95話 それぞれの疑問(2)
「よかったら教えてくれませんか。私のことを、そして『次期精霊王候補』という存在について」
ハリスさんは真剣な眼差しでアイシスに頼み込む。
そして、彼女もそれに応える。
「はい。では、どこからお話しましょうか」
次期精霊王候補か……。
二日前にカインズと交戦したときに彼が発した言葉の一つだ。
アイシスはどうやら話してくれるらしいけど、おれはこの場にいていいのだろうか?
聞きたい気持ちはあるけれど、二人きりにしてあげた方がいいのかな。
そんなことを悩んでいるとアイシスが話し出してしまった。
「精霊体である三種族の中で、スキル所持数や魔力量で考えると最も恵まれていない種族は精霊です。種族としての個体数は多いですが、そのほとんどが魔界では生きていけずに下界で暮らしています」
精霊体の三種族とは天使、悪魔、精霊のことだ。
そして、アイシスの話では精霊とはその中で不遇な境遇を持つ存在らしい。
「しかし、魔界でも精霊がいないというわけではありません。魔界にも精霊の魔王が一人おり、そのお方が治める精霊だけが暮らす国家が存在するのです。そして、その魔王こそ『精霊王』と呼ばれる存在——魔王ゼシウス様なのです」
どうやら精霊王というのは魔界にいる魔王の一人のようだ。
つまり、単純に考えて『次期精霊王候補』とは、今の魔王が引退したら代わりに魔王になるってことなのかな?
「では、私は魔界で精霊王として精霊たちを導く存在になるべき者だったのですか?」
ハリスさんがアイシスに尋ねる。
そうだよな。
精霊の中で唯一の魔王であるのなら弱肉強食の魔界で立場の弱い精霊たちを導く存在でなければならないのだろう。
その点、ハリスさんならできるとおれは思う。
昨日ハリスさんと
カインズほどではなかったがハリスさんの魔力も十分にすごかった。
きっと、ハリスさんなら魔王となって精霊たちを導けると思う。
だが、現実にはそれは無理な話だそうだ。
「いいえ、ハリス様が魔王になれる可能性は残念ながらゼロに近いのです……」
アイシスは言いにくそうにしながらも、そう話した。
ん……?
話が見えないぞ。
だとしたら、なぜハリスさんは『次期精霊王候補』と呼ばれているんだ?
「でしょうね……」
ハリスさんは落ち着いた声でそう話す。
どうやらハリスさんはわかっていたようだ。
いったいどういうことなんだ?
おれにはさっぱり理解ができない。
そして、アイシスは話を続ける。
「ハリス様ご自身もお分かりのように、『魔王』スキルがなければ魔王にはなれません。現在、精霊たちの中で『魔王』スキルを持つ者は精霊王ゼシウス様を除いて一人もいません。それはハリス様の前世もまた同様のことでした」
そうか!?
魔王となるためには『魔王』スキルが必要だったのだ!
カインズも魔王になりたがっていたが『魔王』スキルを持っていないために魔王になれないと言っていた。
それでカインズは『魔王』スキルに頼らないで魔王になる方法を探していると……。
そうか、ハリスさんを含めて精霊たちは『魔王』スキルを持っていないんだな。
「ここからは魔界でも限られた一部の者しか知らないことです」
アイシスは極秘の情報を話し出す。
「もう千年以上前から、精霊王ゼシウス様は御自身がいつまで魔王として魔界に君臨できるのかと不安に思っていました」
「精霊といえども寿命がありますし、争いが絶えない魔界ではもしものことがあって命を落とすかもしれません。そうすると、魔界に暮らす精霊たちはより所を失い存続の危機に陥ってしまいます」
今の精霊王を除いて『魔王』スキルを持っていないということはそういう危機に繋がってしまうのか。
でも、解決案はあるのか?
おれはどうすることもできない気がする。
「そこで魔王ゼシウス様はいつしか『魔王』スキルがなくても魔王になれる日が来ると信じて『次期精霊王候補』として数人の精霊たちを育て始めたのです」
なるほどな。
次期精霊王候補の存在の目的や成り立ちはよくわかった。
だが、カインズも言っていたが『魔王』スキルに頼らないで魔王になる方法などあるのか?
