83話 家族の再会(2)

  「そちらの方々はお客様さまなの?」


  気品あふれる女性はおれたちを見ると父さんに尋ねる。


  彼女からしたら、アポもなく突然父さんが連れてきたおれたちを見て頭にクエスチョンマークが浮かんでいることだろう。

  彼女はおれたちを眺め、そして説明を求めるように再び視線を父さんに戻す。


  「メリッサ、この子が誰かわかるかい?」


  父さんはそう言っておれの背後にまわり、おれの肩に手をポンっと乗せる。

  おれはメリッサと呼ばれた女性を見つめ、そして彼女もおれを見つめることで視線が合う。


  数秒ほどだろうか?

  メリッサさんが何かに気づいたように顔の表情に驚きが現れ、そして声がこぼれる。


  「うそ……。もしかして……アベルなの?」


  おれのことをアベルと呼ぶメリッサさん。

  おれも自分の中の疑惑が確信に変わる。

  この人は……間違いなくおれの母さんだ。


  「はい……。ただいま帰りました、母さん」


  どうしてだろう。

  おれの瞳から涙がこぼれおちる。


  おれの記憶にあった母さんが確かにここにいる。

  それに、父さんもだ。


  2年間、ずっとおれは二度とは会えないと思いながらも、心のどこかではもしかしたらと思ってもいた。

  そんな二人が今おれの目の前にいるんだ。

  また、昔みたいに家族で暮らせるんだ。

  そう思うとおれは胸が熱くなってきた。


  母さんはゆっくり、ゆっくりとおれの方へ歩み寄るとおれの頬に手を触れる。

  ひんやりとした冷たい感覚がおれの肌に伝わる。

  こうして再び母さんと触れ合うことができたことには感慨深いものがある。


  「生きていてくれたのね……本当によかった……」


  母さんはそう言うとおれを抱きしめてくれた。

  おれも腕を回して母さんを抱きしめる。


  まだまだ子どもで小さいおれの体。

  それでも、母さんの背中に手をまわせるほどには大きくなった。


  「はい……確かに、ここにいますよ」


  おれと母さんは再会の喜びを分かち合った。

  母さんに抱きしめてもらえるなんて10年ぶりだろう。

  本当に……。


  「もしかして、そこにいるのはセアラちゃんなの?」


  母さんはおれの後ろにたたずむサラを見て声をかける。

  サラはおれたちの再会を見て瞳が潤んでいたようだった。


  「はい、おば様……」


  サラは涙がこぼれぬよう顔に手を当てて母さんに返事をする。


  「まぁ、二人とも……大きくなったのね。色々と、話を聞かせてちょうだい」


  母さんは嬉しそうにそう言うと、おれを離して肩に手をかける。


 そして、タイミングを見計らっていた父さんがおれたちに声をかける。


  「ここで話すものなんだし、部屋を移そうか」


  こうしておれたちは部屋を移動して、大きなテーブルに着いた。

  おれの右にはサラが、左にはアイシスが着席する。

  そして、おれの前には父さんと母さんが座った。


  「それでは、まずは何から話そうか?」


  父さんが話を切り出したが、10年ぶりに再会したこともあり何から話していいのかわからないようだ。


  それに、今回の再会には魔界の魔族の襲撃も絡んできている。

  父さんが悩んでしまうのも無理はない。


  「じゃあ、まずは二人の自己紹介と昔のことを話してよ。おれ、当時は赤ん坊だったから全然覚えてないんだよね」


  現在のおれには断片的な記憶しかない。

  だからこそ、まずは二人のことを詳しく知りたいと思った。


  「そうよね。アベルはまだ2歳だったものね」


  母さんは遠い過去を懐かしむかのように話す。


  「こほんっ。それでは、まずわしはマルクス=ヴェルダン。このカルア王国の貴族であり、この家のあるじだ。仕事では大臣の一人として外交に携わっている。ちなみに、七英雄様の末裔でもある」


  父さんが自己紹介をしてくれる。

  どうやら、ヴェルダンという姓らしい。

  ということは、おれはアベル=ヴェルダンだということか?


  「私はマルクスの妻のメリッサ=ヴェルダン。今はマルクスの補佐として仕事を支えているわ。私も七英雄様の末裔なのよ。ちなみに、マルクスよりも七英雄様の血は濃くて王家に近い血筋よ」


  そして、母さんも自己紹介をしてくれる。

  父さんだけでなく、母さんも七英雄の末裔だったらしい。


  しかも、母さんはフォルステリア最大の国家であるカルア王国の王家に近い血統だという。

  つまり、おれはなかなかのサラブレッドなのではないか?


