113話 ツンデレケビン

  クラス代表として武闘会への参加が決まってしまった翌日、おれはいつものように授業を受けていた。

  座学はしっかりとノートを取り勉強して実技は適度な力を出して乗り切る。

  そんなおれの実技での授業の出来事だ。




  ◇◇◇




  これは剣術の実技の授業。

  おれはいつものようにネルと二人で模擬戦をしながら彼女にアドバイスをしていた。


  「今のところは一度距離を置いて体勢を立て直す方がいいと思うぞ。相手のレベル次第じゃ、隙を突かれて綺麗にカウンターでやられちゃうからな」


  おれの魔法で体勢を崩されながらも突き進んでくるネルにひと声かける。


  普段は全く感じないのだが彼女は勝負ごとになると負けん気が強い。

  模擬戦においてもどうにかおれに一発くらわそうと勇猛果敢にあの手この手で攻めてくるのだ。


  おれとしても真剣で戦っている以上、ネルの一刀を受けるわけにはいかない。

  ネルには悪いが容赦なくかわさせてもらっている。


  すると、ネルが不機嫌そうな顔になる。


  「あーー!! もう無理! アベル、ズルすぎるよ!」


  ネルはおれと1ヶ月以上戦っているのに一度もおれに攻撃を当てられていない。

  剣士として諦めずに努力してきたが遂に気持ちが切れてしまったのかもしれない。

  剣を置いて地面に座り込んでしまう。


  あれ、やめちゃうの?

  お前の剣士としてのプライドはその程度なのか!!


  おれが熱血教師だったら彼女にそう声をかけたかもしれない。

  だがおれとしてもやり過ぎた節はあるからそんなことは言えない。

  おれはネルが再びやる気になって立ち上がって立ち上がるのを待つしかないのだ。


  「あっ、ケビンじゃん!」


  ネルの言葉におれは反応する。


  いつもは授業中に一人鍛錬しているケビンがおれたちの方へと歩いてきた。

  いったいどうしたのだろうか?


  「その……おれにも教えてくれないか」


  ケビンはどこかバツが悪そうにおれに声をかける。


  これって、おれに言ってるんだよな?


  「別に構わないけど教えるって何を?」


  おれはケビンにそう伝える。

  すると、ケビンは言いづらそうにしながらも大きな声で叫んだ。


  「魔法の使い方と剣術をだ! おれに教えてくれ!」


  わぁお。

  おれはケビンの態度に驚いてしまう。


  「へぇ、あんたもやっと素直になったんだねー。いいぞー、ケビン! えらいぞー、ケビン!」


  ネルがケビンに近づいておもしろそうに彼の体をつんつんとつつく。


  「うるせぇ! おれに構うな!」


  ケビンは恥ずかしそうに顔を赤らめながらネルを振り払う。


  おいケビン、お前ツンデレだったのかよ……。


  おれの中で爽やかハンサムのいい男のイメージが遥か彼方へと消えてゆく。


  「こいつみたいにおれにも教えて欲しいんだ! 頼む!!」


  ケビンはネルをチラリと見ながらおれに頼み込む。


  別におれとしても断る理由はない。


  「あぁ、いいよ。一緒に強くなろうな!」


  おれはケビンにもネル同様に一緒に実技の授業を受けることを受け入れる。

  そんなおれたちを見てクラスメイトたちはまた噂をはじめる。



  「うそ……ケビンくんがアベルくんに頼み込んでる」


  「あぁ、あのクラス代表組か。まあ、おれたちに関わらないならいんじゃないか」


  「わたしもアベルくんにいろいろ教えてもらいたいなぁ……」


  「うそでしょミラ! あなた本気!?」



  クラスメイトたちからの視線を気にしていても良いことなどはない。


  こうしておれたちはケビンも含めて三人で授業に臨むことにした。

  おれはケビンに対してもアドバイスをしっかりとした。


  「攻撃が単調過ぎるしカウンターの警戒が甘い。距離の保ち方も雑だし、これじゃ魔法剣士を相手にはまったく戦えないぞ」


  おれは魔法を織り混ぜながらケビンを翻弄ほんろうしていく。


  きっと彼は魔法剣士との対戦経験がなかったのだろう。

  この短時間では驚くほどおれの攻撃に対応できるようになっていく。

  ネルの場合は中等部出身ということでおそらく魔法剣士とも戦ったことがあるみたいだったけど、ケビンの場合は地方の村落出身だからな。

  こればかりは経験を積んでいくしかないだろう。


  「クソッ……。負けられねぇ!」


  ケビンは諦めずにおれに向かってくる。

  だが、おれはケビンの剣を受け流して彼に魔法を当てる。

  もちろん手加減してだ。

  ケビンはおれの土属性魔法を受けて吹き飛ばされて転がった。


  あれれ、もうちょっと手加減した方がよかったかな?

  ケビン、すまん!