おれはあまりにも現実を見ていない策だと思うのだが……。
「私はそのとき、精霊王ゼシウス様という方に選ばれた一人なのですね。しかし、本当に『魔王』スキルがなくても魔王になれる日が来るとその方は思ってらっしゃるのですか?」
ハリスさんもおれと同じ意見を持っているようだ。
いくらなんでもそれは希望的観測からの行動ではないのか?
「おそらく不可能でしょう。現にゼシウス様は千年以上試行錯誤されていますが、いまだに魔王となる手段は見つかっていません」
ほらな。
やっぱりそれは不可能なことなのだろう。
おれは心の中でそう思った。
だが、アイシスは言葉を続ける。
「しかし、正確には魔王になる必要はないのです。魔界にいる精霊たちを守ることさえできれば良いのです」
うん。
確かにアイシスの言う通りだ。
精霊たちを守るのが目的であって、魔王という存在はそれを達成するための手段でしかないのだ。
おれはアイシスの言葉に耳を傾けて話を聞く。
「《原初の魔王》——魔界に誕生した最初の魔王であり、かつて魔界に『魔王』スキルを持つ者にのみが扱える魔道具を広めた魔王です」
確か、その魔道具というのは《結界魔法》という国家を覆う結界を張れる魔法を使えるやつだ。
その結界内であれば、敵の転移魔法を阻害することができるのだ。
これによって魔王は民たちを守れるんだったな。
「そして、《原初の魔王》には別の呼び名があるのです。それが『初代精霊王』——」
《原初の魔王》が『初代精霊王』?
——ということは《原初の魔王》、つまり魔界で最初の魔王は精霊だったっていうことか?
っていうか、アイシスはどんだけ魔界の極秘情報を持っているんだよ。
優秀だとは思っていたが、本当にすごすぎないか?
「なるほど。それでカインズは私を狙ってきたのですね」
ハリスさんが真剣な顔つきでアイシスを見る。
いや、ちょっと待ってくださいよ!
どういう流れでそういう結論になるんですか?
おれはハリスさんの思考についていけないでいた。
「はい……。おそらく、カインズにその情報を漏らした者がいると思われます。そのために、ハリス様が……」
アイシスもハリスさんと同じレベルで会話をしている。
うん、おれは置いてきぼりですね。
「あの……。どうして《原初の魔王》が『初代精霊王』だとカインズがハリスさんを狙うことになるんですか?」
おれは恥を忍んで二人に質問をする。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ!
すると、アイシスが答えてくれる。
「説明不足で申し訳ありません。アベル様がお疲れだと忘れており、いつものアベル様の優れた思考力を……」
アイシスが何か言っているがこいつはワザとなのかと思うくらいおれの心をえぐる発言をしてくる。
いい加減におれのスペックを理解して欲しい。
そして、しばらくおれのフォローと自分の過ちを話し終わると、やっと説明がはじまる。
「『初代精霊王』が《原初の魔王》であるということは、特殊な魔道具を作り出すことができる精霊が存在するということです。かつて彼は《結界魔法》を発動できる魔道具を作り出しましたが、他にも優れた国民たちを守れる魔道具を作れるかもしれません」
アイシスの言う通り、《原初の魔王》にはすごい魔道具が作れるの可能性があるのは確かだ。
だが、それがカインズの襲撃とどう繋がるのだ?
「そんな『初代精霊王』はもう亡くなっているはずですが精霊として再び転生しているはずです。そして、魔界で精霊の国家を治める現精霊王である魔王ゼシウス様は転生した『初代精霊王』と接点がある可能性があるのです」
まぁ、精霊体は記憶を失って転生するって言ってたし、魔界で唯一の精霊の国家を持つ精霊王様なら転生した初代の精霊王と出会っていてもおかしくないな。
「これがゼシウス様が『魔王』スキルに頼らずに魔王になれる日が来ると信じている理由なのです。自らも魔道具開発をしていますが、『初代精霊王』の転生者を探し、その協力をしてもらいたいのです」
なるほどな!
