいたのだ。

  ライトとしてもネルが本番である今日、緊張し過ぎて本領を発揮できないのか心配なのかもしれない。


  「ありがとね、ライト! でも、私は大丈夫よ」


  ネルは口ではこう言っているが少し顔の表情が固そうだ。

  正直、コミュ症のおれもこの大舞台の中で戦うのは怖すぎる。


  だって2万人だぜ?

  4万の瞳に見られるんだぜ?


  「覚悟が足りていないから緊張なんてするんだ。お前らは覚悟を持ってこれまで武闘会に取り組んできたはずだ。それともおれの勘違いだったか?」


  ケビンは全くこの状況に動じていないようだ。


  ちょ、ケビンさん。

  あんたかっこよすぎるよ!


  「そうね、覚悟ならできてるわ!」


  ネルの雰囲気が一気に変わる。

  その瞳には闘志が灯る。


  「お前はどうなんだ?」


  ケビンがおれに尋ねる。


  いや、どうって言われても……。


  「ふんっ、まあ安心してろ。おれとネルで2勝してくるからお前の出番はない。ベンチでお茶でも飲んでくつろいでおけ」


  これはケビンなりの喝入れなのだろうか?


  なんだか嬉しいような悲しいような複雑な気分だ。


  そして、実況の声がおれたちの所まで聞こえてくる。


  「勝負あったーーー!!! ルイス選手がサイモン選手を破って2勝1敗! 接戦の末、1年Cクラスが2年Eクラスに勝利しましたーー!!」


  どうやら第2試合が終わったようだ。

  おれたちの初戦は第3試合。

  つまり、この後すぐに試合なのだ。


  目の前の扉が開き、アリーナのコートから選手たちがやってくる。

  どうやら先ほど負けてしまった2年Eクラスのようだ。


  「ぐすんっ。ごめん……。おれが最後、倒れなかったら……」


  「お前のせいじゃないよ! お前はよくやってくれたよ! おれの判断が甘かったんだ。だから、あそこの攻撃を予測できずに……」


  「泣くなお前ら! 来年また挑戦しよう。だから、もう一年頑張ってみようぜ」


  泣きながら退場してくる選手たちと入れ替わるようにおれたちはアリーナに入場する。



  「さぁ、続きましての試合は本日3試合目! 1年Fクラス vs 2年Cクラスだぁぁぁあああ!!!」



  ウォォォォオオオオ!!!!


  頑張れ2C!

  Fクラスなんてぶっ潰せ!!


  お前ら下級生に上級生の力を見せつけてやれ!!

  2C! 2C! 2C!



  実況席からのアナウンスとともに観客たちの熱い雰囲気が伝わってくる。

  こりゃ、完全にアウェーだな。

  かわいい1年生を応援してくれてもいいだろうに。


  もうアップは済ませてある。

  すぐにでも試合に出られるぜ!


  そして、おれたちは代表選手のベンチへと向かう。


  試合場は精霊たちが防御魔法で結界を作って中で選手同士が戦う。

  ベンチはその結界の外に作られているのだ。

 

  ベンチに座るのはおれたち代表選手に担任の先生たち。

  主担任ドーベル先生に副担任カエラ先生たち七人だ。

  あと、特例で精霊のライトも座らせてもらえた。


  もちろん、向かい側の対戦相手である2年Cクラスのベンチにも代表選手や担任の教師たちが座る。

  そこにはおれの知っている教師がいた。


  「みなさん、最初の相手は1年Fクラスですよ〜! これはみなさんの魔法をアピールする絶好の機会です! いつも授業で使っている動く人形と同じですので思いっきりやっちゃってくださいね!!」


  カン高い声がこちらまで聞こえてくる。

  ニワトリづらのあのおっさん。

  おれが入試の実力試験のときにニワトリおじと呼んでいたクソ教師の一人だ。


  「あいつのクラスなのか……。これは嫌でも力が入りそうだな」


  ケビンもニワトリおじに気づいたようで彼をにらみつけている。

  ケビンもおれと同じ特別選抜の試験で入学してきたのだ。

  もしかしたら面接でニワトリおじにおれ同様嫌味を言われていたのかもしれないな。


  「じゃあ、まずは1番手の私が軽くひねってくるよ」


  ネルはニコニコと笑ってコートへと向かっていった。


  「さぁ、それでは第3試合の1年Fクラス vs 2年Cクラス! まずはネル=ハイリース選手 vs エメリヒ=ヴァイツゼッカー選手です!!」


  こうして特に問題もなく、ニワトリおじのいる2年Cクラスとの試合がはじまった。


  1番手はネルだ!

  さぁ、いってこい!!

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