  まぁ、でもそれが嬉しいかと言われればそんなに嬉しいわけでもないな。

  前世の記憶を上手く使えれば、おれが将来的に当主となって内政チートしてウハウハな展開になったりできるのかもしれない。

  貴族としての地位も上げ、政略的な結婚なんかで相手の女性も選びたい放題なのかもしれない。


  だが、おれには家族と仲間さえいてくれれば十分だとこの10数年の人生で実感したからな。

  特に喜ぶべきポイントではない。


  父さんと母さんと再び暮らせる。

  それだけでおれは満足だ!


  「それから昔のことだったわね……」


  母さんが重い雰囲気で話し出す。

  もしかして、あの事についてなのだろうか。


  「ごめん! あのとき、おれが悪魔を召喚したんだ。それは……覚えてるんだ。どうやって魔法を使ったのかはよくわからないけど、それで二人を傷つけてしまったことは覚えてる……」


  おれは忘れたい過去を思い出す。

  だけど、これは二人にはしっかりと話さなければならないと思った。

  おれが二人を傷つけたんだ……。


  「そうか……。やはりアベルがあの悪魔を召喚したのか」


  「でも……2歳だったアベルがどうやって?」


  二人はおれの言葉に困惑しているようだった。

  状況からして他に考えられないとわかっていても、親として信じたくないものがあったのかもしれない。

  だが、このことに関して二人に嘘をつくわけにはいかないと思ったのだ。


  「それで、二人はあの後どうしていたの?」


  おれは気になっていたことを二人に質問する。

  おれが最後に見た二人は、血だらけで倒れ動かなくなっていた。

  そこへ、カイル父さんとハンナ母さんがやってきたのだった。


  「あの後、わしらはハンナの手によって助かった。彼女は本当に一流の治癒術師だった。悪魔が消え去った直後、すぐに動くことはできなかったが、それでも一週間ほどでいつも通りに生活はできるようになった」


  どうやら二人は駆けつけたハンナ母さんの手によって助かったそうだ。

  本当によかった。

  ありがとうハンナ母さん。


  「ハンナには本当に感謝しているわ。今度直接会ったときに改めてお礼をしないとね」


  母さんが口にした何気ない一言がおれたちに突き刺さる。

  そうか……母さんはまだ知らないんだ。


  「それからのことだが……」


  父さんが話を続ける。


  父さんはサラからハンナ母さんたちについて聞いていた。

  もう感謝の言葉を伝えることができないのを知っているからこそ、母さんの発言を拾わなかったのだろうか。

  しかし、いずれ話さなければならない……。


  「アベルは魔法で暴発を起こしたことになっている。我々にカイル、ハンナ、そしてハリス様で話し合ってそう決めたのだ。まだ幼いアベルは心と体に傷を負ってしまい、その治療のために養子のような形でカイルたちに任せたとなっている」


  そうか……。

  しっかりと悪魔のことについては対処してくれていたのか。


  父さんたちは王国でも重要なポジションの貴族だ。

  そんな息子が御伽噺おとぎばなしでも嫌われているような悪魔を召喚していたなんて知られたら大変な迷惑をかけることになる。

  おれは少しだけ安心した。


  「屋敷の中には疑問に思う者もいたのだけれど、ハリス様のお言葉によって信じてもらえたみたいよ」


  ハリスさんも協力してくれていたのか。

  本当に彼女にも色々感謝しないとだな。


  「それからのことはハリス様からティルという精霊を通してアベルの成長を聞いていた。とても信じられなかったが、闇属性魔法をも使える天才魔法使いになっと聞いたときは驚いたわい」


  父さんは少し嬉しそうに話す。

  そうか、ティルがハリスさんと連絡を取り合ってくれていたのか。


  「あなたに直接会いに行けなかったわたしたちを許してちょうだい……。ハリス様にも危険があると忠告されていたの。身元が割れているわたしたちがアベルのもとへ出向くのは危険だって……」


  そうか。

  確かカシアスはあのときおれに『今度はこちらから会いに行く』って言ったんだっけ。


  まぁ、ハリスさんがどれだけ悪魔たちのたちのことを知っているのかわからないけど、おれは悪魔の怖さをよく知っているから理解できる。

  アイシスは不可視化の魔法で姿を隠した上で、魔力を完全に抑えて存在自体を消すような真似ができるのだ。

  ハリスさんの判断は正しいだろう。


  「大丈夫だよ。悪魔の怖さはよく知ってるから……。それに、父さんや母さんがおれのことをそれだけ想っていてくれたってわかっただけでおれは嬉しいよ」


  そうだよ。

  二人はおれのことをずっと心配して気にかけてくれていたんだ。

  それだけでおれは十分さ……。

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