やっと現在の精霊王様が愚か者ではないということがわかった。
そういう経緯があるからこそ、来るべき日のために『次期精霊王候補』というのを育成していたんだな。
でも、もしも『初代精霊王』の転生者が見つかったのならそいつにもう一度魔王になってもらう方がいいんじゃないか?
まぁ、でもそうしない理由も何かあるのだろうな。
「そして、カインズ様はこの情報に踊らされたのでしょう……。『次期精霊王候補』をゼシウス様が育成していることにより、既に『魔王』スキルに頼らずに魔王となる方法を魔王ゼシウス様は見つけたと考えたのでしょう」
「これらの情報は魔界では一部の者しか知りません。自分の求める分野のわずかな情報に期待を膨らませてしまうのは誰しもあることです……」
そうか……。
カインズはそれで『次期精霊王候補』たちを狙っていたのか。
『魔王』スキルに頼らずに魔王になる方法が見つかったと思い込んで……。
「そういうことだったんだな……。だけど、なんでアイシスはこんなに魔界でもトップシークレットみたいな情報をいっぱい知っているんだ?」
おれはアイシスに疑問を尋ねてみる。
前にアイシスは悪魔は他の精霊体である天使や精霊とは仲良くないと言っていた。
それなのに精霊王には《様》付けだし、精霊王の国家の情報をたくさん知っている。
どうしてなのだろうか?
すると、アイシスは驚きの事実を話す。
「それはリノ様もハリス様と同様に『次期精霊王候補』の御一人だからです。私はリノ様から様々な情報を教えてもらいました。ちなみに、アベル様がご存知の精霊ティル様も『次期精霊王候補』の御一人ですよ」
えっ?
えぇぇぇぇっっっっ!?
リノとティルが『次期精霊王候補』?
おいおい、それは嘘だろう。
リノはわかる。
彼女もまたアイシス同様に優秀なできる精霊だからね。
だけど、ティルはないだろ。
「リノはわかるけどティルは嘘だろ? ハリスさんやリノと違って全く威厳を感じなかったぞ?」
おれはアイシスに軽い冗談も込めて言った。
だが、予想外の人物から指摘される。
「いいえ、ティルは優秀な精霊です! 誰よりも優しくて賢い精霊です! そして、勇敢で……彼女は私以上にリーダーとなるべき精霊です!!」
ハリスさんが初めておれに強い口調で話す。
その目は真剣なものでおれに訴えかけてきた。
「ごっ、ごめんなさい……。言い過ぎちゃいました。おれはティルと友だちだったけど、確かに優しかったし……勇敢でした」
そうだよな。
ティルは何だかんだで優しかった。
まだ小さかったおれの身体を心配してくれることがあった。
おれとサラがエルダルフと遭遇したとき、彼女はおれたちを逃そうとしてくれた。
それに、きっとカイル父さんやハンナ母さんを守るために戦ってくれたのだろう。
「すみません、私も強く言い過ぎました」
ハリスさんは申し訳なさそうにおれに謝る。
「いや、今のはおれが悪かったんですよ」
そっか、リノがハリスさんやティルと仲が良かったと言っていたのはそういうことだったのか。
そして、ハリスさんとティルはこの人間界で再び出会ったということだったんだな。
◇◇◇
この後もおれたちは雑談をして十分な休憩を取った後、再び復興活動の手伝いをした。
そして、日が暮れたことで作業は終わりにして、ハリスさんと別れてアイシスと二人きりになる。
このときアイシスに軽く怒られたのはまた別の話だ。
身体が回復しきっていないのに召喚魔法を二度も使うなんていけませんってね。
昨日の試験の内容はアイシスに黙っていたからな。
まぁ、その後おれはアイシスの転移魔法で家に帰らずにリノのところへ連れて行かれ、リノに特殊な回復魔法をかけてもらってから帰宅することができた。
そして、ちゃんとアイシスには心配かけてごめんって謝りました。
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