100話 サラとネル
「私がめんどくさいやつに絡まれていた間、あなたは女の子と楽しくいちゃいちゃしてたのね……」
「えっと……この子はただの友だちだよ!」
明らかに機嫌が悪いサラに対し、おれは浮気男が言いそうなセリフを言ってしまう。
自分で言ってみて思ったのだが、これを言ったところでどうにかなるとは到底思えない。
そして、サラは魔法を使って両手に炎を
あぁ、今のサラには何を言っても無駄だな……。
おれは完全に明らめて流れに身を任せることにする。
もうどうにでもなれ!
幸せの後に不幸はやってくるもの。
女の子のいい匂いに包まれた後は、燃えさかる炎に包まれるとしよう。
おれはそう覚悟を決めたときだった。
「あら! あなたの魔法すごいわね!?」
ネルはおれから離れてサラに近づく。
どうやらネルはサラの魔法に興味を持ったようだ。
「あぁぁん?」
サラはドスの効いた声で威嚇する。
セアラお姉さま、それは15歳の女の子が出す声ではないと思いますよ。
「それにアベルの知り合い? もしかして彼女さんとか?」
ネルはそんな今にも爆発しそうなサラに
ネルは命知らずだ。
だが、サラはネルの言葉を聞いて両手に纏う炎を弱める。
「べっ、べつに私はアベルの彼女じゃないわよ!」
「あら、そうなの? 私とってもお似合いだと思うんだけどな」
ネルは自然な声のトーンでそう告げるとサラに笑いかける。
すると、サラは完全に魔法を止めてネルに見つめる。
「それって……本気?」
おぉぉぉ!!
もしかしてネルはサラを鎮めるのに成功したのか?
すごい!
すご過ぎるよ!!
おれは10年以上自分には為し得なかったことをやってのけたネルに尊敬の眼差しを向ける。
「もちろんよ! これからアベルと食堂に行くんだけど、あなたも一緒にどう?」
「いや、私がアベルと二人でお昼に食堂へ行く約束をしてたんだけど……」
サラは約束はどうなっているんだと言いたそうな目でおれを見てくる。
いや、断れなかったんです。
ごめんなさい!
おれは心の中で精一杯謝罪をする。
すると、ネルは何かを察したようだった。
「もしかしてデートだったの? あら、それなら私はおじゃまかしら」
するとサラは焦ったように否定する。
「べっ、べつにこんなのデートじゃないわ! あぁ、もう……あなたも来ていいわよ」
そして、諦めたようにネルが同行するのを許可してくれた。
ネルは自分のペースに持ち込むのが上手い気がする。
おれもそうだったが、サラも彼女のペースに呑まれてしまったようだ。
「私はネルよ! アベルと一緒のFクラス。よろしくね! ちなみに獣人の中でもミケーネ族よ」
へぇ、獣人の中でもグループ分けみたいなのがあるのか。
「私はサラ。アベルの義理の姉で一年Aクラスよ。よろしく」
サラは疲れたように自己紹介をする。
確かにネルといると少しドタバタして疲れるかもな。
「うそ!? アベルのお姉さんだったの! それにAクラスって、えぇぇぇっ!!」
やはりネルはサラに興味深々のようだ。
さっきまでおれにベッタリだっただけに、少しだけさみしいな。
「そんなに大したことないわよ……。それより何で私にくっついてくるのよ!!」
ネルはサラに興味があり過ぎて今度はサラにくっついている。
サラも少し迷惑そうだ。
そうか、猫だから人懐っこいのか!?