  「ちきしょう……やっぱおれも防御魔法くらい使えないと話にならないのか……」


  ケビンは特におれに怒ってる様子もなく冷静に自分の弱点を分析する。

  魔法があまり得意ではないケビンは防御魔法が今だに使えずにいるのだ。

  このままでは魔法使いや魔法剣士を相手にするのは難しいだろう。


  「そうね、今のままのあんたじゃ武闘会じゃ一勝もできないかもね」


  悔しそうにしているケビンに向けてネルは残酷な言葉を投げかける。


  おいおい、ケビンの沸点の低さを考えろよな?

  ケビンがブチ切れても知らないぞ……。


  「そんなことはわかってんだよ! でも、おれには魔法の才能なんてねぇーんだよ……」


  ケビンは拳で地面を叩きつけてそうなげく。


  「じゃあ、私たち放課後三人で武闘会に向けて特訓しない? ほら、ドーベル先生が代表選手は私に頼めば訓練場の部屋の鍵を借りられるって言ってたし!!」


  ネルがおれたち三人で放課後特訓をしようと提案する。

  そういえば、サラとの勉強会は武闘会が終わるまでは中止になったからな。

  放課後は空いている。


  「お前らと一緒にやる意味はあるのかよ? おれは一人でも何とかするつもりだ」


  ケビンがネルに告げる。


  確かにやれることといえば模擬戦くらいだろうしな。

  それならば授業中にやって、ケビンは一人で自主トレをしたいのかもしれない。


  するとネルはそんなケビンに対して答える。


  「もちろんよ! アベルは精霊術師なのよ? アベルにめちゃくちゃ強い精霊を召喚してもらって私たち防御魔法を教えてもらいましょ!!」


  おいおい、結局おれ頼みなのかよ……。

  でも、確かに授業でお世話になっている精霊たちはお世辞にも優秀かと言われたらそうとは言えない。

  おれが普段召喚している精霊たちの方が魔力も高いし、人に魔法を教えるのも得意だと思う。


  「ケビンさえ良ければおれが二人に合いそうな精霊を召喚するよ」


  おれはケビンにそう伝える。


  「ほんと!? やったー!!」


  おれの言葉を聞いたネルが一人で喜びだす。


  いやいや、一応おれはケビンに言っているんだよ?


  「お前に……頼んでもいいのか?」


  ケビンは申し訳なさそうにおれに尋ねる。


  「もちろん! おれたち友だちだろ?」


  そんな彼の質問におれは笑顔で答えた。


  「ありがとな……あと、お前は友だちじゃねぇ!」


  「またまたー、素直になれってツンデレケビン!」


  ネルがケビンをひやかす。


  なんだかんだこの三人でいるのは楽しいな。


  ふと、そんなことをおれは思っていた。


  そして、そんなおれたちを見つめる一人の獣人の女の子がいた。


  「いいなー、楽しそうだな……」




  ◇◇◇




  それは1年Aクラスの武闘会の代表選手が決まった日のこと。

  カルア王国の王城で会話する二人の親子がいた。


  「それで、お前も武闘会に出場することにしたのか?」


  こう話すのはカルア王国の現国王ダリオスだ。

  彼自身、かつてはカルア高等魔術学校に通い武闘会にも出場した経歴がある。

  そして、彼は二度の優勝を経験していた。


  「はい、父上殿。私もかつての父上殿のように武闘会で優勝をして、王家としての華々しい栄光を後世まで残したいです」


  こう話すのは1年Aクラスに所属するカルア王国の王子アルゲーノだ。

  彼はダリオスの息子であり、カルア中等魔術学校は主席で卒業して高等部のAクラスに入学した。

  その実力は確かにあるが、父であるダリオスや同年代の同校で生徒会長を務めるレイと比べるとどうしても劣っていた。


  「まぁ、私はお前にちっとも期待などしてはいない。王家の……いや、私の名を傷つけることだけはするなよ。この前の謹慎処分のようなことが次もあるのなら息子とあろうが殺すぞ」


  アルゲーノは父のこの言葉を聞いて震えた。

  この人は冗談でなく本気でそう考えていると感じているからだ。


  「はい……。父上殿には決してご迷惑はかけません」


  この言葉に対してダリオスが何も話さなかったのでアルゲーノはこの場から立ち去っていった。

  武闘会の件で父に呼ばれ、それについての説明は終わったからだ。

  これ以上不用意にこの場に残っていても父の機嫌は悪くなるだけなのだ。


  そして、一人になったダリオスの真横に不思議な影が現れる。


  「あいつはお前の息子なんだろ? 殺すなんて嘘だとしても言い過ぎじゃないのか」


  影はダリオスの先程の発言に対して指摘する。


  「あの出来損できそこないが息子であろうとなかろうと関係ない。おれの邪魔になるのなら殺すのみ。子どもなどいつでも作り直せるのだ」


  ダリオスは息子であるアルゲーノを出来損ないと表現し、場合によっては殺すと発言する。


  「クックッ……。ほんと人間とは醜いものだな」


  「うるさいぞ悪魔。目障りならばお前も殺す。おれだけだ……。おれだけがいればいいんだ! あとは替えの利くただの飾りでしかないんだからなぁ。ハッハッハッハハハ……」


  王城の閉ざされた一室で、一人の男の嘲笑の声が鳴り響く。

  まるでその笑い声は、この王国の破滅の未来を暗示するように——。

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