おれは勝手にそう解釈する。
「そういえばおれが迎えに行くはずだったのに、どうしてサラがこっちに来たんだ?」
確かおれがAクラスに迎えに行くという話になっていたはずだ。
「はぁ……。めんどくさいやつに絡まれるのが嫌で逃げてきたのよ」
どうやらサラは新しいクラスで苦労しているらしい。
やっぱ外部進学というのはどこのクラスでも大変なのかもしれないな。
そんなこんなでドタバタとしながらもおれたち三人は食堂に向かうことにした。
どうやら全校生徒が2000人を超えるため食堂も複数存在するそうだ。
ネルが言うには、これらの食堂は庶民用と貴族用で分類されるらしい。
これは庶民たちを差別しているわけではなく、提供される食事の値段が違うために必然的に生徒たちが分かれてしまうからだ。
そして、おれたちは比較的に庶民が食べられる価格の食堂へと向かった。
◇◇◇
自由放課となったため生徒たちはみな帰宅したと思っていたのだが、どうやらその多くが食堂にいたようだ。
食堂は人で溢れかえっている。
それに食堂も広いな……。
数百人は座れそうなだけ席がある。
おれたちは列に並んで食事を買うことにした。
すると、列で前に並ぶ生徒たちの声が聞こえてくる。
「おい、あの新しいお姉さんめっちゃ可愛くないか?」
「ホントだよな! おれあのお姉さんと少しでも話したくて、これでもう二食目だよ」
「おれ、もう毎日ここの食堂に通うことにするよ」
どうやら話を聞いている限り、食堂で働くお姉さんがかわいいらしい。
しかも、毎日通ったり何食も食べてまで会いたいと思うほどのレベルだという。
きっとこいつらはおれの前世の世界いたらアイドルの握手会に何度何度も並ぶ分類のやつらなのだろう。
その情熱的な想い、おれは嫌いではない。
そして、おれもその食堂のアイドルとやらに興味が出てきた。
どんな女性なのだろうか……。
「あっ、あのAセットください! あと……お名前教えてください!!」
「はい、Aセットですね。それではあちらへどうぞ」
「あっ……お名前……」
どうやらモブ男Aくんは完全に玉砕したようだ。
「Bセットください! それと、仕事が終わる時間を教えてください!!」
「はい、Bセットですね。それではあちらへどうぞ」
続くモブ男Bくんも玉砕したようだ。
アイドルと言ってもファンへの対応は良くないらしい。
「クソ……でも、諦めてたまるものか!」
「きっと、1万回ダメだったとしてもその次は成功するかもしれない! おれも諦めないぞ!!」
モブ男たちのその執念におれは敬意を持とう。
きっと、こういう貪欲な者たちが魔術や剣術にも同じように情熱を注ぎ学問は発展してきたのだろう。
たぶんだけど……。
さて、いよいよおれの番だ!
さっきからずっと楽しみにしており、視界に入らないように前のやつの背中を見つめていた。
やっと食堂のお姉さんとご対面だ!!
おれは目の前にいる女性に目を向ける。
「えっ……」
おれは自分の目を疑った。
「ご注文は何になさいますか」
いや、そんなはずはない。
彼女がここにいるはずなんて……。
「あら、アイシスじゃない。何でここにいるの?」
おれの後ろに並んでいたサラが声をかける。
そうだ、おれの目の前には食堂のエプロンをかけた上位悪魔アイシスが注文を取っていたのだ。
「アベル様のいらっしゃる所に私がいるのは至極当たり前のことです。ハリス様にお願いしたらここで働かせてくれました」
ハリスさーーーーん!!
なんて事をしてくれてんだよ!
せっかく保護者的なポジションがいない生活が始まったと思ったのにアイシスが学校内にいるなんて聞いてないぞ!?
アイシスのことだ。
きっと、姿を隠しておれの授業風景も見るに違いない。
毎日が授業参観とかやめてくれよ!!
「あら、アベルの家のメイドさんだったりするの? やっぱり貴族は体制が違うね」
ネルは楽しそうに笑っている。
いやいや、貴族でも学校に執事やメイドは送り込まないよね?
おれが異世界の常識を知らないだけなのか……。
「ご注文は何になさいますか」
相変わらず淡々とした口調でアイシスはおれに語りかける。
普通に業務をこなしていやがる。
「じゃあ、Aセットで」
「アベル様の好みはBセットだと思いますがよろしいでしょうか?」
アイシスは二年間おれと過ごしてきたし、食事を作ってもらったことも数え切れないほどある。
おれの好みを知っているのも納得はできる。
だが、このシチュエーションはとてつもなく恥ずかしい。
なんだか過保護な親からいつまでも独立できていない気分だ。
「いや、Aセットでいい!」
おれは反発してAセットを頼む。
Aセットが何かは知らないが別に構わない。
「では、あちらへどうぞ」
おれはお金を渡し案内された方へ食事を取りに向かったのだった。
◇◇◇
こうして学校生活初日は色々と驚きの連続だったが何とか乗り切ることができた。
ネルという友だちもできたし、クラスでぼっちになることはなさそうだ。
サラも話すうちにネルと意気投合する部分もあったようで明日からもお昼は三人で食べる約束をした。
ちなみに、おれが頼んだAセットは魚料理でネルが頼んだBセットは肉料理だった。
ネルが食べている肉をずっとおいしそうだと思いながら魚を食べていたのはだれにも言わないで秘密にしておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます